#88 質問事項
「よおっし!!それじゃあやりますかーー!!」
「……ねえ、どうしてこうなったの」
「……分からない……」
「あたしもよ……」
「俺もだ」
ダンジョンへと続く道を歩いている、今まさに丁度その時。先頭だけが騒がしい集団の後ろに、私はてくてくと、どちらかというとトボトボと、かなり沈んだ足取りで付いていっている。
今、どんな状況か。この光景を見ても、現状が直ぐ様理解できる天才はこの世に一人もいないと思われる。私だってよく分かっていない。理解する気も失せてしまったが正しいか。何にしろ、依頼遂行しに行く前から、疲労がピークになっているのは言うまでもない。
先頭に立ち、満面の笑みで溌剌と声を響かせながら歩いているのはエーフィのラン。後ろから、そんなはしゃいでいるランと少し距離を置いて歩いているのが私とケンジ、リアン、ラック。ラン以外の誰もが、憂鬱そうな表情を顔に張り付け、それでいて今更引き下がることもできない為仏頂面のまま足を動かしていた。
何故、こんな訳の分からない状況へと吹っ飛んでしまったのか。答えはいとも簡単だ。
リアンと共にダンジョンに向かう途中、広場でランとラックに出会った。その時に勘づいておけばよかったのだが、どうしたものか、私はそこまで二匹に警戒心を抱いてはいなかった。以前勃発した喧嘩で、ランに助けられたからだろうか。ここ最近、あまり関わっていないならだろうか。とにかく、ランが無茶ぶり身勝手天然ポケモンだという周知の事実が、頭から抜け落ちていた。
恐らくそれは、ケンジもだろう。前ならこの二匹に会う度尻尾巻いて逃げ出そうとする習性があったというのに、何故か今回は特にそんな素振りも見せずに会話していた。
……慣れって怖い。
そのあとは勿論お察しの通り、ランの「ついでだから私達も依頼手伝うー!」という強引な申し出に引き摺られ、このような状態で依頼場所に向かっているということだ。乗り気だったのはランだけであったが、ラックがいつものように脅されて付いてきた。案の定迷惑そうな感じで。更に言うと、さっきからリアンの表情筋が死んでいる。隣で歩いている私に伝わってくるほどの冷気を発していて、目を離せば実の姉に殴り込みに行くんじゃないかとハラハラさせる。
……気付かなかったが私もさっきから漏電している。人……ポケモンのことは言えない。
そんな険悪中の険悪、もはや極悪レベルのオーラを纏いながら進む私達は、次第にダンジョンの奥まで踏み込んでいく。私達の事を見つめる敵の目が、心なしか恐怖に移り変わっているような気がするのだが。いや、私のせいじゃない。私のせいじゃ……。
「頑張っていくよおおおーーーー!!!!」
嗚呼、こまくが破れる程に、五月蝿い声である。煩わしい。
*
緑色の体色を宿すポケモン達が、見境なく吹っ飛んでいく。あるいは岩に、あるいは木に、あるいは他のポケモンにもぶつかりながら地に落ち、伏せる。レベルは高い方のダンジョンだと言うのに呆気ない。全く、流石と言うべきか否か。
私達が来ているダンジョン、それは緑が多い林の中に存在しているものだ。森と言うより木々が少なく、日の光も、申し分もなく入り込んでくる。かなり心地いいダンジョン、だというのに。
木漏れ日で煌めく上空は幾分穏やかだ。それに比べたら地上の惨劇なんか見るに耐えないものだろう。気合いが入りすぎているランは、目の前に立ちふさがるポケモン達を全て弾き飛ばし、私達が通るための安全な道を作ってくれていた。それはいい。それはいいのだが。
「……乱暴」
まさに、その二文字が当てはまる。
張り切りすぎて……ほぼ暴走。言えば、襲ってくる方が悪いと言えば悪いのだが、こうもなってしまうと哀れにさえ思えてくる。ランは一体何処からそんなことをする底力を出しているのやら。そのランと、かなりの時間一緒にいるラックもある意味凄いのだけれど。
前よりも暴走の度合いが凄いことになっているような気がする。そんなランは前の方で先陣を切っていて、私達はランが作り出した道を淡々と歩いていればいいのだ。怪我も消費も少なく、まあ楽なのだが。楽なのだが……。
「ふぅ………」
ランの事を憂うよりも、リアンに聞きたいことを聞いておこうか。大っぴらに聞けることでもないから、ちょっと隅に呼び出して。
「リアン、ちょっといい?」
「ええ」
スタスタと足音を響かせながら歩くケンジとラックから少しだけ離れた木陰付近を、私達は歩き出す。離れすぎず、近すぎず。丁度いい距離であった。ここなら向こうが変に気にすることも無ければ声が聞こえることもないだろうし。
「……何?ま、予想がついてるっちゃついてるけどさ」
「多分あんたが思ってるのと同じよ。
………私が来るまで、あんたとケンジは何を話していたのよ?」
若干喧嘩を売っているような口調になってしまっていた。それも私の癖だ。直したい……が。今はそこまで気にしない。
リアンは、「やっぱりそれか」とクスクス笑う。その反応に苛立つがなんとか、なんとか抑える。今爆発したって仕方ない。この私の性格、やっぱり呆れる。
「聞かれるとは思ってたわよ。シズクちゃん嫉妬深そうだし」
「はあ?別に私は嫉妬なんかしてないわよ。ただ、そうね、同じチームの仲間として知っておきたかったっていうか」
「いやあ、嫉妬してるね」
返す言葉が見つからなかった。私は別に、嫉妬なんか。嫉妬なんかしてない。けど、ほんとに?
「あたしとケンジが何話してるか知りたい、気になる、ケンジと喋ってるあいつが何処か憎たらしい。そういうのを、嫉妬って言うのよ」
「………いや、でもそれは、その」
「認めてもいいんだよ?」
「うっさいわね。どうだっていいじゃない。それより質問に答えなさいよ」
「案外頑固なんだね、シズクちゃんて。
それなら答えてあげるけど、大したことは話してないよ。そうねえ、シズクちゃんの事も話したわ。あと、あたしがあんた達みたいなチームが羨ましいって話」
「……ふうん」
「まあ、ね、シズクちゃん恋愛に疎そうだし気づかないかもしれないけど。いつか気付くよ、今の気持ちが嫉妬ってこと」
「だっ、だから!!嫉妬じゃないっていってんでしょーが!!!」
少し、顔が熱いのは何故だろう。私の意思じゃないのに。何故だろう。この気持ちを、嫌に思わないのは。
*
「そういえば、まだ聞いてなかったけど」
唐突に、ラックに向かって切り出した。今俺の隣をめんどくさそうな足取りで闊歩している真っ黒な個体は、声に反応して目だけ此方を向く。
「なんだ」
「ランとラックが此処に来た理由、話してないよね」
「ランから聞いてないのか」
「聞いてないよ。今はまだ話せないって言われて」
「嗚呼そうか。それを聞いてたなら分かるだろう。今お前に話せる事柄じゃないってことぐらい」
「え……でも、なんで、どうして?どうして話してくれないんだよ。なんか不公平」
「黙れ、馬鹿言うな。でも、これだけは覚えておけ。
どんな真実を、これから目にしても、全てを受け入れろ。いいか、真実から目を逸らせば、あとで傷付くのは必ず自分だ。どんな困難に直面しても、何があっても、シズクだけは信じろ。お前が何者であろうと、シズクが何者であろうと、シズクの全部を受け入れるんだ。そして、夢を信じすぎるな。想像だけに頼るんじゃない。思い込みも危険だ。怪しい言動や行動を見掛ければ徹底的に追及しろ。夢を見るのは悪いことじゃない。寧ろ良いことだ。だが、きちんと現実を見ろ。現実を否定するな。現実は現実だ。起きていることだ。どれ程目を背けても、そいつはずっとお前に付いてくるんだ。分かったな。これからどんなことがあろうと
____その残酷でしかない現実を、認めて前に進むんだ。後退することは、俺が許さない」
「……わ、分かった、よ」
前をほぼ走るように進んでいるランの横顔には、本当に微かではあるが、寂しげな笑みが浮かんでいたことを、俺は見てしまっていた。