#87 私が聞きたいこと
コンコンと無機質な音を響かせて、石造りの階段を降りていく。嗚呼、何だか頭に来る。別にあいつの事は恨んじゃいない。ちょっと……ちょっとだけ、気になるだけなのだ。無性に腹が立つなんて、私にはよくあるといえばよくあることだし。
相変わらず賑わっているカフェの中で、一匹用の広さしかないテーブルにつく。かなりお客のポケモンが多くて、向こう側まで見渡せない。なんかムカムカする。立ち話したり、座りながら話しているけど妙に座高の高い種族のポケモン達に向かって怒鳴りたくなった。ちょっとそこどけ、と。
それがあまりに理不尽な怒りだと言うことは知っている。知っているけれど、無意識にそんな気持ちが沸き上がる。リアンは、ケンジは何処にいる。何処にいて、どんな雰囲気で、どんな話をしているんだ。探りたくなってくる。それと同時に、こんな身動きの取りにくい入口付近の席を取ってしまった自分に腹が立った。こんなはじっこじゃ、見渡せる範囲に限りがあるじゃないか。何馬鹿やってるんだ、私。
注文を取りに来たソーナノに、お気に入りのモモンジュースとモーモーミルクを頼んでおく。そのあと、出来る限り首を伸ばして青と黒の体をした雄ポケモンを探そうとした。人混みに紛れて上手く確認できない。嗚呼もう、周りの群衆がとてつもなく鬱陶しい。ちょっと斜めに退いてくれないかな。言っても無駄だろうけど。言う気もないし。
ソーナノが、銀色に光るお盆に乗せて運んできた桃色のジュースと白いパックを受け取り、再び自らの思考の海へと潜り始めた。ケンジは今何をしているんだとか、リアンと何話してるんだとか。モモンジュースの中にモーモーミルクを注ぐ動作も無意識に行っていたから手元が少し不安定でもあった。なんとか全部モモンジュースの中にミルクは入ったけれど、何滴かコップの側面を伝ってテーブルに白い染みを作っている。それすらも、あまり気にならなかったと言うのは事実だ。
こんなにケンジの事を気にするなんて私らしくもない。前までは、別に彼が誰と話していようと私には関係無いし勝手にやってればって突き放していたのに。何だこの心境の変化は。色々きっかけはあったけどここまで変わってしまうのか。なんか怖い。人……ポケモンの心って、柔らかいけど怖いんだ。
気にしないようにはしたいけど、それでもあいつの事が気になる。恋愛感情ではない。勿論、そんなことはあり得ない。ただ、これから仕事なのにカフェで他の女の子と喋ってるなんて。それが頭に来ただけだ。確かに、そこら辺ぶらついてていいって言ったのは私だけど、普通にウィンドウショッピングとかしてるだけだと思ったのに。頭の中が悶々としていて、口に含むモモンジュースの味があまり感じられない。
何でだろう。前ならこんなこと無くケンジを探して割り込んで、ほらさっさと依頼行くよって引き離すのに。なんでそれが出来ないのよ、私。いつも通りでいいのに。こんなところで、独りでいなくたっていいのに。
まだ迷う心にけじめをつけて、半ば椅子を蹴っ飛ばす形で立ち上がった。モモンジュースはまだ半分も減っていない。コップを手に、ケンジを探してカフェ内を徘徊し始める。そうそう、これが私の『いつも通り』だし。
丁度混み合い時なのか、ポケモンが群がってはいたけど直ぐに見つけ出すことができた。鮮やかなパステルカラーの体毛を持つポケモンが多い今日この頃、青と黒という地味な色のポケモンは目立たなかったが、何故だか目についた。一緒に話してるリアンも、白と藍色のおとなしめな色なのに。
カフェの真ん中辺りに設置されてる小さな机に着き、二匹で何かを喋っている。リアンは真顔で、時折微笑んだりして。ケンジは始終苦笑い気味だったけど、それでもなんか楽しそうで。嗚呼、いいな。私とリアンはなんとなく性格が似てるとか、サンに揶揄されたことはあるけど、私は素直に笑えないんだもの。冷たそうな顔の裏にあるあの優しそうな笑顔を見せられるリアンと、私が似てるわけないじゃない。
あいつの、あの輝かしい笑顔に張り合えるほど、私は笑えていないのだから。イライラして、こんな気持ちを感じたことにもムカついて、しかめっ面で二匹の所に突っ込んだ。二匹は話を中断し、私の事を見上げる。このイライラしてる気持ち、勘づかれてないだろうか。
「あ、シズク!遅かったね」
「結構色々溜まってたのよ。ほら、早く仕事行くわよ。バッグ整理して終わりなんて格好つかないじゃない」
「そうだねー」
私が声を掛けると、ケンジはぱっと立ち上がった。隣に佇みながら、リアンに向かって「じゃあまた〜」と手を振る。気に食わなかったが、私も一応少しだけ頭を下げておいた。リアンはそのまま返事をせず、何かを考えているかのように目線を床へと向ける。そして私達が去ろうとした時、後ろからの声に呼び止められた。
「ねえ、二匹とも?あたしも二匹の仕事、付いていっていい?」
「……は?」
突然すぎた。不意に掛けられたその声に思考が停止する。考えを始めるまで数秒時間が経った。え、今リアン、何て言った?
「嗚呼、いいんじゃない?人数多い方が力になるし、手っ取り早く片付けられるし」
「ま、嫌ならいいけど?」
「……勝手に、すれば」
リアンの事を見もせずに、腕組みをしたままカフェの出口に向かう。正直リアンが付いてくることは嫌だった。けど、人数が増えて仕事をさっさと片付けられるなら別にいても悪くはない。それに、依頼遂行中にリアンとケンジが何を話していたのか聞けるかもしれない。別に気にしてないというと気にしてないが、今ある胸のつかいが取れるのなら、聞いておいた方がいい。別に、気にしてないけど。
私の後を、ケンジ、リアンがすたすたと付いてくる。それに気付いていながら気付いていないふりをして、地上に上る階段に足を掛けた。
ジュースは、ほぼ飲んでいない状態で、机の上に放置されている。