#82 ある暇人の雑談
時刻は、もう既に夜。雲がかかった月は、よくいう『朧月』という物になっていて、綺麗な夜空でなくとも、それは何処か幻想的とも言えた。
相も変わらない夕食を終えたあと、私とケンジは部屋に戻っていた。私はいつもと同じように、林檎や木の実など、状態異常によく効く作用のある物を明日の依頼の為にくすねてきていた。
そして今は、まだ寝る時間よりは早いため、バッグの中から傷んだ木の実を取り出したりしていた。因みに不思議玉や種などの整理は明日やるつもりだ。もうすぐ遠征があるので、今から準備しても遅くはない。
「……カゴの実が減ってる。ちょっと補充した方がいいかしら……あと、オレンも少なくなってるわね。私が今日持ってきたのと合わせても三個」
「遠征前に準備時間くれるのかなあ……どっちにしろ近々カクレオン商店に寄らなきゃ駄目かもね、俺達も」
「そうね」
私達が林檎の森から帰って来て今日で二日目だ。林檎の森では、何だかごたごたと言うか、ちょっとあれだった為休まる時間が無かったと言える。しかし、それは私達の私情。ギルド内では、完全に、皆遠征に向けて浮き足立ってきた。ノンドは、もうすぐ遠征と言うことに浮かれすぎてそのままの気分でダンジョンに出掛けた結果敵ポケモンにフルボッコにされて帰って来た。シニーは完全に笑い話にしていたが、よく考えれば冗談では済ませられない程度の事件である。実際ノンドに充分の実力があり、際どかったが自力でダンジョンを脱出できたからいいものの、一歩間違えれば報道されるほどの大事件に発展する可能性さえあったのだから。ラペットは「二度とこんなことが無いように」と弟子全員に釘を刺した。
私達は依頼だの何だので気軽にダンジョンに行っているが、この世界で起きる殺人事件というのは大体ダンジョン内で敵ポケモンに襲われ起こったことであるのだ。後の半分はお尋ね者によるものだが、お尋ね者といっても殺人をするポケモンは限られているのだから。
…………こんな物騒な考え事は、遠征終了まで置いておこう。
「それにしても、今日のフォーチュンクッキー……だっけ?あれ、なんか凄く面白かったな〜」
「確かにね。私が気になったのはフライと、あの水色の……フタチマルのクラウとかいうポケモンの事なんだけど」
「旅してて会った……ってだけなんじゃないの?」
「ほんとにそれだけかしらね……?」
今、口に出したこと。それが、あれからずっと頭の大半を締めている悩みであった。何かが、何かが引っ掛かる。あのフタチマルのクラウ……何か、気になるのだ。
「あのー、お二人さん?」
その時、コンコンと木製の扉を叩く音が聞こえ、可愛らしい声がドアの隙間から覗いた。茶色く、ふさふさとした毛並み。サンだ。
「サン?どうしたの?」
「い、いやあ、別に大した意味は。暇だから来ただけ」
サンは私達の部屋に入ってきた。笑顔だが、何故か浮かぶ不満げな表情を覆い隠せてはいない。サンは、藁で編み込まれたラグの上に静かに座る。私もケンジも、自分のベッドの上に腰掛けた。毛布を敷いてはいたが、そこまで気にしない。
「……あれ?サン、フライは?」
「あー、そのこと」
ケンジが僅かに首を傾げて聞くと、サンはよくぞ聞いてくれた、と、茶色く丸みを帯びた前足をびしっと私達の方に向けた。これからどうやら愚痴が続きそうな予感がしたので姿勢を正す。
「フライがね、夕食食べたあと直ぐにどっか行っちゃったの。最初は『水飲み場に行く』って言ってたんだけど、あまりにも遅かったから見に行ったらいなくて。
あーもう、全く何処行ったのかなあ?私に嘘まで言って……書き置きとか伝言も無くてさ、なんかイライラするーー!!」
頬を膨らませて怒りを表すサンは、怖いというより可愛かった。私が怒ったら……?それはもう間違いなく『恐い』に属する分類とされるだろう。嗚呼、分かっている。分かっているし。
「サンにちょっとした嘘ついて行き先眩ましたっていうのはよく分かんないけど……でも、ほら、今日言ってた気がするな。クラウ、とかいうフタチマルってポケモンに。多分フライはクラウと何か話してたりしてるんじゃない?
へへっ、積もる話でもあるんじゃないのかなあ?久しぶりに会った感があったしー」
「あっ、そっか!確かに言ってたね!じゃあそういう事か……じゃあ私が無理に干渉しない方がいいね!
そんじゃあ暇だし遠征について話してよっか?」
「話すといってもそんなに話すこともないけど……」
そうだ。遠征への意気が上がっている理由。というか原因というか。
私達は林檎の森での依頼に失敗したため夕食抜きで知らなかったのだが、その日食卓で弟子全員に向けてラペットから報告があったらしい。というのも、親方様が遠征メンバーについて最終決定を下したので、あと少しで遠征メンバー発表、及び出発するということ。それからというものあちこちで遠征の話が飛び交い、その度に皆が笑いながら楽しそうに不安な思いや楽しみな気持ちを吐き出すのだ。私達もサンに知らされていたためすでにそのことは知っていて、話したがるサンの要望に答え、今日まで色々話してきたのだ。遠征に行く場所は一体どんなところか、とか、どんなお宝が眠っているのだろうか、とか。主にそんなことばかり話し、私としてはもうネタが尽きていた。
「んー、そーだね。ま、フライが楽しそうに旧友と話せているだろうし……なんか適当に雑談でもしよっかー」
その後数十分サンによる恋愛話、又弄りが始まり、寝付いたのはノンドの鼾が聞こえ始め朧月が完全に雲に隠された時であった。