#79 商人来訪の噂
「へー、そんなことあったんだー。ケンジも大変だね」
「一番辛かったのがどっちかなんて計り知れないけどさ、シズクもケンジも、中々色んなもの背負ってるよなあ」
「うーん、そうかな……。でも、まあ、今はすっきりして楽しいし」
俺達は今、絶賛雑談中だ。シズクは部屋にいて、バッグの整理をしている。俺は依頼を見ようと掲示板のある階へ足を運んだところ、サンとフライに会った、という訳だ。
昨日、シズクに、かなり胸に染み渡る様なことを言われたため上機嫌だった俺は、サンに捕まった。フライはともかくサンは恋愛事情大好きだとギルド内で有名らしいが、かなりのガチ勢。目を輝かせて問い詰めてくるサンは、何処かの雑誌の記者みたいに見えた。
シズクに口外しないように言っておいて、俺は昨日起こったことを事細かに説明した。シズクに『仲間だと思ってないし信じてない』と言われたことを口に出すときはちょっとキツかったが、もう終わったことである。潔く二匹に話した。
「ラペットから聞いたけど、ケンジ達二匹は確か、昨日食糧調達とか言って林檎の森に行ってたよな?あれ、結局どうなったんだ?ケンジとシズク、夕飯出てなかったよな?」
「あー……あれはね……
ドクローズっているじゃん?遠征の助っ人とか言ってギルドに入ったチンピラみたいな奴。あいつらさ、俺達が此所に入るまでにゴタゴタがあったせいでなんか執着?されてるんだよね。邪魔されたりとか、ほんと色々。
で、林檎の森に着いた時、俺らを嵌めようとしてあいつらが回り込んでたんだ。そこで、こう……痛いところを突かれた、というか、挑発されて。俺は、もう我慢出来なくて。んで、あいつら馬鹿だから、簡単なでまかせで嵌められると思ってたみたい。勿論そんなことは無くて、反論したら毒ガス吹き付けられて……結局セカイイチ持って帰れたのは一個だけだし。大変だったなあ」
「そんなことが……。確かに、あのドクローズって奴ら、ガラ悪いよね。別に種族差別じゃないけど、性格悪いって。あいつら」
「僕も嫌だ、あいつら。邪魔だ。臭いしでかいから場所取る」
ドクローズの悪評は、弟子達の間にも行き届いている様だった。ドクローズに騙されているのは実質ラペットとパティのみ。パティはあの風貌からは何を考えてるのか全く分からないからどうだか知らないが、ラペットは完全にドクローズの事を崇拝しているみたいだ。ミグロは別としてガナックとディビは戦闘素人でもあっさり叩き潰せるほど弱いのに、ラペットがあいつらの事を尊敬している意味が不明である。
「ラペットって一体……どういうポケモンを尊敬するんだろう……」
「強さが基準なら、全く以て噛み合わないよねえ。ガナック、だっけ?あのドガースとズバットからは威圧感、とか、そういうの微塵も感じられない」
「激しく同意」
こういう雑誌、嫌いじゃない。前までは誰かと関わることさえ嫌だったのにな、と、今や喧嘩話からドクローズの愚痴へと移り変わった話題に乗っかりながら思った。
そうこう話していると、弟子部屋へ続く廊下から、小さめな黄色い耳が覗く。
「準備できた。行くわよ。依頼は決まったの?」
「えっ、あ!?ごめん、まだ!話し込んでて忘れてた!」
「馬鹿」
俺より頭一つ分程小さい種族でありながら、足を振り上げて思いっきり俺を蹴ってくるシズクがあまりにも愛らしく、依頼と向き合いながらさりげなく頭を撫でた。途端に、半端じゃないレベルの電気が身体中に駆け巡る。
「痛い……痛いぃ………」
「勝手なことしてんじゃないわよ!ほら、さっさと依頼選んで!」
こんな光景を、微笑ましい目で見つめていたポケモンがいたことには、俺もシズクも何となく察しがついていたであろう。
「じゃ、私達も依頼見よっか、フライ!」
「………んぁ!?あ、そうだな」
「なんかうっさい」
さっきからラペットの視線が痛い。だが無視する。というか、あまり気にするはずもなかった。
俺達が談話しながら、いつもより遅めの動作で依頼を吟味していると、サンの大きな耳が急にピクリと動いた。勿論気付いたのは少数。俺も全く気付かなかったが、こちらを向いたサンの顔が何故か輝いていた。
「ねえねえ!そこの探検隊の話が聞こえたんだけど!トレジャータウンに一匹の商人さんが来てるみたいだよ!こんな辺境に来るのは珍しいんだって〜」
「へ、へえ……?そうなの?」
「私が知るわけないでしょ」
「僕も……。ここに来てそう日が経ってる訳でもないし」
「んん〜……私もよくは分かんないんだけど、でもこのトレジャータウンは都市とかでもない片田舎だから、元から設置されてるお店がやってるだけでしょ?旅してる商人さんが来るっていうのは、珍しい……んじゃないのかなあ?」
誰も、何とも言えなかった。俺達も、サン達二匹も、此処の事はよく知らないらしい。サン達は、一応俺達の二個上だが、ベントゥとほぼ同じタイミングで入門したらしく、しかもそのすぐ後に俺達が入ってきたため歳もそれほど変わらないみたいである。
「此処のギルドのポケモンは大体此処の出身じゃないもんな。元旅人だったりが大半」
「皆はさあ、このギルドに来るまでどんな感じだったの?」
さりげなく、だと思うが、サンの口から飛び出た疑問に、俺は僅かだが肩を揺らした。
「………」
「僕は……まあ普通に旅、かな……」
「へえ。ケンジとシズクは?」
「私は………」
「お、俺は、まあ、その、旅、してたけど」
「私は……それでケンジに会った……?」
非常にギクシャクしていた。何か勘繰られなければいいのだが。サンの方をうかがい見るが、相変わらずイーブイの少女は笑顔で、「そっかあー」と呟いていた。
「………とにかく。その商人、とか言うの、見てくるの?どっちみち倉庫使わなきゃいけないし」
「あ、じゃあそうしよ!」
シズクは話の逸らせ方が上手かった。サンは頷いてそれに乗り、俺とフライは顔を見合わせてその後を追った。