#78 満月の夜、浸る想い
嗚呼、今日も月が綺麗だ。
木の枠から漏れ出る月明かり、柔らかく照らし出される自分のつるりとした肌。この世界に存在する、彩り、色彩、その全てが、とても有難いのだと、慣れてしまった今でも、時々気づく。
あいつは今、どこにいるのだ。
彼女は一体、何をしているのだ。
あの方は何処で、何をしているのだ。
消されてしまう前に、救い出さなければならない。あの方は、いや、あの方達は、まだ死んではならない。この世界の為に、生きなければならない存在なのだ。
もう、あんな想いはしたくない。皆が周りからいなくなっていく。全てが、消えていく。親しい者も、近しい者も、友も、皆、皆。あの世界でも、どの世界でも、それはどうやら変わらなかった。
あいつがこの世界に辿り着いたのだと気付いたのはつい最近なのだ。あいつが行動を起こしたから、自分も何かを始めなければならないと、しっかり実感できたのだから。
あいつや、彼女や、勿論自分の、あの世界に残していた仲間の為に、自分は自分のやるべきことをやらなければ。あの方の望みを叶えるため、仲間の希望への道を拓くために。
だから、お前にも、あいつにも、生きていてほしいんだ。情報が入るのならば、まっすぐ行動を起こす。
____もう、迷わない。
何が何でも、救い出さねば。この世界の為にも、知らなければ。あの方のヒントは実に分かりやすかった。種族も、性別も、名前も教えてくれたのだから、まず間違う筈が無いだろう。まあ、姓は違うのだが。あれは、当たり前の判断だと思う。あの方の姓を付ければ、間違いなく刺客に勘づかれる。
『敵を騙すなら、まず味方を騙せ』
嗚呼、あの方は本当に頭がいいな。聡明である。
あの方はきっと、彼女の所に居るのだろう。しかし、彼女のいる場所が分からない。あの方に接触したいが、彼女を見つけなければならない。
____もし、彼女が死んでいたら____?
有り得ない。彼女だけでも相当な生命力を持っているのに、あの方の手助けがあれば、まず死ぬことはない。だが、絶対は無い。どんなことにも絶対は、無いのだ。
早く彼女を見つけたい。早く、ほっとしたい、安心したい。
あの方が自分を信用してくれたことは嬉しい。けれど、自分に出来るだろうか。そんな重大な任務を課せられて、自分が完璧に全う出来るだろうか。
あの方の、声を聞きたい。あの方の、指導を仰ぎたい。
此所に、この世界に来るまではずっとそうして生きてきた。独りで判断して、生きていくなんて、自分出来るのか。不安ではあるが、自分がやらなければならないのだ。その事は分かっているのだ。
覚悟を決めなければ。
あの時、あの瞬間、一歩を踏み出してしまった時から、もう振り返れない。もう、戻れない。そんな状況になったのだから。自分が戻ることは、許されないから。
正直、相談できる誰かが、自分の思っている全てを吐き出せる相手がいないと言うのは、苦しいものなのだ。自分がそう感じたのは此所に来てから。
彼女はきっと、ずっと前からそう感じていたのかもしれない。
そうだ、自分が頑張ろうと最後に決意したのは彼女を助けたかったからだ。彼女が『苦しい』と言っていた根源を抹消しなければ。そして、あいつらの願いを叶えるため努力してきたのだ。
今更、引き下がれる訳が無いじゃないか。何故、此所に来て意気地の無い状態になっているんだ。強くなれ、自分。
一つ、細く細く溜め息をついて、その暗闇に身を潜める。もうすぐできっと、この『平凡』を大きく変える事態が起こる筈だ。その時まできちんと、待っていなければ。