#77 ある夜の考え事
ケンジと、所謂『仲直り』をしたあと私は、夕食に行きたい、と言う気が起きなかった。なんと言うか、今、沢山ポケモンのいる場に行くのには少しだけ気が引けたから。
しかし、その事を話すと彼は、こう言った。
「ぅあー……その事なんだけど。俺達セカイイチ一個しか取れなかったじゃん?だからラペットが、任務失敗の反省を部屋でするために夕飯抜きって」
「……何それ。だって私達が依頼に失敗したのってドクローズのせいでしょ。言わなかったの?」
「言ったよ。でも全然聞き入れてくれないんだ。だから、仲間を疑った反省って言うのも」
「ったく、理不尽。いつかラペットのとこに殴り込みしなきゃね」
報酬を九割取られる上に、明らかに胡散臭い途中参加の雑魚共より私達の方が信頼度が低いとは。私達が今まで稼いだお金のほぼ全部ラペットに貢いだのになんて報復だろうか。いつか必ず、この手で殴り付けてやりたい。勿論、パティのいないところで。
「シズクの考え方もどこか理不尽だけどね」
「うっさい」
さっきまで喧嘩してた関係だとは思えないほど、私達は吹っ切れていた。まあ、こうでないと困る。仲直りしたはいいものの今日一日ずっと気まずい雰囲気なんて嫌だ。つまんない。
こんな時、こいつのこういう性格は羨ましい。パッと話題を変えるから、私はそれに便乗すればいいだけ。喧嘩して、仲直りして、今まで間にあった筈の見えない壁が、目に見えるほど明らかに、取り払われた。心がスッとした。今は、ほとんどそんな感じがする。
夕飯抜き、とは言われたが、この部屋には私がギルド入門当初からこっそりかき集めていた木の実や林檎がかなり貯蓄してあるので、空腹を感じることはなかった。こういう時の為に食糧貯めておくのはいいことだな、とぼんやり考える。ケンジは食堂で、食卓に付くなりがっつくのでそんなことに気は回らないだろうから、私がしっかりしなければ。また夕飯抜きという罰を食らったときは(もし次そんなことがあったらなんでそうなったのかのラペットが吐く理由は『置いといて』コンマ以下でラペットに電撃ぶつけるけど)重宝される食糧だろう。これからも貯めていかなければ、なんて、妙な使命感を感じて思わず苦笑した。
「んー、やっぱ美味しいなあ。ウェンディの調理はされてないけど、生でも新鮮!」
「何処かに一ヶ月くらい前の混じってるかもしれないわよ」
見境無く林檎を食べていくケンジに向かって冗談を吐くと、彼は突然むせた。ゴホゴホ、と胸を押さえるケンジの背中をさすりながら、「大体傷んできたら処分してるから」と言っておいた。言ったはいいが、本当に腐っているのが混ざっているかもしれない。私は勘で処分したりしなかったりしているから、確証が無い。
涙は、乾いた。
今は、本当にすごく楽しい。彼が隣にいて、一緒に喋ってるということが嬉しい。こんな感情を私が何処で手に入れたのかは分かんないけど、今は別にどうでもいい。
「……へへ。林檎の森でドクローズにしてやられたのには頭来たけど、今はすっごい楽しいなあ」
「私、もよ」
ドクローズ、林檎の森、毒ガス、突如現れた赤い意思の塊、熱くなった目。
嗚呼、話したいことがこんなにあったんだった。ケンジに伝えて話し合いたいことが、一杯。私が何者なのか、どうしてこんな訳の分からない能力を持っているのか分からない。不安はある。でも話せばそれは、多分薄くなる。
「ケンジ、ちょっと相談がある」
「何?」
「あの……林檎の森で、ドクローズの毒ガスに呑まれた後の事」
ケンジの表情が、急に変わった。真剣な目付きで私のことを見つめてくる。そういえば前、どんなことでも相談乗る、とか言ってくれたような気が。だからだろうか?いや、それにしては態度が不自然な様な、そうでない様な。
「あの毒ガスの中で、私は不意に意識が朦朧とした感じになったの。勿論考えることは出来た。でも、ほぼ理性を失ってたような状況。自分が今何を考えてるのか、全く分からなかった。ただひたすらに、目が熱かったことしか覚えてないの。
それで……そうね、頭の中に、自分の声なのか何なのか分かんない言葉?みたいなものが流れた。何て言ってたのかは……思い出せなくて。でも、少し怖くなった。自分が自分じゃなくなる、みたいな。私の中で、何かが生きてる、みたいな。気味の悪い感覚だったのは、覚えてる」
「……そっか。そんなことが……。
実はね、俺もあの煙の中で気になることがあった。シズクが、そう言う状態になってた時、かな。シズクの目がね、すっごい赤かった。今までとは比べ物にならないくらい、真っ赤。それでも本当の『赤』って感じじゃなかったかな。まだちょっと青が入ってるって言うか……赤が強めの、『赤紫』みたいな?そんな感じだったんだよ。それで……シズクの目の奥に、黒っぽいのが渦巻いてた」
「………!そ、そう……」
「あ、別にこの事でシズクが気を病むことはないよ。だってシズクのせいとかじゃないじゃん?それでも気にしちゃうならさ、ほら今みたいに話してくれればいいし。俺はどんなシズクでも、『シズク』だからちゃんと受け止めるしさ」
「……あんた、よくそう言う事何の恥じらいも無く言えるわよね」
「え?……嗚呼、まあ……」
なんて、いつも少しばかり気になっていたことを指摘するとケンジは苦笑っぽい笑いを浮かべて頬を掻く仕草をする。やっぱり、こいつの行動は何が何だか、みたいな感じだ。
「それで……もう一つ、気付いたことね。シズクの赤い目を見た後、俺のオパールのペンダントがまた……青く光った」
「へえ……?」
オパールのペンダントが、青く光るという現象。ケンジから聞いた話だと、確か前にも一度____滝壺の洞窟で起こった事だ。その時は私の瞳も青く光って、それに共鳴したように光ったらしいけど、一体どうなっているのだろうか。
「不思議ね」
「だよねー。ま、今考えても分かんないだろうけど……なんか、手掛かりみたいな物が見つかるといいんだけどね。この謎に向かって進展する、一つの手掛かり」
「…………そうね」
話したことで不安は軽くなったけど、それでも奇妙で、突飛で、俄には信じられない。私は一体なんなんだ。私のこの能力は、一体なんなんだ。
遠征まで残り数日間。その間に、何か進展する事があれば、少しはすっきり出来るのに。
白く輝く月光が照らし出される部屋の中での小さな考え事。どんな謎でも、ケンジと、彼と一緒にいるのなら、厳しい現実を知っても、耐えられるような気がする。