#95 ウェンディのお料理教室!〜トッピングはオリジナル〜
「さて、皆さん今どんな感じですか?」
その後も楽しげに談話しながら調理を続け、厨房に入ってからかなりの時間が経ったとき。オーブンで焼き終えたホールケーキを両手で危なっかしく持ち上げながらウェンディが此方に向かって問いかけた。
雑談のせいで進みが遅かったとはいえ、皆が順調に進めているようだった。サンが作っていたパイ生地は、アップルパイの形をきちんと作っていたし、シニーはこんがり焼けたらワッフルを皿に取り出して触れる程度に冷ましている。私の手元には、水色をしたカップに入ったチョコレートのケーキが詰まっているものが二つ、並んで置かれている。
「うん、いい感じだよ!私は焼いたら終わりだし」
「私はあとトッピングだけですわ!」
「私も同じ」
サン、シニー、私の順でウェンディの問いに答える。ウェンディは「そうですか」と言って作業を続行する。サンが作っているアップルパイも確かにレベルが高そうだが、ウェンディのホールケーキの方が格段に難易度が高そうだということは見てとれた。しかも、ウェンディが作っているケーキは、かなり高級そうな雰囲気を漂わせているのだから、ただ者ではなさそうだ。
「いやあ、でも今日、ほんっとうに楽しかったなあ。こんな風に皆でわいわい話せることなんて中々無いしさ。私、こういうの憧れてたけど、やったこと無かったから」
「そりゃあ、雑談は楽しいですわよ。自分の心の内を話せる相手がいることを感謝すべきだと最近思ったりしますわあ」
「……そうね。私もこういうの初めてだし……」
「へえ、シズクも?」
「ま、まあね」
未だはっちゃけているサンの質問を、上手くかわせたかはわからない。私がケンジと出会う前、何者だったのか分からない現状で、無理に探られるのは嫌だし私のこれからに関わってくるかもしれない。
サンが形を作り終えたパイに、艶を出すための卵を溶いたものを刷毛で塗っているのを眺めながら、私もマゴの実を使ってクリームを作り出していた。
マゴの実クリームは、チョコレート味のケーキの上に掛けるつもりだ。それはそれで可愛らしくはなると思うし……まあケンジにあげるやつだから、そういうの気に入るかどうか知らないけれど。でも、味はそれなりに良いと自負している。記憶にあるなかで料理経験は皆無の為、頑張ったはいいがそこまで自信がない。
ふとサンの方を向き、サンがここに来るまでどんなことをやってきたのかすごく興味を持ってしまった。『天空の卵』から生まれたとかで、誰かに何か言われたりとか、傷付いたりとかあったりしただろうか。伝説から生まれたことで、何か窮屈なものを感じたりしただろうか。兄妹のプレッシャーみたいなものに、圧迫されたりしたことはあっただろうか。
いずれにしろ、確かにそれは私には関係の無いことだ。けれど、それではきっとダメなんだろうと思う。『関係無い』で片付ければ、私はいつまでも変われない。心境を変えなければ、私はただそこにあるだけになってしまう。それは、嫌だった。
だが、サンの過去が辛いものか良いものか分からない私は、勿論迂闊に聞けるはずがなかった。フライでさえ知っているのかどうか分からないのだから。
そんなことを考えていたらちょっとぼーっとしていて、カットしていたモモンの一切れが物凄く分厚くなってしまっていた。手を切らなかった事だけいいか、と思い、その分厚いモモンを更に半分に切った。切ったモモンの一つを、チョコレートケーキの上にかけたマゴの実クリームの上に絞った生クリームに刺すようにバランスを取って乗せた。
そのあとは、集中するために会話には加わらなかった。
かなりいい出来だと思った。全体的に桃色になってしまったけれど、まあ別に良いだろう。赤い雨を薄く伸ばして芸術的に飾るという芸当もやってのけたし。周りを飾るように置いたラズベリーも、かなりいいじゃないか。
そのケーキの出来に一人で笑っていたら、サンが焼いていたアップルパイを取り出すために近くに来て、急いで笑みを引っ込めた。
ウェンディのケーキは、まるで輝いているように綺麗な白いショートケーキだった。食べたら絶対に美味しいだろうと容易に推測できる。シニーのワッフルもよかった。きつね色の焦げ目がついたワッフルには、クリームやジャムがセンスよく乗せられている。これを食べられるノンドも運がいいなあ、とちょっと思った。
「さあ、皆もう出来た?出来たならもうお料理教室は終わりで、朝礼場に出ていくことになるけど」
「うん、大丈夫だよ!」
サンの声に私とシニーは頷いた。ウェンディはにっこり笑うと、片付けをしてから朝礼場まで続く扉を静かに開けた。向こうから聞こえる楽しそうな喋り声は男性陣のものだろう。ケンジも楽しそうで、ほっとする。
「あ、ウェンディ終わったのか?」
「うん、皆完成したわよ!」
ウェンディの声を合図に男性陣も雑談を止めた。サンはフライの所まで駆け足で近付き、皿に乗った美味しそうなアップルパイを差し出している。
「うわあ、旨そうだな!サンが作ったのか?すごいな」
「へへ、でしょ?」
仲良さそうな会話を一瞥して、私もこんな風に話が出来ればいいんだけど、とちらりと思ってしまう。自分の性格は自分の性格でケリをつけたはずだが、油断するとこんなことを考えてしまう私にイラついた。
フライの隣に腰掛けていたケンジは、私に気付くと立ち上がり、にこにこ笑いながら近付いてきた。
「おつかれ、シズク。結構大変だったんじゃない?」
「別に……そこまでじゃなかったわよ。皆で話せて、そこそこ楽しかったし」
「へえ〜……シズクもちょっと前までは雑談とか鬱陶しく感じてたかもしれないよね。成長だねえ」
「なっ、そ、そうかしら?自分の事だとよく分かんないんだけど」
「まあ、そうだろうね。俺もそうだしー」
ケンジは、私が彼に何かあげるとかあげないとか、気にしていないようだった。否、気にしないふりをしていた。私が目を離すと、サンとフライの方に目が行っている。羨ましそうに見ている彼をジト目で眺めた。私がケンジに何も作ってない筈無いのにな。
「で……これ。作ったやつだけど」
少し恥ずかしくて切り出せなかったけど、ようやく隠していたカップケーキをケンジの方に付き出すことで意思を示した。透明の袋に入れられて、桃色のリボンで端が結んである。それを見た途端、ケンジの顔がぱあっと輝いた。何処までも素直で、分かりやすい奴だ。
「あっ、ありがとっ!!」
「ッ別にっ!!その、あの……時期は全然違うけど、あ、あの、『バレンタイン』みたいなものだから。勿論義理だけどねっ!勘違いするんじゃないわよ!」
「う、ん……?し、シズク、バレンタインって何?」
「へ……え?」
思わぬ彼からの返答に、文字通り目を点にしてしまう。『バレンタイン』。女子が、気になる男子とかお世話になった人とか、友達とかにチョコレートを送る一つの行事。普通は冬に行われるけど、今は暖かな陽光が差しているような季節だ。時期外れだが、別に良いだろう。……けれど。
「バレンタイン、知らないの?」
「知らないよ?聞いたこともないし……どういうものなの?」
「そ、それは……」
困った。そもそも、こいつがバレンタインを知っているつもりでカップケーキをチョコレート味にしたのだ。何さ察してくれないかと期待して。けど、知らないのなら……簡単に説明できる内容では、ない。
「えっと……そうね。お世話になった人とか……あと、……た、大切な、人とかにチョコレートを送るイベントよ!!分かったらさっさと受け取ってくれる!?」
「え!?あ、あう!!?」
カップケーキを彼に押し付け、数回ぶっ叩いた。ケンジが「痛い痛いー!」と喚くが気にしない。なんだかケンジの顔を、真正面から見れる自信が無くなってきてしまった。
「じゃ、じゃあシズクは俺のこと大切だと思ってくれてるの?」
「あ、あったりまえでしょ!?だって、その……仲間……パートナー?」
「ぱ、パートナー!!?」
「そうね、パートナーだわ」
「なんかシズクほんと変わったよねえ!!!パートナーかあ……嬉しいなあ!!」
こんな会話をしている途中、サンやフライから来る暖かい視線に、気付かなかったと言ったら嘘になるかもしれない。私とケンジとの話は、サンとフライの会話みたいに楽しそうに見えてるかな。