#94 ウェンディのお料理教室!〜聞け!我らの武勇伝〜
「……で、次はなんか話すことでもあるか?」
がやがやが鳴り響く朝礼場。そこに作られた輪の中で一通り話の区切りがつき、話題が無くなり始めてきた。ノンドが皆に向かって何を話すか問い掛けるも、良いことを思い付くものはそうそういない。全員が悩んだ顔をしているのを確認すると、ノンドはちょっぴり溜め息をついた。
「やっぱ、話すネタ無くなるよなあ……」
「皆が皆そこまで親しいわけでもないですからね。他愛も無い話が出来る間柄でもないような」
「だからこそ遠征前を狙ってこんなイベントをぶちこんできたんだろ」
「嗚呼、そうだね」
特に話すことが無いという状況。その中で話のネタを探す皆の会話は、それでもう他愛もない話になっているような気がするのだが、どうだろうか。
「そうだなあ……案が無いことも無いんだけど」
「えっ!?それなら言ってよフライ!」
俺の隣で独り言のようにぼそっと呟くフライの声を聞き咎め、俺は話すようにフライを説得した。それを聞いたフライは「対したことじゃないんだけど……」と苦笑いしながら話し出す。
「ちょっと思い付いたってだけなんだけどさあ、皆の武勇伝話し合うっていうのはどう?」
「武勇……伝?聞いたことはあるけど意味がイマイチ……」
幼い故からかもしれないが、リナーが僅かに首を傾げた。普段過ごすなかでもあまり耳にはしない言葉。『武勇伝』。考えてみれば、俺も単語自体は知っていたが意味について詳しく話せと言われればちゃんと説明できるか分からない。
「んー、武勇伝ってのはなあ、その人が活躍したエピソードって事だな。要約すると」
「へえ、なるほど……分かりました、ありがとうございます」
丁寧に説明したフライに、リナーは軽く頭を下げる。やはりリナーは礼儀がわかっている。またベコニンの方をジト目で見てしまいそうだった自分を必死に抑えた。
「じゃ、武勇伝語り合うか?誰からいく?」
「あ、そこはノンドで」
「いや言い出しっぺのフライだろ」
「僕?え、僕は別に言うつもりなかったし。此処はノンドのエピソード聞きたいなー」
「な、なんで俺が!?」
「そりゃあノンドだし」
「ね」
「何だよお前ら!!!此処は公平にじゃんけんでいくぞうらあああぁぁあぁぁああ!!!!」
突然のノンドの発叫に皆がびくつくが、潔く手を前に出す。リナーとベコニンは種族上手が出せないので(といつか手自体あるのか謎だが)口で言うようだった。
勝負は数回でついた。ノンドが一人負けしたのである。これをシニーが聞いたらどんなことになるかなあ、と一人で想像してみると、ギルドが壊れそうなほどの喧嘩が頭に浮かんだのでシニーには伝えないようにしておこうと思った。
そして順番は、ノンドから時計回りで進むことにした。実は、皆誰からでも良かった様である。
「ちっ、やっぱり俺になるのかよ……!」
「すごく面白い展開だったよ」
「何処が面白いかよ!!」
「ほらほらノンド、叫ぶのは後にして。早く話してよ」
「嗚呼……分かった」
フライに指摘されると、ノンドは暴れるのを止めた。静かに体勢を整えると、話し出す。
「そうだな、これは……俺がまだ小さな子供ゴニョゴニョだった時の話だ。俺の友達に、潔癖症の父親を持つ友達がいてな、その友達は甘いもの食べるの厳禁だった訳だ」
「甘いもの厳禁!?」
「地獄じゃないか!!!」
「だろ?だからその友達……サンドのトルヤって言うんだけどよ、そいつは俺達がお菓子食ってても傍で見てることしか出来てなかったんだ。食ってもばれないだろ?ってお菓子差し出したことはあったが、どうやらトルヤの家には糖類を検出できる珍しい機械があってよお……それを毎日口の中に突っ込まれるんだそうだ。だから一口でも食ってしまえば一週間ほど夕食抜きだと」
「うっわあ……辛いなあ、それ」
「どんだけ潔癖症なんだよそのトルヤって子のお父さん」
「もはや病気だな」
「潔癖症も一応病気の一種類に入ってるけどな」
「え、そうなのか?」
「あー……た、多分」
「まあまあそれでだ。俺達は、五匹程の仲良しグループ的なものを組んでたんだ。俺と、そのトルヤと、他三匹。俺も含めてその三匹は、親がかなり緩くてな。まあ緩いっつーか放っておかれてる感じだったんだけどな。でもトルヤだけ親に、その……過保護ってやつか?そわなの受けててよ、全然自由になれない訳だ。
制限されてんのはお菓子だけじゃねーぜ。お父さんが潔癖症ってのと関係無いけど、とにかくトルヤん家の制度が厳しくて厳しくて。門限は日が沈むまでって決まってるし、だから長い時間遊べなかったりするし、遊べるのも一週間に一回だけ。普段家の中で仕事してるトルヤの父親が一週間に一回だけ出張するんだってさ。トルヤはその隙を縫ってるって事だ。因みにトルヤの母親も、父親と負けず劣らず厳しい奴で。でも母親の方は毎日遠出してるから大丈夫みたいなんだわ。つまり、トルヤは本当は親に誰かと遊んではならないと言われてるらしかった。毎日毎日勉強の日々で、お陰で俺達の中では一番頭が良かったんだけど、そんなの退屈すぎるだろ?俺達が助け出したかったんだけど、トルヤはそういうことをすると俺達に迷惑かけるんだと思ったんだな……助けようと言う申し出を真っ向から否定するんだ。トルヤ一匹だけ犠牲になってるみたいで嫌だったんだよなあ」
「と、トルヤいいやつだな!!ヘイ!」
「自分の身を犠牲にして……本が出来そうなストーリーじゃない?」
「嗚呼、そうなんだ。だから俺は一つ、考えた。
実は俺の親はな、俺にいつも好き勝手やらしていた。だからといって俺は犯罪に手を染めることはなかったし、そういうことについては俺も教育を受けてきたんだ。だがな、俺の家では門限とか決まってないし、普通に夜出歩いたり一日二日帰ってこなくてもさほど心配されないんだ。だからこのグループの中では、俺が一番自由だった。
だからこそ考えた。トルヤを、この狭苦しい規律から抜け出させてやろうってな。他のメンバーは頼らなかった。皆、トルヤのとことまではいかなくてもそこそこ厳しかったし、俺の計画に乗ったら面倒なことになるかと思ったんだ。何しろ皆には迷惑を掛けたくなかったんでな。
さて、そのトルヤを連れ出す計画というのはだな……夜、トルヤを『誘拐』することだった」
「誘拐!!?」
「そうだ、誘拐だ。どうせ面と向かって『家を出ろ』なんて言ったって、友達想いのトルヤは俺達に面倒掛けたくないと拒否するだろう。だから、俺が強引に連れ出そうと思った」
「そ、それで……?」
「それでだ。トルヤの部屋は俺達教えられてたから知っていたんだ。とりあえずトルヤの部屋の窓の所まで行って、トルヤを無理矢理でも連れ出そうとした。けどよ、トルヤは反抗するんだ。『これは僕の問題だから』ってな」
「と、トルヤイケメンだな、おい」
「うん。それで数分言い合ってたら、気付かない内に大声で喋ってたんだな、トルヤの父親がトルヤの部屋をノックしてきた。不審がったんだ。
やばいと思った俺は、力付くでトルヤを引っ張り出した。危機一髪の救出だったぜ、ほんと」
「すっごい!!ノンド格好いいね!意外と!」
「意外とは失礼だな!」
「そんで……トルヤ君を連れ出して、続きは?」
「えっとな、此処にいたら多分トルヤは父親に連れ戻されてしまうと思ったんだ。だから、旅に出ることにした。トルヤを待たせて俺は荷物を取りに行って、そのまま家を出てった。さよならも言えなかったけど、今は教えられてたからトルヤの事が大事だったんだ。今もあんま後悔してないしな。
そしてトルヤの所に行って、俺達はその村を旅立った。色々あったけど、トルヤは自由になれて嬉しそうだったぜ。
そうこうして大人になって、俺はギルドに入りたいって言った。けど、トルヤは探検隊じゃなくて救助隊になりたいんだと言った。そこで俺達は別れた。今トルヤが何してるかわかんねえけど、俺が探検隊として名を上げてるから、トルヤの耳にも入ってたら嬉しいぜ。
これが、俺の『武勇伝』だ」
ノンドがドヤ顔で締め括ると、皆がおおー!と歓声を上げて拍手した。予想以上に感動的だったのだ、無理もない。ノンドがそんなこと。やってギルドに入ってきたなんて、今初めて知ったな。
そのあと、皆が『ノンドに倣え』とでも言うように次々と武勇伝を語り始めた。各々ちがかったけれど、どれも面白い話でスリル満点であった。俺も、旅の途中にあったエピソードを交えて話す。
結構楽しい雑談会であったため、少し前までは微妙に感じていたこのイベントに対する気持ちも、心なしか変わっているようであった。