#91 ウェンディのお料理教室!〜手作りケーキは誰の物〜
「さて、と……厨房に来たことがあるメンバーは、今のところいないですよね」
食堂を越え、ほぼ隣にある厨房へと繋がる木の扉に、小さくて白い、可愛らしい手を掛けながらウェンディが振り向いて尋ねた。ウェンディについて並んでいるのはこのギルドの女性陣であった。雌ポケモンは雄よりも遥かに……とまではいかなくとも少なく、私、ウェンディ、シニー、サンの四匹だった。
道の先、朝礼場からはもう楽しげなお喋りが聞こえる。男性陣がもう雑談を始めたのだろうか。ケンジは……上手くやれているだろうか。私が気にすることでもないけれど、あいつ、結構集団に馴染めるかどうか怪しい部分があるにはあるし。
キィ……と小さな、金属が擦れるような高い音と共にウェンディが扉を開けた。その先にある厨房は、想像していたよりも広く、清潔で綺麗だった。
大きなキッチンが一つ、厨房を縦断するように設置されている。キッチンは白大理石で造られていて、丹念に磨かれているのか光を受けて燦然と輝いていた。隅の方にあるもう一つの重厚そうな黒い扉は、食糧庫へと続いているような感じである。誰かが侵入することを防ぐためか、錆び付いて鈍い金色に光る南京錠が三つほどかかっていた。今回、料理教室ということで使うと予測した木の実や林檎、グミなどの食糧はつるつるとした、最近普及し始めたらしい『プラスチック』のケースに入れられている。傍には、レシピがファイリングされているのだろうと見える紙の束、そして調理用具が、大きなキッチンの上に所狭しと並べられていた。
「すご……おっきいわね」
「ここいっつもウェンディ一匹で使ってるの?いいーなあー」
「厳密には私が一匹で全部使ってるわけではなくて……いつも使っているのはほんの一部なんですよ。いつもならこんな風に台所繋げてもいないですし。
普段、この部屋の半分は食糧庫を兼ねています。今回の為に、ラペットさんと協力して解放したんです。使いそうな食糧は置いてあるので、レシピを眺めて作りたい料理を選んでください」
爽やかな笑顔で皆に説明するウェンディに向けて全員が頷くと、一匹一束で用意されていたらしいレシピの紙束へと手を伸ばした。
どうやらここ厨房のキッチン、火を炊く場所、水洗いする場所、調理する場所が揃ったキッチンを人数分用意されているらしい。考えてみれば分かることだったのかもしれないが、キッチン一台がここまで大きいはずがない。人数分を繋げたと考えれば、こんなに大きいのも説明がつくし。
しかしこんなにキッチン揃えていたなんて。このギルドの予算はどんな風になっているんだか……。ラペットが日々赤字赤字言っているのも分かる気がしてきた。経営や会計にパティは役に立たなさそうだし、リーダーとして一番顔が立っているのはラペットなのかもしれないな……。日々の苦労をお察しします。だからといって報酬ぶんどるやつに同情はしないけれど。
かなり古びているような様子の紙であった。新しい物もあるし、パリパリに乾いて茶色くなった羊皮紙もある。しかし、どれも文字は読めた。古いものには絵が載っているが、最近のものには『写真』という、絵よりもリアリティがあり色も付いているという近頃発明された技術を使っているものもあった。ポケモンの世界もかなり進歩しているのね。写真という単語を聞いたことはあったけど、この世界では全く見掛けなかった。私の知識違いかと思ってはいたがやはりそういう技術はあるのだな。
古いものに書かれているレシピは、饅頭やお茶菓子など、和風であり簡単に作れそうな物ばかりだった。こういう物を作るのはいるんだろうか。私の知る限り思い付かないけれど。
最近に近付くにつれ、私も知っているお菓子のレシピをよく見掛けた。普通に美味しそうなケーキやドーナツ、クッキー……細かく書かれた作り方手順の文字を指でなぞりながら、どれを作ろうか悩み、貼られた写真や絵を吟味していく。
ふと、サンは一体どういうものを作るのか気になり、同じくレシピを食い入るように眺めているサンに声を掛けてみる。
「ねえ、サンは何作るの?」
「私?私はねえ、アップルパイでも作ろっかなーって思ってるよ!このレシピの中では難易度高そうだけど、私料理好きだし!
それで……シズクは?」
「え、私……?」
にこにこしながら、黄金色に艶めくアップルパイの写真を指差され、その美味しそうな色合いにほのぼのしているところを、刺すようにサンに聞かれた。見ていただけで未だ決めていない私は慌ててしまう。
「えっ、えっと……そうね、んん……」
曖昧な音を漏らしながら、大急ぎでページを捲る。すると、ある一つの写真が目に飛び込んでくる。チョコレート色をした生地が桃色のカップに入っていて、様々なトッピングがされている、そんなお菓子。
「私は……カップケーキでも作ろうかなって」
「へえ、カップケーキかあ!いいねえ、美味しいよね〜」
場の埋め合わせで言っただけなので美味しいのかどうかは知らないが、とりあえず頷いておいた。サンはそんなこと気にも留めない様子で、アップルパイの材料をかき集めに行ってしまう。
結局、カップケーキを作ることになってしまったが、それほど後悔はしていない。ちょっと気になっていたものだし……別にいいか、と。レシピに書かれているカップケーキの材料を集めに行こうとしたが、その時横から向日葵みたいなポケモンの横槍が入ってしまった。
「シズクー、シズクは、このお料理教室で作ったもの、誰にあげるんですの?」
正真正銘、キマワリのシニーである。後ろにウェンディを従えて、此方にぐいぐいと迫ってくる。嗚呼鬱陶しい……。
「別に……そんな考えてもないし。シニーは誰にあげんの?」
「私は……まあ、気にしなくてもいいですのよ」
「シニーはノンドにあげるようですよ」
「ちょ、ちょっとウェンディ!!なんで言ったんですの!!?」
「……?へえ」
異性にあげるだけでそこまで慌てなくていいような気がするけども。ウェンディがノンドの名前を出した瞬間、シニーは頬を赤に染めている。
「それで、シズクさんは誰にあげるんですか?」
「……そ、それは」
「私は言いましたからね。正確には言われたのですけど。だからシズクも言ってほしいですわ!」
「はあ……分かった言うわよ。まあ勿論ケンジにあげるわ。けど、それが何か?」
私がケンジの名を出すと、シニーとウェンディは急にニヤニヤし出した。遠くにいたはずのサンも何故だか此方に来ていて、シニー達とニヤついている。
「な、何よ……」
「あああああやっぱりシズク可愛いですわあーーー!!!いつもツンツンしてるのにこういう時はケンジにあげるんですのね!垣間見えるデレが可愛いですわーー!!」
「これケンジが聞いたら喜ぶだろうねー」
「なっ、い、言わないでよ!秘密なんだから!」
「いいですねえー」
茶化してくるサン、シニー、ウェンディ一匹一匹に受け答えるのが大変で。顔が無意識に熱くて、胸の音がどきどきとやけに煩くて。