#76 “変わった”事
「ケンジ」
「……何だよ」
シズクが出ていって直ぐ。何故だか知らないけどラックが部屋に来た。『ランに言われたから来た』って言ってたけど、実際俺達が喧嘩したの知ってるんじゃないか、と疑った。知ってようが知ってまいが別にどうでもいい事だけど、こういう時に妙に勘を働かせるランを、少し憎んだ。
放っておいてほしかった。何で来た、と聞いたけど、ラックは『ランに言われた』の一点張り。他に話をしない。それがラックの性格だと言うことは知ってたけど、あまりにも無口すぎて腹が立つ。テンション高いときは悪ノリとかもするし、ほんと何なんだろう、このポケモンの性格と言うのは、なんて考えたこともあった。……いずれにしろ、関係無いんだけど。
「何があった」
「別に何も」
「嘘だろ。シズクはどこだ」
「……別に、どうでもいいでしょ」
ほら、こんな風に追求されるのが嫌なんだ。どうした、どうしたって、鬱陶しい。何処かに行ってくれればいいのに。何でなんだよ、もう。大人ってどうして、こんなに他人のプライベートにぐいぐい入ってくるんだよ。訳わかんないよ。
「どうでもよくない。お前の問題は、俺の問題だ」
「血も繋がってないくせに、何偉そうに言ってんのさ?」
ラックの言葉を、顔も見ないで言い返した。結局俺はいつもこうだ。結局変わってないし、シズクに迷惑かけてたのも事実。シズクは、もう戻ってこないかもしれない。これが、怖かった。シズクに『もう探検隊やらない』って言われるのが怖かった。嗚呼、情けないな。独りで居れば、こんな思いもしなかったかもしれないのに。でも、シズクに会えたことには感謝してる。独りでいい、と宣っていた俺は何処にいったのかな。馬鹿みたいな思いに浸って、小さく苦笑いする。
思考の海に潜りながら、俺は首に掛かっていたオパールのペンダントを握り締めた。生まれたときから傍にあった物。ランやラックの様に意志があるわけでも、生きている訳でもない。けど、なぜか親近感を感じていた。まるで親みたいな感覚があった。無機物だから、そんな筈無いけど。ずっと一緒にいたから、そんな感じがするんだろうけど。
「……無駄話ははしょる。前置きは、どんな話にも不必要だからな。単刀直入に聞こう。お前はシズクに会って変わったか」
「え……は?」
しばらく黙っていたラックが、相変わらずの無表情でいきなり質問した。こう見ると、ランとラックってあまりにも対照的だ。双子であるはずなのに、何でだろうか。
「変わったかって……さあね。俺は知らない」
「じゃあシズクに聞いてみろ。何かに気付いてるかもしれない」
「……どうだか。それに、シズクは多分もう……帰ってこないよ」
「どうだかな」
ラックが悪戯気に微笑んだ矢先、ドアが乱暴にガチャッと開いた。隙間から丸みを帯びた黄色い尻尾が覗いている。シズクだった。
ランが一緒、ということは、ランは何かシズクに話したんだろうな。ランの事だから、まず間違いなく。シズクの目元は湿っていた。泣いたのかな。辛かったのかな。ランに、何か言われたのかな。底知れない不安がどっと押し寄せて、俺も泣きそうだ。
「ラック、出て」
「俺はまだケンジと話してたいのだが」
「出て?」
暗闇オーラ丸出しの、ランの暗黒微笑は今見ても漫才感が溢れていた。ラックは文句ありげな顔でドアから出ていく。パタン、と閉まるとシズクと二人きりになり、静寂が流れた。
「し、シズク、あの」
「ごめん」
「ふぁ?え、え?」
静まり返った雰囲気に耐えられなくて、謝ろうとした瞬間シズクの口が開いた。謝っていた。素っ気なかったけど、ちゃんと。なんか少し衝撃的で、思わず聞き返してしまう。
「あんたの事、聞いたわ、ランから。
ほんと、悪かったって思ってる。あんたの事何も知らないであんなこと言って。最初、それが私の本音って事で決めつけてたけど、でも違う。それは嘘だった。私があんたに言ったことは、事実じゃなかったのかなって思う」
「……し、シズク……」
俺の過去を知られることに、今はそれほど恐怖していなかった。何故だろうか。俺の前でばらされなかったからか。それとも、知られた相手がシズクだからだろうか。
「あ、あの!悪い、と言えば俺が悪いよ。興奮してあんなこといきなり言っちゃってさ、ごめんね。驚いたよね。俺らしくなかったよね。ほんとに……」
「『らしくない』とか、この際どうでもいい。興奮することぐらい誰にでもある。私なんてしょっちゅうだし、あんただってなるでしょ。どっちが悪かったか、なんて、議論すれば多分終わらない。自責の念は誰にでもある。勿論、私にもあったってことが分かった。
私は、素直になれない。捻曲がった性格だから。多分直んない。私は、それはちょっと嫌だけど、あんたは?私のこんな性格、どう思ってんの?建前なんかいらないから。正直に言って、お願い」
「正直にって……シズクがそう考え込んでるならあれだけど、俺は別にいいと思うよ。だってそれがシズクだから」
「……そうよね。
私さ、ちょっと分かったの。私って意気地無しなのよ。一人は好きだけど、独りは嫌いなのよ。誰かがいてくれないと、誰かが信じてくれないと、ちゃんとしてられない、弱い生き物なのよ」
「それ、言うなら俺も一緒だよ。多分、生き物って皆弱いと思うよ。本当に強い生き物っていうのは、いないと思うんだよ。強いなんて自負してる生き物は、一番弱い気がするんだ」
「私もよ。……ねえ、聞いてて。これから言うのは私の本音。私が、今まで自分を騙してまで隠してた、本当の気持ち、だから」
ドキドキ、と鼓動が聞こえる。シズクがこれから何を言うのか分からない。恐怖心は無かった。どんな言葉であろうと、俺は今なら受け入れられそうだったから。
「……あんたは、私がいないと生きてけない。私は、あんたがいないと生きてけない。だから、一緒にいなくちゃいけないって思うの。支えあっていかなくちゃいけないって思うの。その為には、お互い信じなきゃいけないのかな。多分そうなんだろうけど、私はまだちゃんと誰かを信じることが出来ないの。それは、あんたも同じだと思う。
だから、どんなに凸凹でも、一緒にいれば次第に変われる。次第に、信じていけると思う。私も出来るだけ信じれるようにするから、あんたもそうしてほしい。そうなるには、お願いがあるのよ。
_____私と、ずっと一緒にいて」
また少しだけ潤み始めた目をこちらに向けて、彼女は言い切った。青く、蒼く透き通った瞳に映し出される俺の顔は、何処か嬉しそうだった。
こくり、と俺が一つ頷くと、シズクは、静かに笑った。
ランが一体、シズクに何を言ったのかは知らない。以前、シズクが俺の事をどんな風に感じていたのか、思っていたのかも知らない。でも、知らなくてもいいと思った。
此所に来るまで、かなり色々な想いをした。苦しみや悲しみが大半だった。だけど
今が最高に、嬉しくて堪らなかった。