#75 私の本音
ランの話を聞いて、思ったこと。衝撃、その一言に尽きた。
話してくれたケンジの話。あいつが私に出合う前に、そんなことをしてきたのかと思うと、変な気持ちになった。何でなのだろうか。あいつが時折見せる影にも納得がいくような。
とにかくあいつが辿ってきたこれまでの人生は、正に『苦悩』、その二文字だった。もし私があいつの立場だったら、私は今のあいつみたいに笑えただろうか。あんな風に、誰かを信じることが可能だろうか。
答えは直ぐに出る。『否』。私はあんな風にはなれない。これから先も、多分。
本当に驚いた。そして、悲しかった。悲しくて、猛烈に後悔した。私らしくないとか、どうでもよかった。あいつが可哀想だとも思ったし、同情されるのが辛いことだと言うのも分かった。分かっていて、私は私を騙していた。
本当に、馬鹿だ。あいつの何も分かっていなくて、わかろうともしないで自分の言いたいことだけ言って他人をはね除けて、独りで生きてくって言って結局頼りも何もなくて、何も出来なくて、消えていくだけの、惨めで間抜けで頭の悪い、ポケモンになった元人間。
周りの空気も読めないで、自分勝手に行動して、それで結局自分が傷付いて、愚痴って、キレて、頭の良いふりをして、ただそこにいるだけ。我儘で、我慢も何も出来ない、そんな生き物。
誰も信じられないってカッコつけて、信じたくなっても自分を騙して、何もかも冷たくしていく。こんな自分。相当、気が滅入る。こんな私、嫌いだ。どうしてもっと素直になれないんだろう。どうして、ランやサンの様になれないんだろう。どうして、ちゃんと笑えないんだろう。
私はあいつを理解しているつもりでいて、これっぽっちも分かっていなかった。実質あいつを信じてもいなくて、信じようともしなかった。そんな自分に、正直腹が立った。
あいつの何もしらないで、あんなことを言ってしまった。あいつがこの言葉一つでどれ程傷つくのかも知らないで、あんなことを言ってしまった。あいつが今回の様な喧嘩を一度経験したことも知らずに、その喧嘩でどれ程惨めな想いになったかも知らずに、幼い頃から頼る者がいなくて悲しかったであろうあいつの心境を知らずに。
後悔したって、何にもならない。
言ってしまった事を完全抹消できるなら、前言撤回と軽々しく言えるなら、私はそうしていただろう。言ったことを、相手の記憶から消すことなんて出来ない。そして、したくはなかった。そういう終わらせ方は、私だって望んでいないし。
あいつはずっと独りで、苦しかったのかもしれない。ランに出合う前、どんなことに遭ったのか知らないけれど、それでも苦しんでいたかもしれない。夜に独りで、泣いていたかもしれない。辛い想いを、数えきれないほどしてきたかもしれない。ラン達と出会っても、それでも孤独感は消えなかったのかもしれない。ケンジを仲間、だと思っていたらしいラン達の弟を素っ気なくあしらって、今の私みたいに猛烈に後悔したかもしれない。そして出会ったのが私で、私を昔の自分に重ね合わせて私を信じようとしたのかもしれない。
いずれにしろ分からない。あいつの気持ちなんて、私には分かることが出来ないのだ。
私は、あいつの過去を知らなかった。仕方がないと言えばそれで終わりだけど、そんなことでは片付けられない事のように思えるのだ。否、本当にそうなのだろうな。
あいつが心に傷を負っていたのを知らなかった。知らなかったけど、私がケンジに向かって酷いことを言ったのは事実。『知らなかった』で終わるなんて、あいつが哀れで、私がずっと後悔する。この先後悔しながら普通に過ごすのなんて、正直まっぴらだ。もっと、人生楽しまなきゃいけないのかな。私に、出来るのかはわからないけど。
あいつを知らなかったから今回みたいな事になった。それなら、私があいつを知れば良かった。今からでも、多分遅くないのでは。
「シズクちゃんはさ、ケンジに出会ってから、自分が変わったって実感したことあった?」
「それは……わかんないわ」
私は一体、変われたのか。あいつに出会って、変われたのか。分からない、それが本音だった。変わったんじゃないか、と思ったことはしばしばあった。けど、本当に変われているのかどうかは、分からない。
「……じゃあ、あなたはケンジが変わったって思ったことはある?」
「……あるわ」
ケンジが変わった、と確信する機会はかなりあった。それは、一番最初から。ビクビクしてて、雑魚に向き合っても膝が震えてた。でも、何かを決心したのか立ち上がって戦い始めた。ギルドに入門するときも、お尋ね者のスリープ、ギルナを倒すときも、滝の調査で滝の中に飛び込む決意をした時も。あいつは自分を奮い立たせて、勇気を沸き起こしていた、そんな風に見えた。私に比べれば、あいつは随分強い。前から分かっていたけれど、今、かなり目前にその事実が迫っていた。
「ふふ。それなら、きっとケンジも、あなたが変わったところに気付いてるんじゃないかなあ?ほら、自分の事は自分で分からないけど、周りが理解してくれてるって、よく言うじゃん」
「そう、かしら」
自分の頭の中はよく分からない。私自身感じていた事であった。
「……シズクちゃんは、これからどうしたい?ケンジに、なんて言いたい?」
「…………私の、『本音』を言う。もう、何も隠さない。自分もケンジも騙さない。私とケンジが、ある意味同じような境遇って言うのは何となく分かった。
____だから、私は言いたいことを言うわ。今まで自分もよく分かんなくて、胸の内に隠してた事、全部言う。それで、私は良い」
「そうね」
満足そうに一度笑ったランは腰を上げて、優雅にその場を離れた。ランが行ってしまって、今まで秘めていた想いが、あふれでてくる心地がした。暖かくて、冷たい涙が、次々に目から出てくるのだ。泣いているという感覚が可笑しく感じる。泣くのが初めてみたいで、可笑しい。それでも今は、それを受け入れられた。苦しいから泣いたのではない。何だか、寂しかった。あいつが、傍にいなくて。
もやもやは消えていく。さっきまでは何も考えたくなかった。どうすればいいのか分からなかった。でも、今はちゃんと分かる。
ケンジに、会いたい。