#74 ランの話
「何してたの?」
「別に……散歩よ、散歩。それよりラックは?」
「今頃ケンジの所よ」
「………!」
あの上品な声色で語られる話を聞きながら、ランは私とケンジが喧嘩したことに気づいてるんじゃないか、と思った。そんな筈は無い……でも、有り得る。
「ねえ、何があったの?ケンジと」
「…………」
「話したくないことは、話さなくていいわ」
「……喧嘩」
「…………」
「喧嘩、した」
私が現状を単調に吐き出すと、ランはゆっくりとした動作で隣に座った。私は嫌だとは思わなかった。今の気持ちを、誰かに吐き出さないと壊れてしまいそうだから。ランはそれが分かっているような顔をしていた。いつもはっちゃけているけど、聡明だな、と今更ながら感じた。
「喧嘩ねえ。ま、そのくらい誰でもやるわよ」
「……あの、さ。私、自分がよく分からないのよ」
「そう?」
ランになら、言える気がした。今感じていたこと、前から思っていたこと。私の心を、全部、全部。
「ケンジは……あいつは、私の事を際限無く信じる。私は言うことは、何でも信じた。対して私はあいつの事をこれっぽっちも信じてなかった。
あいつが私に『信じて』って言ったから、私は言いたいこと言った。……そしたら何か、変な雰囲気になって。ちょっと悪かったかな、とは思ったけど、でもそれが私が本音だった。
そもそも私はあいつに連れられて探検隊を始めた。特に目的とすることだって無かったから、私が探検隊になる理由は正直言って無かった。それでも何かワクワクしてた、って言うのかな。あんま感じたことない気持ちになってさ。でも、やっぱ今感じてみると、全部私の思い込みだったんじゃないかな、みたいに思って」
「………へえ」
「それで、私が今何考えてるのか、とか、私の本音って何だろう、とか、考え込んで頭の中ぐちゃぐちゃになって。よくわかんなくなって。悩んでた」
すらすら、と。もやもやが口から滑り出ていく。内心を知られるのは嫌いだけど、何でかな、ランには言える。それに、嫌な気もしなかった。
私の話し声を聞いて、ランは柔らかく、優しげに微笑んだ。嗚呼、この笑顔、本当にサンに似ているな。あの輝くような笑顔。私がこんな純粋に、綺麗に、笑えたことってあったんだっけ。
「……あなた達は………本当、似てるわね」
「……え?」
「シズクちゃんとケンジよ。似てる似てる」
「なっ……は?」
ランの話に、私は思わず眉をひそめた。私とあいつが、似てる?一体、何処が。私はあいつみたいに素直でもないし純粋でもない。____誰かを信じることも、私には出来ない。
「なんで……何処が?」
「シズクちゃんは知らないだろうけど。ケンジはね、あなたの知っているケンジじゃなかった。あなたに、会うまでは」
「……?」
それには、何となくだが頷けた。ケンジは時々暗い部分を見せる。ランやラックに会ったとき。あれはケンジじゃなかった。少なくとも、私の知っているケンジでは。ケンジが昔、何を経験したかは知らない。でもケンジは、胸の内に何か底知れない闇が隠れているような気がしてならなかった。
「詳しくは……私からはあまり話せないわね。ケンジ、自分の過去知られること以上に嫌ってるから。
……でもまあ……少しくらいなら、私から話してもいいと思う。私も要約してしか話さないけど、シズクちゃんには知っておいてもらいたいな。これは私の勝手な判断だけどね」
そう言って、ランはにっこりと口角を上げた。私は無意識に、引き込まれる。
「私とケンジが出会った時……正直驚いたわ。まだ親と一緒にいるであろう歳の子供が、たった一匹でいくつものダンジョンを潜り抜けて、旅してるんだもん。声を掛けずにはいられなかった。
ケンジには当初、感情が無いみたいに見えた。全然笑ってくれなかった。私達が優しく接しても、暗くて、何処かに陰があるみたいでさ。泣きも、笑いもしない。無表情で、何だか空っぽな感じで。
しばらく私達と旅をしていたら、少しずつ心開いてくれた。自分が私達と会う前のことをちょっと話してくれた。それはもう……悲惨な話よ。……これは、私から話せることじゃない。ケンジが、伝えて良いと思った時に、話してくれるでしょうね。それは早いかもしれないし、遅いかもしれない。でも、気長に待てば、時が経てば、きっと……。
さて、ケンジが私達と出会って、少し経った時ね。私達の弟が来て。それでまた一緒に過ごしてた。私達の弟は気性が荒い類いには入ってたけど中は結構優しかったから、かな。ケンジと結構気が合ったのよ。二匹は時々何処かのダンジョンに入り込んだり、一緒に遊んでたりしてた。かなり楽しそうだったわ……彼らは」
鼓動が、大きく聞こえる。誰の話をしているのか、よくわからなかった。こんなの、ケンジの話じゃない。誰か、別人の話の様に聞こえる。こんなケンジ、ケンジじゃない。
「そしてそのあとすぐ、かな……。ケンジと、私達の弟が、喧嘩した。
理由は……今のあなた達みたいな感じよ。仲間、と言った私達の弟に対して、ケンジは「長い間一緒にいたけど俺はお前の事仲間だなんて思ってない。信じることだって、出来ないから」って、そう言ったのよ。
それから直ぐケンジはまた旅に出ていった。それ以降彼らは出会っていない。ケンジは、仲間がいても……生涯孤独の雰囲気があった。
だから、驚いたのよね。最近ケンジに再会した時さ。あんなに感情を封じ込んでいたケンジが、あなたに向かって素直に笑顔を見せていた。かなりの時間一緒にいた私達も見たことが無いような純粋な笑顔を、シズクちゃんには見せていた。衝撃だったわ……ポケモン違いかと思った。でもあの感じ、やっぱりケンジだった。
ケンジは、あなたには内側をさらけ出せたのよ。あなたと一緒にいたから、ケンジは今みたいな性格になれたんだと思う。
勿論今のケンジの性格は、ケンジがあなたに嫌われたくないから造り出した人格じゃない。あなたと出会って『造り出せた』ケンジの本当の姿。あなたにだけ見せられる、明るい性格なのよ」