#72 その言葉は平然と
「……シズク」
「……何」
言いたいことだけ言って去っていったラペットに悪態をつきながらも、俺はガーネット共用の部屋に戻ってきた。中にはシズクがいて、夕飯まで仮眠でもとろう、と毛布を整えていた。
俺はバッグを傍らに置き、どう切り出そうか考えていた。あれだけ謝ろう謝ろうと思ってはいたものの、いざとなっては話し出しにくかった。しかし、きちんと言わなければ。このままずっとこんな雰囲気は耐えられない。しかももうすぐ、遠征があるというのに。
「シズク」
「何?言いたいことがあるなら早く言って」
感情がこもっていないような話し方をされる。それがどこか苦しかった。シズクは整え終えたベッドの上に座り、じと、と俺の事を上目遣いで見上げていた。
「……あの、林檎の、森でさ」
「……はあ……」
やっと切り出せた。と言うのに、シズクは何故か溜め息をついて立ち上がる。え、何で。
「え、えと……あの」
「もういい」
「へ?」
シズクの態度が、明らかに違った。最初出会った時でさえ、こんな冷ややかではなかった気がする。それも記憶が曖昧なのであまりよく覚えてはいないが、それでも。
「どういう……?」
「私さ、あのあと考えたんだけど」
ずっと逸らし続けてきた視線をこちらに向け、真っ直ぐに俺の目を見据えた。その青い瞳の奥で、まだ少しだけ赤色が瞬いていた。
「あんたが私に従ってたら、こんなことにはならなかった」
「え、え?」
「私の言うことに、指示に、従っていたらこうはならなかった」
「……ま、まあ……でも……」
あの時の俺は見境がつかなくなるほどに怒り狂っていた。ドクローズへの恨み、憎悪、嫌悪。そんなもので心が支配されていた。シズクが『落ち着け』と言ってはくれたが、それでも俺はそれをはね除けた。今考えてみれば、なんて愚かな事をしたんだろう、と後悔する。が、シズクの言うことはあまりにも自分勝手だった。
「確かに俺があの時落ち着いていられれば、最悪の事態は防げたのかもしれない。俺が悪かったってことは分かってるよ。
……でも、俺は人形じゃない。シズクの言うとおり動く、操り人形なんかじゃない。感情のままで動くことだってあるさ。落ち着けない時だって」
「でも結局は、あんたのせいよ」
正論を述べてみたつもり、だった。しかしシズクはこれが結論、と言葉を発した。間違ってはいない。でも、違う。理不尽さへの怒りが、何故かふつふつと沸き上がってしまうのだ。
「……ッ少しくらいは、俺の話も聞いてよ!!」
ガン、と床を力一杯蹴り付けると、そっぽを向いて考えに耽っていたようなシズクは、僅かに肩をビクッと揺らしてこちらを見る。迷惑そうな表情だ。だが今では、その表情でさえ怒りの根源となるには充分だった。
「何よ」
「なんで、どうして全部俺のせいなんだよ!?確かに俺は悪かったよ。でもさ、俺だって感情的になることだってある!自分の意見だけ通して、どうして俺の話はちゃんと聞いて、受け入れてくれないんだよ!!?」
シズクは不機嫌そうに俺を見ていた。言いたいことを吐き出した俺はまた微かに後悔する。謝るはずだったのに、何故こうなってしまったんだろう、と。
シズクも最初に戻ってしまったかの様に冷たいが、俺もまた戻ってしまったのだろうか。否、結局『変わっていなかった』だけなのか。とにかく色々なものに癇癪を起こしてしまう、空っぽで、怒りしかなかったあの時に。
「あんたが何を言おうと結局今回はあんたのせいでしょ?あんたもそれは認めてるんだし、それが結論って事で別にいいでしょ。何他に議論することがあんの?」
「……ッ………!」
悔しくて堪らなかった。シズクに怒っているのか、それとも他の何かに怒っているのか、今の俺にはわからなかった。もう、謝る気も失せてしまった。ただ、それだけだ。
「……少しくらい……」
「……?」
「……少しくらい、信じてよ」
不意に零れ出た言葉は、ずっと思ってきた俺の『願望』であった。シズクに、俺の事を信じてほしい。俺が、シズクの事を信じたい。そんなちっぽけな、『願望』。
シズクが、俺が、お互いに信じていられたなら、今みたいに大きな喧嘩に至らなかったかもしれない。
「……シズク、ごめん。ちょっと興奮し過ぎて……。
ね、シズク。俺の事、信じてくれてる?仲間、だよね?」
問いかけた事は俺の本音である。それにシズクは僅かながら眉間に皺を寄せた。
「仲間、ね。あんたは、私の事仲間だと、思ってるの?」
「え、まあ」
「はあ……私、あんたと最初に会ったときも、初依頼こなした日の夜にも、言ったわよね。あんた忘れてたか、気付いてなかったかもしれないけど」
シズクが妙に真剣だった。少し興味を持ち、そちらに耳を傾けた。最初に、彼女はなんて言ったっけ?思い出せない。だが、知りたいとも思う。
「覚えてないんなら今言うわ。ちゃんと、聞いててよ。
……あんたが私をどう思ってようと勝手だけど
_____私はあんたの事、仲間だとも思ってないし、信じてもいないから」