#71 “初め”
爆発の中、ドクローズの悲鳴が聞こえた気がした。それでもその時は、あまり気にはならなかった。
黒煙が収まるのは、予想していたよりも早かった気がする。それに、煙は晴れる前、微かに、何か硝子が砕けたような音が響いた。まるで、いや、こんなことあり得ないが、毒ガスという名の気体が、壊れていったような。
一瞬何が起こったかなんてわからなかったけれど、黒煙が晴れ、周りの状況がよく見えてきた。
セカイイチは、無くなっていた。
ドクローズが持っていったのか、爆発によって吹き飛ばされ、潰れてしまったのか。両方とも有り得たが、とにかく手にいれたセカイイチは一つ、という事になってしまった訳だ。
シズクを助け起こし、もうここにいる意味が無くなった為探検隊バッジを使ってギルドに帰ることにした。雰囲気が、何だかよそよそしかった。シズクは、俺の言葉には従ったものの、いつもより積極的に話すことも、俺と目を合わせることもしなかった。
俺があんなこと言ったから、と自分を責めるも、シズクに言い出せはしなかった。
気まずい雰囲気の中ギルドへ帰還すると、親方部屋の前で不安げに待っていたラペットに今回の事を説明した。
「っはあぁ!!!?それでなんだい!?一個だけ持って帰って来たって訳かい!!?」
バッグから取り出した一つだけのセカイイチを見せると、ラペットは奇声に似た声でキレ始めた。
「一つだけなんて!!それなら結局何も変わらないじゃないかい!!他の木の実はかなりあるものの……なんで本命の任務をこなせなかったんだい!!?」
「……それが……」
羽をバサバサと振るい怒号を飛ばすラペット。だが今回、俺達だけならすんなり依頼をこなせたはずなのだ。あいつらに居なければ。
「実はドクローズの奴等に邪魔されて」
「は?馬鹿言うんじゃない!あの方達はあんなに優しいじゃないか!お前達があの方達にいちゃもんを付けてるのは知っている。だからと言って貶める必要は無いだろう!?」
「違うって!俺達の話を聞いてよラペット!あのドクローズの三匹が……!」
「うるさいうるさいうるさぁぁーーーい!!!任務に失敗した上に言い訳するんじゃないよ!」
「ッ……じゃあなんだよ!ドクローズの事は信用できて……弟子の俺達は信用できないのか!?」
「そういう訳じゃない!実際お前達は任務を失敗しただろ!?
私はお前達なら出来ると思ったんだ!最近入ったギルドの弟子『ガーネット』が、ばんばん依頼をこなしてランクも急上昇!ファンも増えてきているらしい!実力もあるし実績だって……!ほのぼの系ケンジとクール系シズクのでこぼこコンビが活躍してるって有名になってきてる。
だからまだ新入りの域に入るお前達に頼んだんだ!期待持たせて……なんで失敗したんだ!?」
「そんな勝手な事っ……!」
「違う」
隣から不意に声が聞こえ、思わずそちらに顔を向けた。シズクだ。今まで、何故だか何も喋らなかったシズクが、帰って来て初めて言葉を発した。いつもならラペットにこんなことを言われたら真っ先に反応するのがシズクだが、それでも彼女はさっきから全然喋ってない。何故だろうか。
まるで、一番“初め”の彼女に、戻ってしまったみたいな。
「……ラペット。私達は……あんたが思ってるほど格好いい、良いコンビとかじゃないから」
真顔で、冷たくて。無機質に並べ立てられたような音は、宙に浮かんで消えていく。シズクはそれだけ言うと、ラペットの声も聞かずにその場を去ってしまった。
「な……何があったんだ……?」
「………………」
思わぬ出来事に、先程まで怒り爆発させていたラペットは、一気に冷めてしまったらしい。唖然としていたが、やがて我に返る。
「まあ……とりあえず一個あれば今日はなんとかなる……。
シズクの言ったことがよくわからないが……お前達、今日は夕飯抜きだ。任務失敗と、仲間を貶めようとした事を部屋で充分に反省するんだ。いいな」
「は?えっ!?」
わからない顔をしながらラペットはセカイイチを持ってさっさと行ってしまった。俺が反論しても耳には入らなさそうだ。夕飯抜き、か。それも充分ショックだが、それよりもシズクに会いたかった。シズクに会って、謝らなくちゃ。
彼女の待つ、ガーネット共用の部屋へと向けて、俺は身を翻した。