#67 林檎の森
「ここ……かな?」
「今更だけど、ほんとこの世界ってネーミングセンスがアレね……今更だけど……」
俺達の目の前には、鬱蒼と生い茂る木々の森が彼方まで広がっていた。濃い緑の木は所狭しと並んでいるが、じっとりと怪しい感じではなかった。所々木の実の成った木もあり、ダンジョンと言えどかなり居心地が良さそうである。
「食糧殆ど置いてっちゃったけど……大丈夫かしらね」
「そんなに心配しなくてもいいんじゃない?
そこら辺に木の実とか林檎とかゴロゴロあるし、『セカイイチ』以外の食糧調達とかも出来るかも。これはかなり期待していい感じだねー」
バッグの中身を確認しながらシズクが呟く。
林檎の森でかなりの食糧が採れると期待していた俺達は、今持っていた木の実や林檎などをギルドの為に寄付してきたのだ。状態異常回復系の木の実とオレンの実だけは少し取っておいて、林檎は「グミがあるから」と全部置いてきた。
ラペットは涙を流しそうな勢いで猛烈に感謝し、「遂行出来た暁には報酬を出す」とか言っていた。ギルドは今現在赤字なんじゃないか、と訝るが、シズクはそんなことは気にせず「今まで取られた分の報酬全部返してほしい」みたいな顔をしていた。普通、あんな猛烈に頭下げられたら躊躇うけど、そんな様子を微塵も見せなかったシズクは何だかすごい、気がする。
「確かこの森の最奥部に『セカイイチ』があるんだってね。階層どのくらいあると思う?」
「結構深そうね。十階くらいあんじゃないの?」
十階か、手強いな……と少し考える。ここのダンジョンのポケモンもレベルが高いと聞いたが、今の俺達のレベルも相当な物だろうと思う。
「とりあえず先に進むわよ」
シズクの言葉に倣って、森の入口へ足を踏み入れた。草が茂っていて、足元の短めな草がフカフカとしている。背の高い木が出すのは閉塞感ではなく、木漏れ日を浴びせる解放感であった。気持ちがいい。こういう穏やかなダンジョンもあるんだな。
「思ってたより無いね、木の実。ちょっと危ういかも……」
そこらに生えている木は確かに木の実の木なのに、熟している物はほんの僅かだった。まだ青々しい物や小さい木の実ばかりで、収穫できるものが無かった。何故だろうか、俺にはわからない。
「………あんた、これ見て」
さっきから俺の話に答えを返さなかったシズクが、やっと話し始めた。長い耳と鼻がピクピクと動いているが、視線は一点に集中していた。そこを覗き込むと、太めなオボンの実の木の幹に、微かだが何かで引っ掻いたような爪痕が残っていた。
「なっ、何これ!!?」
シズクは答えず、傷痕をじっくり、指先でなぞっていた。その間にも、彼女は周囲をしきりに嗅いでいる。
ここに傷痕があること。それが表すことはただ一つ、ここに、俺より先に誰かが来たということだ。ダンジョン内のポケモン達の仕業なのだとも思えてくるが、シズク曰くどうもそうでは無いようで。
「……ここのポケモン達は爪を持っていない種族が多い。それでも、刃物的な武器を持っているポケモンはいる。だけど………違う。これは何か、大きなポケモンが付けた跡………。それに、この臭い。
……これは厄介ね。さっさと先に進まなくちゃ、面倒な事になるかもしれない……。ケンジ、行くわよ。早く!」
きらりと光るシズクの瞳に押され、俺はほぼ走ってる速度で歩き始める。俺とシズクとでは歩幅が違うため彼女に合わせはしたが、どちらも走っていた。
出現してくるポケモンは虫タイプが多く、有利でもないか不利でもなかった。俺達は依頼を受けまくってきたおかげでレベルはかなり上がり、多種多様な技を覚え、使いこなす様になっていた。シズクはついこの前『アイアンテール』という強力な物理技を覚えたし、俺は念願の遠距離技、『リオル』という種族の鉄板技とも言える『波動弾』を覚えることが出来た。
この『波動弾』が強いこと強いこと。いつも届かずもどかしく思っていた遠い敵にも届き、しかも威力がひたすらに高い。これは嬉しかった。
『リオル』という種族は、各々ポケモンから発される『波動』を色で感知し、建物の構造や今周りにどのくらいのポケモンがいるか、などを知ることが出来るのだという。『波動弾』も、自らの波動を集めた攻撃らしく、本人の波動の色をしているらしいのだ。
だが、どういう事か俺の波動はエメラルドグリーンだと分かっているのに、何度『波動弾』を撃っても全て青色なのだ。しかも俺は、生まれつきなのか何なのか他人の『波動』が感知出来ない体質らしかった。普通は出来るのだとフライに聞かされた時は正直驚いた。
向こう側から種爆弾を飛ばしてくるナッシーに向かって、俺は波動弾を放つ。命中すると、ナッシーは壁まで飛ばされていった。
「やっぱ強いわね、波動弾。一撃ってもはやチートじゃない」
「えへへ、ありがと。でもまだ、シズクの方が強いかも……?」
「私は攻撃力的にはあんたに劣るわ。自分で言うのもあれだけど、ちょっと頭が回るだけ」
「……そういうとこには敏感なのにね………」
「何か言った?」
「いやあ、何でも」