#66 頼み事
「皆!今日も頑張っていくよーー!」
パティの声と、皆の『おぉーーー!』という掛け声が重なり、ギルドに響いた。
今日も恒例の朝礼を終えると、各々が自らの仕事場へと向かう。ノンドやリナーの見張り番二匹を除いて全員が、上階に設置されている掲示板を見るために足を運ぶ。
今じゃこの光景は日常茶飯事だけど、考えてみればこの光景こそが、俺がギルドに入門する前に憧れていた事だったんだな、と思い出すと変な感じがした。あの、思い出すだけで幻滅してくる味気ない生活に比べれば、どれだけギルドに報酬をぶん取られようと、命懸けでダンジョンに潜り込もうと、毎朝大声で叩き起こされようと、楽しい日々だ。
どれもこれも、こうなれたのはシズクのおかげだ。あの時シズクに会わなかったら、俺は今もギルド前で挑戦して挫折して、を繰り返していたんだろう。何もかも、変われなかったかもしれない。
最初シズクは、気にならなくなったら即探検隊辞めるとか言ってたけど、もうそんな事忘れてるんじゃないかな。かなり、バッグを肩に掛け、今までこなし損なった依頼書を眺めていたり、バッグの中の探検隊用具を確認しているシズクは、様になっていた。
このまま、最初の事を忘れ続けてたらいいのに。いや、今そんな感じだからそのままで良いのか。うん、このままがいい。このままでいてほしい。シズクと、ずっと探検隊をしていたいから。
時間が経つにつれ、それに比例してシズクはどんどん変わっていくのだ。一番最初のシズクを思い出したら、少し、ほんの少しだけ、柔らかくなってきている気がした。
俺を大分信じてくれている様だし、笑ってくれる様にもなった。シズクが幾ら独りが好きだと言ったって、彼女だって実際ギルドの中がいい、と思っていると思う。
「ちょっとお尋ね者捕獲依頼が余ってるわね。またランに捕まる前にさっさと行く?」
「あー……そうだね。ずっとあんな騒ぎまくりポケモン連れてくと疲れるもんね。
じゃあ今日はお尋ね者捕獲依頼の余りと、それにちょっと、同じ依頼場所の普通の依頼受けよっか。ね」
「分かったわ」
そして俺達は掲示板に向かって歩き出す。だがその前に、俺を呼び止める甲高い声が響いた。
「おい!お前達!!」
声の主はラペットだった。俺達何か悪いことしたかな、と何処と無く不安になり、最近やったことを思い返しながらラペットの方に進んだ。俺も不安だったが、ラペットも何処か怯えたような目をしていた。焦ったように、必死に羽を振って手招きしている。
「何。……何か用?」
「ちょ、ちょっとお前達に頼み事があるんだ。いいか、よく聞いてくれ」
仕切りに上ずった声で話すラペットに、俺もシズクも首を傾げた。また探検とかなら嬉しいのだが、そんな雰囲気ではなさそうだ。
「今日はちょっと、食糧を調達してきてほしいんだ」
「食糧……調達?」
俺は更にわからなくなる。ギルドと言うのは、何ヵ月分かの量の食糧を保存しているのだと聞いたことがある。少しくらい節制もするだろうし、少なくなった、と判断したら間に合うように食糧を調達していくのだろう。それに、あのウェンディが無駄遣いするはずもないし、最近妙に食事が大盛りだった気もしない。そんな急激に、食糧が減ることもないだろう。
「なんで?ギルドって食糧保管してあるんでしょ?それもかなりの量の」
「嗚呼、そうなんだ。よく知ってるな……。その通りなのだが、何故かいきなり食糧が減っていたのだ」
「いきなりって、そんな事あるの?」
「いや、今まではそんな事無かった。だが、そうだな……昨日だ、急に減っていたのは。
少しは木の実も残っていたため間に合うだろうと思っていたのだが、再確認してみたら『セカイイチ』が全く無くてな……昨日は一つあったから良かったのだが……」
「『セカイイチ』?何それ」
聞き慣れない単語にシズクは口を挟んだ。ラペットは、「まあ知らないのは当然」みたいに深く頷く。
「『セカイイチ』と言うのは、林檎の種類の事で、極普通の林檎と比べたら格別に甘く、そして大きい林檎だ。何より、親方様の大好物でもある」
思い返してみると、夕食時にいつもパティが頭の上で林檎を転がして弄んだりしている光景が思い浮かぶ。そうか、あれが『セカイイチ』なのか。確かに大きな林檎だった為、気にはなっていたが、食事時はもはや争いなので深く考えることもなかった。
「『セカイイチ』が無いと親方様は……親方様は………………まあ、あれなのだ。
だからお前達には、『セカイイチ』を取ってきてほしい」
「……うん、わかった」
いきなり青ざめたり大袈裟に話すラペットをスルーして返事を返した。シズクは呆れ返ってはいるが、一応依頼内容には納得しているようだった。パティが起こした……のかどうかはわからない謎の地響きは知っている。『セカイイチ』が無かったらパティがああなるのなら、拒否権は無いだろう。
「『セカイイチ』は、『林檎の森』というダンジョンの奥地にある。一際大きい大木に生っているからすぐわかるだろう」
「『林檎の森』ね。了解。
かなり他の食糧採れそうね」
「そうだな。他の木の実は私がなんとかする。……だから頼んだぞお前達」
再び頷くと、梯子を登り始める。
食糧調達など、お尋ね者捕獲に比べれば簡単だろうし、そこまで手こずらないだろう。ぱっぱとこなして、帰ってこよう。
今はまだ、そう思える余裕が俺にはあった。