#64 “変わってきた”事
「………疲れた……」
「そうね……」
いつもは夕飯ギリギリにギルドに帰還してきて慌ただしいのだが、今日は例外、猛烈なスピードで完了したので依頼の遂行量に文句は無かった。それでも私達は疲れていた。主にランのせいだ。ダンジョンから帰って来た後も付きまとおうとしていたので、振り払うのに苦労した。やっと「水を飲みに行きたいから」という理由でランから解放され水飲み場へと来ていた。
水を飲みたい、というのはランを振りきるための口実だったが、実際に来てみると本当に喉が乾いているのに気が付いた。張られた水に口を付け、ずず、と啜る。目の覚めるような冷たい水が喉を通り、気持ちいい。
「ごめんね、シズク。いつもあんな感じなんだ」
「……別に……気にしてはないけど、疲れたわ」
傍にあったベンチに腰を下ろしながら、茜色に染まり出した空を見上げた。この時間帯に帰って来たのは久し振りだ。ダンジョンの中では、この風景は見えない。空色と茜色が交わり、雲が金色に輝く空を見つめて、しみじみと思う。
「なんか今日、ケンジがケンジじゃないみたいだった。そういうの、面倒臭いからやめてよね」
「へへ、ごめんって、ほんと。あの二匹には会うの久し振りだったし、関わり方がわかんなくなっちゃって」
はにかんだ笑みを見せて頭を掻いたケンジを呆れたように見ていると、ダンジョンに続く道の方からサンとフライが現れた。依頼から帰還してきたようで、談笑しながらこちらへと向かっている。フライは何を思っているのか、カゴの実をかじっている。
「あっ、ケンジ!シズク!」
こちらに気付いたサンが、尻尾をぶんぶん振り回しながら走ってきた。前々から思っていたけど、サンの尻尾ってある意味凶器に見える。当たったら何処かへ吹っ飛ばされそうだ。
「サン、フライ、依頼お疲れー」
寄ってくる二匹に、ケンジは柔らかな笑顔で手を振った。サンは煌めくような笑顔で、フライは穏やかな笑みで近寄ってくる。笑ってないのは私だけ、か。
「なんか今日帰ってくるの早いね?二匹共」
「ランとラックが暴走して」
「嗚呼……」
サンとケンジはお互いに苦笑した。もう、苦笑するしかない。あれには私も驚かされた。あんなのと比べれば私なんてまだまだ弱い。だからと言って、あんな風になろうと思う気もしなかった。
「ねえねえ、この事、まだシズクとケンジと相談してなかったよねえ」
「何の話?」
「『時の歯車』の話」
「あー、それね」
サンとフライもベンチに腰かける。この二匹は話す気満々なのに対し、フライは、あまり話し合いたくないような顔をしていた。否、気のせいかもしれない。
「誰が盗んだのかなあ?それに、盗んだんなら目的がありそうな」
「どういう目的だろうね?犯人はちょっと狂ってたりして。普通『時の歯車』にだけは手出ししないじゃない」
「そっか、そういう考え方もあるか……シズクはどう思う?」
「………さあ。でも、その……『時の歯車』って大切なヤツでしょ?それなら目的無しで盗ろうなんて思わない気が」
「ん〜……フライは?」
「え…………あ、嗚呼、まあ……シズクと同じ考え、かな」
いきなりサンに問われたフライは、何故かビクッ、と大袈裟に反応した。答えを言った後には俯いてしまっている。どうして、何故?フライは『時の歯車』事件に関して、知っていることがあるのだろうか。いや、それならギルドに伝えている筈だ。いやでも……わからない。
「警察が情報を掴むのを待つしかないね。今はまだギルドに協力要請来てないし」
「そうだねえ」
俯いたままのフライに気付いているのはどうやら私だけの様だ。何かが可笑しい様な気がする。だが、そんなことは無い筈だ。
「はあ……ちょっと疲れたなあ。俺先ギルドに戻って休息取ってるよ」
「わかったわ。……少しくらい、寝た方がいいんじゃない?夕飯になったら起こすから。仮眠でも取ってなさいよ」
「うんわかった。ありがと〜」
伸びをし、欠伸をしたケンジは一足先にギルドの中へと入っていった。それを見届け、エメラルドの方に顔を戻すと何故か二匹はニヤニヤ、クスクスと笑っていた。
「な………何笑ってんのよ……」
「いやあ、シズクもちょっと変わってるなあって思って」
「………私が、変わって……?」
「だってシズクさ、この前だったら絶対、ケンジが「休息取りに行くー」なんて言っても大した反応しなかっただろ?」
「そう、だっけ」
自分では今一実感が沸かなかった。私は私のままで今まで生きてきただけ。何処が変わってるのか、少しくらい変わってるのか、なんて気にしたこともなかった。……いや、本当にそうだっけ。
「シズクも探検隊らしくなってきたなあ……あと、ケンジにはもっと優しくしてやれよ。あいつ、結構真に受けるから」
「真に受けるって……私は思ったこと言ってるだけだし」
「本当にそう?」
「…………」
黙り込んでしまった。答えようと思えば答えられたけど、その答えが何だか違う。
「ま、とりあえず今日は帰ろ。お腹空いたなあ〜」
「……ケンジ、起こしてこなきゃ」
「はは、いってらっしゃい」
駆け足でその場を離れるが、心の中は、何だか変な感じで埋め尽くされていた。