#63 ランとラックと
「ねえケンジ?今日も依頼?いやあ、忙しいねえ、探検隊って」
掲示板を眺めていると、後ろから大人っぽい、それでいて溌剌とした声が掛けられた。後ろには、ランと、嫌そうな顔をして連れられてきた感が半端無いラックであった。私は一応会釈しておくが、ケンジはなるべく自分の存在感を消そうと頑張っていた。
「まあまあケンジ、昔のことは置いとこうよ?ね、私達君達の依頼に同行したいなあ、って思ってるんだけど、どう?」
「俺はそんなこと言って………」
「ね?シズクちゃん?」
妙にドスを効かせたランはラックを黙らせ、暗黒微笑に見える笑顔を向けた。これ、受けたら何だかケンジがいつものケンジじゃなくなりそうでちょっと嫌だったが、逆らったらどうなるかわからなかったので、無意識に頷いていた。
「ありがと!私達旅人だけど、探検隊みたいに仕事とか、依頼とか経験したこと無いから!楽しみだなあ!」
ランは、当初会った時とは私達に馴れているようで『他人』ではなく『仲間』の様に捉えている節があった。言っておくが私はまだケンジの事さえ仲間と認識していない、と思う。こういうタイプはやはり苦手だ。関わりにくくて困る。
「……今日の依頼、何?」
「あ……お尋ね者の討伐二件と落し物回収三件、救助三件」
「うん、ありがと」
ケンジはいつもより暗かった。まるでランに、生気を吸いとられた様にぐったりしている。なんかそんなケンジに馴染めなくて、いつものような対応が難しかった。ケンジはどちらが素なのだろう。今の感じはどこから見ても私がケンジに持つ印象、『天然』とはかけ離れていた。
「………体調、悪かったら止める?今日の依頼。少し部屋で休んでくれば?」
「ううん、大丈夫。心配無用だよ!」
にっこり笑ったケンジは私の頭をぽんぽんと撫でた。よかった、いつものケンジだ、とは思ったのだが、そう思う自分が憎たらしいやらどこか気恥ずかしいやらで電気を流そうと身体に力を込めたが、何故かそんな気分にはなれなかった。おとなしくケンジの成すがままにすると、ケンジは更に嬉しそうだった。
*
「流石、強いわよね……」
「うん……」
依頼の真っ最中だったが、私達は何もしなくてよかった。
単純に、ランとラックが強すぎた。話をしながらサイコキネシスやシャドーボールで、次々と敵を撃ち取っていく。私達なんかまるで比べ物にならなかった。もう、ひたすらに、でたらめな程強かった。
「ケンジ、そんな気にしないでよ、昔のことは昔のこと。今のことは今のこと。私ってそんなに信用されてない?」
「だって、ランだし」
「何それひどーい!」
ランは軽快に笑う。サンの笑顔はラン似だ。血は繋がってないと言うが、本当にそうなのだろうか。
「それにしてもそっちはどうなのさ。拠点変えたの?」
「変えてないよ?」
「いいのかよ」
「ディアに警備頼んだから平気ー」
「ディア?……へえ、黒薔薇がねえ……なら大丈夫か」
ディア?黒薔薇?何だそれ、誰だ。この面子だとどうやら私は全く話についていけないようだ。訳がわからない単語が次々に連発され、何だか混乱する。しかし興味も無かったため、深く追求はしないようにした。
「どうしてこっちに出てきたの?」
「んー、それはまだ言えない。サンの顔見にってのもあったけど」
「ふうん」
そしてラックが全く口を開いていない。これでいいのか、いや、これが普通なのか。私には気になることばかりだ。ラックはこちらの会話に耳を傾けながらシャドーボールを連発していたが、やっと、話に加わる。
「お前も、こっちに少しくらい顔出せばよかっただろ。ビアンだって気にしてた。最近全然会ってないんだろ?」
「別に……もう何でもないし」
やっぱりこの雰囲気のケンジは嫌だった。気持ち悪い。
「しかし………お前、こんな可愛い子手に入れるなんて」
唐突にラックが発した言葉に、私は思わず撃った電気ショックをケンジにぶつけるところだった。いや、今何の話してた?ビアン、とかいう奴の話をしてて、何だか暗かったのに、どうしてそうなった?
「確かにねえ。ケンジもやるわね!」
怪訝そうな目で、半分呆れて二匹を見ていた。ランは別としてラックがそういうこと話すタイプだとは思わなかった。私はケンジと顔を見合わせると、ケンジが「もうダメだ」と首を振っていた。
「リア充おめでとう!流石ケンジ!」
「っは!!?」
「ほっとこ……シズク……もう無視……全部無視………」
その後ランがニヤニヤと、ラックが真顔で茶化す声は全て聞き流した。途中、本当突っ込みたくなる部分はあったけれど、我慢しなくてはならないと直感した。
依頼はいつもより何倍もの早さでクリアしたが、今日は精神的に物凄く疲れた。