#61 俺の胸の内
サンのことは、サンの口から聞いて、初めて知った事実だった。俺の周りに、伝説と深く関わっているポケモンがいるなんて、想像も出来なかったから驚いたし、勿論興奮した。シズクだって、同じ感じだったと思ってはいる。
話を聞き終え、今の俺達はガーネット共用の部屋にいて、いつもより遅れているが依頼をこなす為の準備をしていた。シズクはもう少し話を聞きたそうにしてたけど、俺がそれを断った。シズクはむっとしていたしその後しばらく不機嫌だったから、悪いことをしたな、とは反省している。
それでも俺はもう、ランとラックと同じ場所にいるのが耐えられなかった。一緒に、傍にいるだけで俺の心を不安が襲って、いてもたってもいられなくなる。それはもはや病的なのかもしれないと自負はしているが、堪え忍ぶことすら無理だった。
さっき俺の質問に明るくランが答えたときなんて、取り乱すところだった。必死にシズクの陰に隠れたけど、変な目で見られてしまった。そしてその時俺は初めて、恐怖を感じた。今までそんなもの、感じる暇も余裕も無かった。ただ虚無の中、生きていただけだった。
ランとラックは、俺のことを知っている。前、俺が独りで旅をしていたとき、偶然出会ったのだ。その時、優しくしてくれたその二匹には物凄く感謝していた。俺のことを理解してくれて、相談に乗ってくれて、嬉しかった。それでも、俺は一つミスをした。俺が今まで過ごしていた過去の少しを話してしまったこと。あの二匹は俺の過去を知っている。話したときは胸の中にあった堰が切れたみたいですごくスッキリしたのを覚えている。その時は、それでよかった。俺がずっと悩んで苦しんでいたことを他人に話せたことで軽くなった。その時は別に、それでもいいと思っていた。あの日々のことを知られて俺が苦しむことはないと思っていたから。俺が心から仲間だと思い、そしていつまでも一緒にいてほしいと思える彼女が現れるだなんて、想像も出来なかったから。
でも今は違かった。ラック……は無いかもしれないけどランは口が軽いから、俺の過去に関することをペラペラペラペラとシズクに話してしまいそうで怖かった。俺の過去を知ったら、間違いなくシズクは俺から離れていってしまう。それが怖かった。怖くて怖くて、どんどん気持ちが沈んでいく。
こんな気持ちは初めてだった。初めて誰かと一緒にいたいと願った。初めて誰かを信じたかった。それでも、今の俺ではその願いを叶えるには力不足で、無理だった。否、俺がただ単に臆病なだけかもしれない。自分の過去を知られるのに恐怖し、それを知られるが故に周りから大切な仲間が消えていくことを恐れている、ただの弱虫。
多分今の俺しか知らないシズクは俺をどう思っているのだろうか。『ほのぼのした優しい奴』?『天然そうな馬鹿』?『臆病者』か。シズクがよく俺を目の前に愚痴っていた。
いずれにしろ、以前の俺とは全く当てはまらない印象ばかりな気がする。以前の俺を知っているランとラックには、衝撃的だっただろう。俺はいつから変わってしまったんだか。これでいいのか、前の方が良かったのか。嗚呼もう、頭の中がぐちゃぐちゃで、考えられなくなってくる。
隣で、バッグに物を詰めていくシズクの柔らかな横顔を見つめていた。うん、可愛い。前には抱くことのなかった感情が込み上がってくる。きっと今は、『これ』でいいんだ。そう、思いたい。
*
結局ケンジ、シズクの所属する探検隊チームガーネットは、三件の依頼しかこなせなかった。サンからの話で時間が取られた訳だが、二匹は全く後悔しなかった。むしろ『これで良かった』と思っていた。ラペットも二匹を咎めることは無かった。日頃の成果のおかげか、大目に見てくれてるようだ。
二匹は今回の話のことをそれぞれ考えられるように早めに床についた。今日のことは余りに衝撃的であり刺激的な事柄だった為、この二匹以外、サンとフライも各々の想いに浸りながら藁に寝そべっていた。
そして、月も浮かばない曇りの夜。皆が寝静まったギルド内で、何かが動く気配がした。
正体はガナック、ディビ、ミグロのチームドクローズの三匹だ。この三匹がギルドの食堂に現れる度全員が鼻に皺を寄せる。この三匹が発する悪臭により、いつもは美味しいと感じる食事でさえも、憂鬱な気分を呼び起こす材料となるには充分だった。ガーネットの二匹が早めに寝付いたのは半分それが原因だったりする。ドクローズの三匹は、ギルド内に確保されている食料庫に向かっていた。ギルドの弟子達によれば『豪華』、ドクローズによれば『少量』だという食事に三匹は文句をたらしていた。場所は前以て確認済みである。
食料庫にはギルド内で数ヶ月は持つ、という程の量が入っている。三匹は意地悪そうな目で舌舐めずりした。
しばらく、果実を咀嚼する音が響いていく。
夜が明けるのは、まだ少し、先である。