#59 天空の卵の伝説
昔々、天空にはポケモンが住んでいる、と言われていました。
まあ昔の話だし、そんな証拠も何にもない、信憑性も皆無ね。でも今も、天空にはポケモンが住んでるって噂があるのよ。私も幾つか聞いたことがある。……何度も言うけど、全部を鵜呑みにはしないでね。じゃあ、話を続けようかな。
その、天空に住んでいるポケモン達を司る、一匹の、『天空の神』と呼ばれるポケモンがいました。その『天空の神』は一際高い塔の上で、下界に住む者達も、天空に住む者達も、全ての者達を見守っていたとされています。
そして、ある日のことです。『天空の神』は、天空の住民の前に姿を現し、驚くべきことを伝えました。
「やがて、我の血を継ぐ者が現れる」と。
そのことに天空の住民達は驚き、喜び、祝いました。しかし『天空の神』はその時から、塔に籠り、二度と誰かの前に姿を現すことはありませんでした。
『天空の神』が塔から出てこなくなって、住民はどうしたかって?まあそりゃ、不安には思うと思うわ。でもね、『天空の神』はきっと、塔の中から私達を見守ってるんだ、って信じてたんだってさ。皆が皆、『天空の神』を心から信用していた。シズクは『神』という存在を、本当に、心から信用できる?……うん、出来ないよね。私もよ。
ええと……どこまで行ったっけ。そう、『天空の神』が塔に籠った所だったわね。そこからは飛ぶわよ。
その話から約一年後。『天空の神』の、とぐろを巻いたその身体の傍に、目映い銀色に光る卵が現れたって噂になった。あくまで噂だったからどうだか謎なんだけど、天空の住民達はそれが『天空の神の血を継ぐ者』なんだって理解して、酷く大騒ぎになったんだって。朝から晩までお祭り騒ぎ……。その卵が孵るのを、誰もが心待ちにしていた。
でも『天空の神』の心境だけ違ったみたいなの。『天空の神』はその銀色の卵を、ずっと此処に置くわけにはいかない、と思った。ここにこの卵を置いておけば、この卵は何も学べずに塵となっていく、と。住民達は、その卵から孵ったポケモンを新たなる神と崇め、膝まずくつもりだったんだって。だけど『天空の神』の気持ちはそれと全く真逆で。
実を言うとその銀色の卵は、『天空の神』の腹から生まれたわけでもなければ、親が『天空の神』だという訳でもなかった。でもその卵に宿っていた生命は、間違いなく『天空の神』の血を継いでいた。
不思議な話でしょ?『天空の神』から生まれたわけでもないのに、『天空の神』の血を継いでるなんてさ。実はただ何かの突然変異とかで極普通の卵が銀色になっただけ、なんてこともあり得るかもしれない。決定的証拠なんてなかった。ただ天空に住む者達の“思い込み”だったのかもしれない、だとかさ。
けど、その銀色の卵から孵った者が、間違いなく『天空の神』の血を受け継いでいる。何故そうなるのか、と言うのはこれから始まる話の中に入ってるからまた後で言うよ。
…………また後でって言っても、そんなに後の話でもないけどね。
とにかく、『天空の神』は銀色の卵は今この場に存在すべき者ではない、ということを本能的に察していた。それで『天空の神』がした行動は、どんなだと思う?本当、驚くべきことよ。
『天空の神』は、銀色の卵を空の裂け目から地上へ、下界へと落とした。銀色の卵は特別なモノ。だから、天空から地上へと落ちただけどは割れないことを『天空の神』は知っていた。勿論、天空の住民達は嘆いたわ。声が枯れるほどに。
さてと、ここからが物語の始まり。今までは序章ってとこね。どんなにすごいことをした者も、世界を救った英雄も、突飛な話も、水面下で行われてたら意味を成さない。後生に語り継がなければ、次第に薄れ、消えていくわ。
『神の血を継ぐ者』だってそう。地上でそんなことがあったら、絶対に大きな波になるわ。新聞では連日報道、雑誌では毎日大見出し、なんてね。ま、そんなに付きまとわれたら、当の本人は鬱陶しくて鬱陶しくて、悪くいったら自害でもするかもしれない。そうなったら『神』の方だってたまったもんじゃないわよね。
それでも『天空の神』はその危険をわざわざ犯した。地上で語り継がなければならない事情があったのかもしれない。『天空の神』が銀色の卵に託した、一つの使命とかがあったのかもしれない。
なんにしろ、『天空の神』の心情は計り知れないわ。神であろうとも考えはするし、悩みもする。きっと、感情だってある。皆に対して一つぐらい、隠し事があるのも当然よね。そんな『神』の気持ち、私達が追っ掛けたって、多分無駄よね。
あ、余談だけど、天空に住む者達の間では『天空の神』の血を継いでいるであろうその卵のことを
『銀色の卵』って呼んでた。そのまんまね。
じゃあ、続けようか。
空から降ってきた卵を目撃した者は沢山いたわ。当たり前よね。遥か上空から地上へと降り立ってきたんだもの。しかも、そんな高いところから落ちても卵はびくともしなかった。傷一つ付かなかったわ。
それだから地上の者達は『神が授けたモノ』だ、と騒ぎ立てた。その時は新聞だとか言うものは無かったから世界の隅々まで広がる、なんてことはなかったけどじわじわと広がっていった。
その頃だよ。皆が空から降ってきた卵のことを、『
天空の卵』といい始めたのは。
それがこの伝説のタイトルにもなってるわね。これが『地上で語り継がれた伝説』だからかもしれないけど。
なんか、余談が多いわね……なかなか本題が進まないわ。ごめん。
さて、落ちてきた『
天空の卵』は、最初誰も近付かなかった。その卵から孵ったポケモンは、生まれた時から一人ぼっちでした。
生まれたポケモンは『天空の神』の助けを受けながら育っていき、一人で旅が出来るまで成長しました。それからは『天空の神』は手助けするのを止め、そのポケモンが一人で生きられるようにしました。
そのポケモンは、ずっとずっと長い距離をいつまでもいつまでも旅し続けました。そしてついに、村まで辿り着いたのです。
村では、そのポケモンが『神の血を継ぐ者』だと大騒ぎされたポケモンだとは気付きませんでした。それもそのはず、銀色の卵のことは知られていても、孵ってしまえばそのポケモンのことが知られる筈もない。そもそもそのポケモンも、自分が何者かわからなかったのです。
村の人々は新たな住人を歓迎しました。そのポケモンは愛情に包まれて、すくすくと育ち大人になっていきました。
そして、そのポケモンが能力に気付いたのは、丁度その頃、大人へと成長し一端の仕事は出来るようになった頃でした。
『神の血を継ぐ者』が持っていた能力。それは、天空の全てを操る力でした。良いように使えば何万人もの命を救える力。悪用すれば、世界をも壊すことの出来る、強大な能力です。
この力のことを知り、ポケモンは戸惑いました。その能力を使えば、空に浮かぶ雲も、天候も、更には自然災害さえも、制御し操ることが出来るのですから。そのポケモンは自分を『バケモノ』と認識し、次第に村の人々と距離を取るようになりました。自分に近付けば、村の人々が傷付く可能性だってある、と。
しかし、当時そのポケモンと仲が良かった者達は、能力のことを褒め称えました。自分達には無い不思議な能力について、賞賛しました。そのおかげで、そのポケモンは自信を取り戻し、最初は難しかったけれど能力のコントロールをこなしていくようになりました。
『天空の神』はこの時は、とても安心していたのです。『天空の神』の目的は正にこれでした。生まれた時から崇められ、自分が凄いポケモンなんだと思えば思うほど生き物は傲慢になる。だからそのポケモンの存在価値を知らない者が多い地上へと卵を落とし、自分の能力を知っても尚、他人に優しく、無垢な存在であってほしいと願ったのです。
けれど、『天空の神』の思う通りに事は進みませんでした。『
天空の卵』から生まれたそのポケモンは、自分が"特別"なのだと知り、付け上がってしまったのです。
そのポケモンは村から旅立ち、都会や都市などで自分の能力を見せつけ始めました。時に灼熱の太陽を雲から覗かせ、時に雷を降らせました。その能力をポケモン達は尊敬し、そのポケモンは更に偉そうにふんぞり返りました。
敬意を示す者もいれば、それに逆らう者も現れる。この言葉は、正しいのです。
そのポケモンが能力を見せびらかし周りのポケモンを信用させていく様子を、誰もが許す筈がありません。ある日そのポケモンに対抗心を抱くポケモンが寝ているところを襲いました。勿論そのポケモンが、ただの攻撃でやられる訳がありません。反撃に出ようとしました。
その時です。そのポケモンは、倒すべき相手を前にして、自身の能力が更に強まっていることを感じました。そのポケモンは、襲ってきたポケモンを殺しました。
一人、また一人と、周りにいた者達は全員、そのポケモンの毒牙にかかっていきました。そのポケモンは、『殺すこと』が病み付きになり始めていました。誰もが恐怖し、逃げ出しました。時に対抗しようとする者もいましたが、自然災害をも操るそのポケモンに、太刀打ちできませんでした。
ついには、そのポケモンが暮らしていた大陸は壊滅し、海の底へと沈みました。
遥か上空から『天空の神』は、その様子を眺めていました。その顔は、悲しそうでした。『天空の神』はそのポケモンが生まれ残した卵の殻をかき集め、再び銀色の卵の中へと封印しました。
もうこれ以上、誰かを傷付けることが無いように、と。
封印された銀色の卵の中で、『神の血を継ぐ者』息絶えたと言われています。また、『天空の神』は、今でも行き続けていると言われています。