#50 深夜の対談
「何か、今日は疲れたわね」
「うん、確かにねー」
夜はすでに更け、部屋にはランプの明かりしかこの場を照らす物はなかった。空は漆黒で、時折星が瞬く。満月も浮いており、雲一つ無い、今日は綺麗な夜だった。シズクはいつ取ってきてたのか俺が気付かなかっただけだったのか、バッグから青色の宝石を取り出して窓際の棚に飾っていた。まるでシズクの瞳のようで、とても美しかった。
「ていうかあんた、滝に入るまでビビりすぎ。何に怖がってんのよ?」
「う……いやだってあの時はさ、色々、不安だったし……」
シズクの言うことは正しかった。俺はビビりで弱虫で、馬鹿だ。わかっているのにシズクの声を、俺は否定しているのだ。いい加減認めなくちゃ、変わらなくちゃ、あと一歩も進めないのに。
窓際に置かれた青い宝石で、俺の記憶が呼び起こされた。水の中で起こった、あの何だか不思議な現象、そしてどこからか聞こえた“音”。多分シズクはそのことに、気付いていないんだと思う。あの時俺だけが目撃した事について、シズクとは、実はあまり話し合いたくなかった。俺が聞いた“音”について、シズクに聞かれたくなかった、というのもある。でもそれ以前に、この話をしたあとシズクがまた、自分自身にある不思議な、変な能力について思い詰めてしまうかもしれない。
まあ思い詰めると言えばそれが酷いのは俺である。
「何考え込んでんの?」
「ねえシズク、俺はほんと弱虫だよね」
「……そうね。その上ビビりでただの馬鹿」
何だかやっぱり、ぐさっときた。シズクに、躊躇もされずにバッサリ言われて、ちょっと、傷付く。だがシズクは全然気にしてはいなかった。涼しげな顔をして先を続ける。
「でも別に、それがあんたなんだからいいんじゃないの?そのことについて色々考えてたってどうせ何にもなんないでしょ。寧ろ時間の無駄よ」
「そう、だね」
少し心が、軽くなった気がした。
数分後、木の扉を叩くコンコン、という音が響いた。向こう側にいたのはラペットだ。
「親方様がお呼びだ、着いてこい」
ラペットのあとに着き、今や誰もいなくなりしんとした朝礼場を通ってパティのいる部屋の中に入る。その奥にはいつもと変わらずパティが座っていて、にこにこと笑っていた。
「やあ、君達、今日の功績はすごかったね!まあそれは前置きで……これが本題なんだけど、このギルドで近々、遠征をする予定なんだ!」
「……遠征?」
「ギルドを上げて遠方まで探検しに行くことだ。勿論いつものように近隣に出掛けるのではないので準備も大掛かりになる。遠征に行くメンバーも、それなりに決めていくんだ」
「本当は遠征メンバーの候補に新入りを入れることはないんだ。でも君達、すっごい頑張ってるじゃん?だから僕も、期待してるんだよ!」
その話を聞いて、ケンジは浮かれた顔をした。私も、遠征のことを聞くと少しわくわくしてきた……ような気がした。
「まあ、まだ候補だからな。決まった訳ではない。これからもしっかりアピールするんだな」
「うん!わかった!」
遠征による少しの『待ち遠しい』楽しみ。平凡な日常の中で、平凡な出来事が始まることを今、ラペットが告げた。そんな『平凡』が、一瞬の内に『突飛』に変わるのは、まだ、先の話。