#46 滝壺の洞窟
「ねえフライ?今日の時の歯車についてのあの事件、どう思ってる?」
「ん?あ、嗚呼、今朝の事か。……まあ、盗んだ奴は何を目的としてるのかなあ、みたいに感じたくらいかな」
サンとフライのチームエメラルドは、今日の依頼をこなしにダンジョンに潜り込み、辺りに散らばるように蠢いている敵を倒しながら、そんな極々平凡そうに見えて、探検隊ギルド所属の者でしか、現状知ることのできないその情報について、意見を交わしていた。時の歯車についての事件は、最近お尋ね者やら何やらが増えているこの世の中で市民達を更に不安にさせぬよう、警察とギルドで水面下に隠すように仕組んでいた。よってこの事件は表沙汰にはならず、人前でこのことについて話すわけにはいかないので、二匹は理性を失ったポケモンしかいないダンジョンの中で、そんな会話をしていたのだ。
「まあねぇ……時の歯車なんて伝説の本でしか読んだことないし、最初聞いたときは冗談でしょ?って、私も思ったもん。ケンジ達も驚いてたよね。今日はケンジ、寝坊しなくて得だったかも」
「……案外、知らなかった方がよかったかもな」
「へ?」
いきなり相方が呟いた言葉に、サンは思わず間の抜けた声を出してしまっていた。フライはしばらく真顔のまま黙っていたがやがて「それにさ」と話を紡ぐ。
「こんな事件が起きて、市民には知られてないにしろギルドの皆が時の歯車を一目見たい、だなんて思って探しに行ったりしちゃうんじゃないか?」
「あはは、冗談やめてよフライ。皆だってそのくらいの分別は弁えてるでしょ?」
「……まあ、な。……こんなこと、皆に知られない方が、よかったのにな」
「ん?」
「いや、何でもない。それよりさっさと依頼こなそうか。早く帰ってケンジ達から初探検の感想を聞いてみよ」
「うん、そうだね!」
明るい笑顔でサンは更に先へと進んでいく。
そうだ、この世の皆に、知られない方がいい。その方がやりにくくなる心配も、疑われる心配も、追われる心配も、全て、無くなるのだから。
*
「いたあ……」
水を抜け、俺達は二匹で岩の床をごろごろと転がる。隣ではシズクの唸り声が聞こえ、どちらも無事だったことが伺えた。
「はあ……シズク大丈夫?」
「……ちょっと、痛いけど……」
辺りを見渡すと、滝による水でぴちゃぴちゃと濡れている足元、向こう側へと繋がるであろう洞窟の入口がぽっかりと口を開けていた。
「……ここ、あの目眩の時に見た光景と同じだわ」
「そっか。じゃあやっぱり、シズクは正しかったんだね」
「当たり前でしょ」
この滝の『秘密』とは、こういうことだったのだろうか。とにかく滝の裏側に洞窟がある、ということはわかったので、俺達は躊躇うこと無く奥へと進んでいくことにする。
「何ここ、めんどくさ……」
進むにつれ敵は強くなっていき、滝の裏側の洞窟、ということだから水タイプが多いかと思ったが意外と地面タイプなども多く、シズクは苦戦を強いられてどこかイライラとしていた。おかげで電気ショックをあちこちに飛ばし、俺も危なかった。岩タイプが出てくれば俺が有利、水タイプの場合シズクの方が有利で、うまく前衛を決められず大変だった。しかも水タイプかと思えば地面タイプが混ざっていたりして、泥かけやらマッドショットやら、色々と面倒な技を繰り出してくるのだ。一発では倒せない様な敵も増え、体力も次第に削り取られていった。
「流石、柔じゃないよね、ここのポケモン達も」
「そうね。……あんたちょっと、技の威力落ちてない?」
遠くでコダックを撃破していたシズクが、丁度はっけいでウパーを打ち倒していた俺にピーピーマックスの小瓶を投げた。ポケモンは技を使いすぎると、だんだん威力が落ちたり技の出が遅くなったりするのだ。それを『ピーピーが無くなった』といい、戦闘においては致命的なのである。俺はシズクに感謝すると、ピーピーマックスを飲んだ。
「それにしても階段見つかんないねえ」
「は?何言ってんの、あんた観察力低すぎない?そこにあるでしょ」
「え?……あ」
シズクの指差す先には、俺が探し求めていた階段が佇んでいた。本当、俺って馬鹿だなあ、と心の中で自虐しながら、先に駆けていくシズクを追って階段に足を掛けた。