#43 始まりは小さなさざ波
「えー、今日は皆に伝えておきたい事がある」
いつもの様に朝礼をして、恒例の掛け声をするのかとおもったが、今日はそうではなかった。朝礼というのは連絡事項を伝える場でもあるようで、皆は「久しぶりだな、お知らせとか」だとか話していた。
「ほらそこ、ふざけるんじゃないよ。結構重要な話なんだからな」
「何なんだよ?大事な話ってー」
ノンドがその大きな声を張り上げて訪ねると、ラペットは一つコホン、と咳払いをした。
「ここから、北東に行った所にある、『キザキの森』という場所の“時”がどうやら……止まってしまったらしいのだ」
「……は?」
思わず声が漏れた。あちこちでざわざわと論議する声が上がり、ラペットが再びその場を諫めるまで鎮まらなかった。そもそも私は、何故“時”が止まるのかが全くわからなかった。“時”が止まる原因がこの世界の一体どこにあるのだろう。というか、“時”が止まるなんてそんなこと、あり得る話ではない。………私の中の、『常識』で考えれば。
「時が止まったって……そりゃ本当なのかよ!?ヘイヘイ!」
「嗚呼、本当だ。時が止まった『キザキの森』は、風も無く雲も動かず、葉に付いた水滴が落ちることもない。『キザキの森』は、完全に時が止まり、動きが停止してしまったのだ」
重い口調で話すラペットを、全員、パティでさえも黙って聞いていた。時折ざわざわと話し声は聞こえるが、これは凄く深刻な事態の様で、皆が皆暗い雰囲気だった。ケンジも、半分唖然としてラペットの話に聞き入っている。
「でも、何故時が止まったのでしょうか?」
「それはもう……おいらはあれしか考えられねえぜ、シニー」
私が一番気になっていたことを突くように言葉を発したシニーに、ヘイライが横から口を挟んだ。『あれ』とは一体何なのか?
「『あれ』って……あ、まさか……!!」
「そうだ、皆の想像通りだと思うが、『キザキの森』の時が停止した要因は……『時の歯車』が、盗まれたからだ」
この説明に、私以外の全員が驚きの声を上げた。『時の歯車』とやらが盗まれたのは、大変なことなのだろう。誰もが「信じられない」と呟いていた。
「『時の歯車』を盗むなんて……そんな奴の気が知れねえよ!」
「噂には聞いていたけど、本当だったんですね」
あのおしとやかなウェンディでさえも、今回の事に眉をひそめていた。再び皆が騒ぎだし、ラペットは「静かに、静かに!」と声を張り上げる。
「すでに警察が調査に乗り出している。『時の歯車』が盗まれること自体信じられない話だが、こうなると他の『時の歯車』も危ないのだ。警備にも尽力を尽くしていく方向らしいが、警察が“絶対”とは限らない。皆も不審なものを見つけたらすぐさま伝達してくるように。わかったな」
これで朝礼の終わりを告げ、いつもの“掛け声”をして解散になった。まだ淀んだ雰囲気の中、仕事に取りかかるため皆が上階へ進む。
「……ねえ、ケンジ。『時の歯車』って何?」
この話の中で全くわからなかったことを聞いてみる。私はこの世界に関しての記憶は無いから知らないのは当たり前だから、ケンジもすぐに納得した。
「うーん、何て言うのかな……つまり『時の歯車』っていうのは、世界の時を司ってる物なんだ。世界各地の、普通に生活しているのじゃ絶対わからないような場所に隠されてるんだ。とにかく、『時の歯車』を取るとその地域の時間が止まる。だからどんな凶悪な犯罪者でも、絶対に触れないようにしていたんだ」
「……それが今回の事で覆された、と」
「うん。……『時の歯車』を盗んだ犯人が一体どんな目的があるのかわからないけど……とりあえず主になる捜査は、警察に任せて、俺達ギルドでは警察の邪魔にならないように少しだけ調査していけばいいんじゃないかな?どっちにしろ俺達はまだ新入りだし、そんなでしゃばれないよ」
そうね、と頷くと、ケンジは「依頼見に行こう」、と梯子の方へ歩を進めた。
私は、また謎が増えたな、と少し考えていたりもした。