#4 海岸の洞窟
ここ、海岸の洞窟は、海の地下深くにある。よって、空気がひんやりと冷たい。壁は、侵食と堆積を繰り返されたことを表す、地層になっている。足元では水がぴしゃぴしゃとはね、天井からは水滴が滴っている。炎タイプには辛そうな場所だが、自分は格闘タイプだし、シズクは水タイプに効果抜群の技を放てる電気タイプだ。かなり有利とも言えるが、ここは不思議のダンジョン。気を抜いたらおしまいだ。
「そうだ、シズクってどうして尻尾が白かったり目が青かったりしてるの?」
聞きたかったことを口に出すと、シズクはこちらを見もせずに素っ気なく返した。
「そんなの知るわけないじゃない。記憶無いんだし」
「…そっか」
シズクは、元人間だと言っていた。もちろん、すぐ信じられる話でもないが、この世界ではどんな強者も多少は警戒する不思議のダンジョンにずんずん入っていくので、記憶を無くしたらしいことは確かかもしれない。しかし不思議のダンジョンのことを知らないのは致命的だ。注意しようとした時、岩陰からシェルダーが飛び出してきた。面倒だな、と唸って、シズクに襲いかかろうとしていたシェルダーに電光石火で近付き、その勢いで拳を打ち付けた。
シェルダーはふっとんで壁にぶち当たり、ガラガラと崩れ落ちる。対するシズクは、キョトンとこちらを見つめている。
「別に倒さなくてよかったんじゃないの?ここに住んでるポケモンでしょ?」
「ああ、えっとね…」
本当に、何も知らないのだな。いや、忘れたと言った方が正しいか。
俺は大まかに、ここが不思議のダンジョンという場所だということ、そこはポケモンが凶暴化して襲いかかること、入る度に地形が変わること、また、階段で移動できること、などを説明した。
それを聞いたシズクは一言、
「…めんどくさ」
というと、歩き出してしまう。シズクはどうやら、集団行動が苦手なようだ。俺は苦笑してシズクの後を追った。すると、その先にいたカラナクシとカブトと、目が合ってしまった。もちろん逃れる術もない訳で、俺とシズクの方向にその2匹が突進してくる。カラナクシは水、カブトは水・岩タイプ。シズクにカラナクシを頼もうと、声をかけた。
「シズク、カラナクシの方お願いできる?」
「…いいけど」
素っ気ない言葉を残して、シズクはカラナクシの物理攻撃を尻尾で受け、叩きつけた。俺もよそ見をしてられない。引っ掻くを繰り出してきたカブトを避けて電光石火で突撃、カブトと、硬い甲羅に隠された柔らかい身体の部分を狙ってパンチを繰り出す。一撃ダウン。敵の体力がそれほど高くなくてよかった。
そしてシズクは、意外にも手こずっているようだった。カラナクシの攻撃を避けてはいるが、振りだす拳が届いていない。
あれ、ピカチュウって遠距離攻撃が得意な種族の筈だけど。何故、技を使わないのだろうか。
丁度、振り上げた足と繰り出したパンチでやっと敵を仕留めたシズクに、その疑問をぶつけることにした。
「ねえシズク、何で技を使わないの?」
素直な問いだったと思うのだが、何故かギロッと睨まれた。
「人間が技の使い方知ってるわけないでしょ。馬鹿じゃないの」
嗚呼、そういうことか……。
そういう話だと、元人間だということも認めざるをえない。そして、技を使えないのは、この先苦労するだろう。教えた方がいいのかもしれないが、俺はピカチュウじゃないから詳しいところまではわからない。
「技の出し方かあ…うーん…そうだ。できるかはわかんないけど」
そう言って俺はシズクの頬を触る。
「な、何すんのよ」
「とりあえずこの電気袋に何らかの刺激を与えたみたら?そしたら電気を発電・蓄電できると思う。あとは、自分がどういう形で攻撃を繰り出したいのか、その意思で攻撃の種類が変わると思うよ」
前、本で読んだどこぞのアドバイスを引用して伝えると、シズクは「別に教えてほしいとか頼んでないんだけど」と呟きながらも、意識を集中させて全身に力を込めている。すると彼女の電気袋からバチッと電気が飛び出した。そのままシズクが壁にぶち当たり向かって手を伸ばすと、その方向に細い電気が飛ぶ。轟音と砂煙を撒き散らしたその攻撃を、俺は称賛した。
「すごい!コツ掴むの早いね!」
「うっさい。先行くわよ」
きっと内心は喜んでいるんだろうが、それを顔に出さずシズクは歩き去ってしまう。俺は、シズクの電気ショックによって抉られた壁を見て、これは頼りになりそうだ、なんて微笑し、先を急ぐ。
シズクが技の出し方を覚えてからは順調だった。現れた敵も片っ端からシズクが電撃で倒してくれるし、俺の出る幕も無いくらいだった。
さて、俺達は今階段を三個ほど下り、かなり奥深くまで来たところだ。
フロアに到着早々、そこにはシェルダー、サニーゴ、カラナクシ、カブトが揃っていて、俺を戸惑わせた。このように複数敵ポケモンがいる場合、一匹ずつ倒すと自身もダメージを受けてしまう場合が多い。どう攻めるのが得策か、俺が悩んでいると、いきなりシズクに呼び掛けられた。
「あんた」
「へっ?何?」
せめて名前で呼んでほしい…と無意味な欲望を一瞬抱いた俺は、シズクの青い瞳を見つめる。
「あんた、岩の上に乗ってて」
「はえ?」
「いいから早く」
急かされて、俺はその辺に転がっている岩の上に乗る。シズクはちゃぷちゃぷと足元の水を踏むと、目前の敵を見据えた。何をする気か。張り詰めた空気を貫くように、シズクが地面に向けて電気ショックを放った。刹那、足元の水に電気が走り、フロア中を駆け巡る。次に周りを見回した時には、俺達を囲んでた四匹の敵はすでに地に伏せていた。
シズクは「フン」と息を吐くと、俺には目もくれずに進む。俺も岩から飛び降りて、辺りを見回した。と、隅の方にあった物に目が留まる。青い木の実────オレンの実だ。まだシズクが遠くまで行っていないことを確認すると、俺はオレンの実を首に掛かっている布袋の中に入れる。急いで進むと、シズクは階段の前で待っていた。
「遅い。何してたの」
「ご、ごめんごめん」
待っていてくれたことに内心で感謝して、シズクと一緒に階段を降りていく。急に、開けた所に出てきた。周りには溜まっている水があり、先程のダンジョンとは変わらないが、進む先が無いので行き止まり━━━━ここ、海岸の洞窟の最下層に違いない。そしてそこには、俺達が追っていたあの2匹、ドガースとズバットの後ろ姿が見える。何だかわからないが、恐怖で足が震えてきた。
「あんた達」
シズクは平然と声を掛け、それに反応したドガースが「ああ、お前達」と振り向く。
「へへっ弱虫くんもいるじゃねえか」
依然俺にな宝物をくわえているズバットは、俺の背後に回って突き飛ばした。地面に座り込んでしまった。
これで、俺の勇気は挫けた。