#33 映像
「ん?あれって……」
ケンジがふいに広場の奥の方を指差した。考えに耽っていた私は一瞬反応が遅れたがその先を見る。そこには、さっき去っていったラルとルリア兄弟、黄色い体で鼻の長いポケモン、スリープが楽しそうに話していた。何を話していたのかわからないけれど、どうやら嬉しいことがあったようでラルもルリアも喜んでいる。優しげな顔のスリープも、一緒に笑顔だ。
「ねえ、どうしたの?」
「あ、さっきの………」
声を掛けたケンジに気付いたルリアが声をあげる。私も遅れて近付くと、ラルが説明を始めた。
「僕達、前に大切な物を落としちゃって、ずっと探してたんですが中々見つからなくて………。でも、ここにいるギルナさんがその落し物を見たことがあるって言っていたんです!だから一緒に探してくれるって!」
素直な笑顔で嬉しそうに話すラルと、その話に頷くルリアはとても愛らしい。ケンジも笑顔で、「そっか、よかったね!」と、心から喜んでいるように言った。こいつもある意味素直なのであろうか。
「本当にありがとうございます、ギルナさん!」
「いえいえ。君達のような幼い子が困っているのを見たら放っておけないですよ。それでは、探しに行きましょうか」
「うん!」
ギルナ、ラル、ルリアの三匹は私達に軽く会釈してここから立ち去ろうとした。スリープのギルナ、本当に優しいポケモンだと思う。ケンジとは違う感じだが。でも私がもしラルやルリアの立場だったらそう簡単にギルナを信じられただろうか。私はポケモン不信だ。もう少しくらい、信じても悪くないのかな。
そうしているといきなり何かにぶつかられ、ふらっと足が縺れた。そこにいたのはギルナだ。誤ってぶつかってしまったようで、「おや、失礼」と一言発するとラル達とその先へ進んでいく。三匹の姿が消え、ケンジの方を向いた時
━━━━━━━━━━━━━━また、来た。
頭がぐらぐらするほどのあの目眩。よりかかる物が近くになく、思わずケンジに体重を預ける。心配するケンジの声も途絶え、爽やかに揺れる木々の感覚も街の風景も消えて、目の前に閃光が走る。
そして、映像が浮かび上がった。
先の尖った岩が連なる山奥のような場所。そこにいたのはスリープのギルナとルリリのルリアだ。何故かラルがいない。ギルナは、あの優しそうな顔からは連想できないほどに、欲望と狂気を湛えた表情をしていた。対峙しているルリアは心なしか震えている。
『言うことを聞かないと……痛い目に合わせるぞ!!』
『た……助けてっ!』
響いた声の余韻が耳から離れる前に現実が私の元へ戻ってきていた。急いでケンジから離れるが、訝しげな目は消えない。
「シズク、本当に大丈夫?」
「………ちょっと、こっちに来て」
ケンジをぐい、と引っ張って人目のつかない所に連れてくる。今回見えたことは、自分の頭の中だけで処理するのは無理に等しい。だがわかったことがある。カクレオンのお店前で聞こえた『助けて』という声は、ギルナに襲われたルリアが出した声だったのだ。
「シズク……?」
「にわかには信じられない話だと思うけど、よく聞いて。私はカクレオンのお店前と広場の所でよくわからない目眩を感じた。そして声とか映像が見えたの」
「それがあの『助けて』っていう声?」
「そう。それで、広場で見えたのは、山奥でルリアがギルナに襲われるところだった。ねえ、これどう思う?」
簡潔に話を終えた私は、ケンジを見やる。ケンジは手を顎に当て、『うーん』と考える仕草をしてから呟いた。
「それは不思議な話だね。でも………シズクを信じていない訳じゃないんだけどさ、ギルナはすっごく優しそうな感じだった。今の話をすんなり受け入れることは難しい、かな」
「そうよね。私もよくわからない……でも、今見えたことは本当のことなのよね」
「そっか……でもまあとりあえずギルドに戻ろう。やっぱ、多分シズクは何か夢でも見たんだと思うけど」
「そう、ね」
意見が一致し、一旦ギルドに帰ることになる。
現時点でわからないことが多く、頭が混乱する以外に、目が青いこと以外に『普通ではない部分』が自身に存在することを、受け入れたくはなかった。