#27 “天候を操る者”
「シズク、だいじょ…え」
倒れたシズクを揺り起こす。焦げて黒く変色した腕を治療しようとバッグにチーゴが入っているか漁った時、シズクが目を開いた。彼女の瞳は紫色だった。あの“青”なんて微塵も無い。唖然とする俺を気にする余地もなくシズクはゆらり、と立ち上がりまっすぐギャロップを見据えた。幸いサンとフライは倒れたシズクに襲いかかろうとしていたギャロップをできる限り止めていた為気付いていない。シズクは明らかに“電光石火”と思える技で素早くギャロップに近付き殴り飛ばした。
驚いたサンとフライの顔。彼女の瞳はもう元の青色に戻っていた。一瞬のことで夢でも見ていたのかと思ってしまう。だが紛れもなく今のは現実だ。いきなりシズクはがくっと地面に座り込んだ。疲労が今になって襲いかかってきたのか。
「シズク、大丈夫?無理しないで、シズクは俺が守るから」
「なっ、ば、馬鹿!あんたはまたそんなことっ……………!」
場違いな程にシズクは顔を赤く染める。こんな状況じゃないのに、サンまで「おお」とこちらを見ていた。さて、これからどうするか。一番まともに戦えていたシズクが負傷してしまった。フライ達はどうでるか。あのギャロップは俺達を殺す気だ。
「フライ、どうすれば……」
「落ち着け、策はある」
「へっ?」
あまりにも冷静だったフライの声に思わず間抜けな声で返す。辺りは霧も深くなってきていくら相手に不利な場所とはいえ霧は利用される。目眩ましだ。
「で、でも………………」
「まず、相手にとって“完全に不利”な状況を作るんだ」
「え、どうやって」
「サン!」
フライの呼び掛けに答える様にサンは「わかってる!」と叫んで飛び出す。そのまま体当たりをするのかと思うがそうではなかった。サンはギャロップの目の前で止まり目をつむる。何か“エメラルド”の中での切り札があるのか。訝っていたら急にサンの周りが仄かに青くなった。見間違い、ではない。シズクも不思議そうは顔をしていた。
そして急に、影が消えた。否、消えたのではない。影を作り出す光が途絶えたのだ。先程まで晴天だった空はどんどん暗雲に覆われていく。次第にぽつ、ぽつ、と雨粒が降り落ち、途端に豪雨となった。ザアアア、と音を立て雨が地面を叩く。濃い霧は掻き消され岩場の湿気も増していく。ピシャピシャと水を跳ねさせシズクが腕を押さえながら俺に近付いてきて眉を寄せる。「どういうこと」、と。技の『雨乞い』か?だとしたらずっとこの状況を保つのは無理だ。
「……なるほど。だが雨乞いなら雨を降らす時間には制限がある。限りなく、とは言えないだろ?」
「うぅん、雨乞いとはちょっと違うかな。説明すると長くなるし説明する気もないから言わないけど、まとめるとこの雨は私がやむのを認めないとやまないわ」
「へー………え?」
“雨乞いじゃない”?なら何だ?どうしてサンは天候を変えられた?
「ねえフライ…どういう意味?」
「僕もよくわからないよ。理由を問い詰めたらいつもさりげなく話を逸らされる。それからはあまり気にしてないんだけど」
「……そう」
よくわからないことだらけだがこのギャロップを倒せるなら倒してしまおう。雨によって濡れた炎の鬣はしんなりとしている。今なら、きっと。フライは蔓の鞭を繰り出してギャロップを叩く。口から吐き出される炎は雨で消され辺りに焦げ臭い臭いを漂わせる。サンは体当たり、俺は電光石火で突撃し、相手を追い詰める。ギャロップはこの不可解な状況を掴めていなかった。炎を吹き出し、掻き消されるのを繰り返している。
「くそっ……お前ら、調子乗りやがってっ…………!」
舌打ちをしたギャロップはちら、と蹲ったままのシズクに目を向け、にやり、と笑った。シズクが狙われた。「守る」なんて言って彼女が傷つけれたりしたら俺はただの阿呆でしかない。急いで彼女の方へ向かう……が、いらぬ心配だったようだ。口の中に渦巻く炎を湛えたギャロップを横にずれて避けたシズクはその勢いで足をギャロップに当て、そこから電気を流した。元々濡れていた体だったギャロップには想像以上に電気が回り敵は断末魔を上げてその場に伏せた。結局止めはシズクが刺した。やっぱりシズクは強いな、と無意識ながら考える。
「はあ……よし、やっと倒せたね」
一つ溜め息を溢してサンはもう一度目をつむった。サンの周りを赤が覆い、次第に雲が晴れて再び太陽が覗き始める。
「こいつは僕達が先にギルドに送っておくから君達二匹は下に行って真珠を回収してきて。最下層に着いたら探検隊バッジを翳すんだ。そしたらギルドに帰れる」
フライの言葉を耳に挟み、シズクを気遣いながら階段を下りる。サンは探検隊バッジに向かって「お尋ね者確保!ギルドへ転送します!」と言ってバッジを翳しギャロップと共に黄金色の光に包まれて消え去った。
広めな最下層は濁った水が噴水のようにあふれでた結果作られた池に縁取られていて、その端の方にぽつん、と微かにピンク色に輝く真珠が置いてあった。
「これね。さっさと持って帰るわよ」
シズクは真珠を手に取ると自分のバッグの中に入れて探検隊バッジを取り出した。しばらく弄り回していたがやがて使い方がわかったよくに空中に翳す。バッジの中央の輪から光が溢れ一瞬の内に俺達はギルドの前にいた。