#26 渦巻く殺気
岩場に入った瞬間から気付いていた。ここのポケモンが怯えていることに。何に恐怖を抱いていたのかはわからない。ただ、その恐怖の源を掻き消すようにこのダンジョンのポケモンは殺気を纏っていた。この奥にきっと何かがいる。それはとっくにわかっていた。だからこそ階段の向こうに煌々と輝いていた赤い光にいち早く気付くことができたのだ。ケンジを突き飛ばしそのポケモンの攻撃の軌道から逸らす。最初は不満げな顔だったケンジも状況を理解したようで瞳を爛々と輝かせていた。
何よりも気になったのはそのポケモンが纏う、ここに普通に出てくるポケモンとは明らかにレベルの違う殺気と狂気だ。今にも誰かを殺しそうな目をしている。そのポケモンの種族名は確かギャロップ。炎の鬣を持つ馬のような姿をした、ポニータの進化系だ。
「何なのよ、あんた」
「それはこっちのセリフだ。俺の縄張りに堂々侵入してきやがって」
言葉を理解し、喋ることからダンジョン内のポケモンとは違いちゃんと意思はあるようだ。見るからに敵意を持った黒い目を細めてこちらを見つめている。気付くべきだった。初めからおかしいとは思っていた。バネブーの真珠は、『パールル』というポケモンから授けられた物と言われているらしい。売ればそれなりに高価な値がつくのは火を見るより明らかだ。そんな盗んだ物を“捨てる”なんてことする馬鹿がいるはずもない。頭で分かっていながら皆には言わなかった私が馬鹿だ。
「………とりあえずそこの真珠返して。依頼だし。あとここの天候はあんたには不利な筈。何でここにいるの」
「それは出来ない相談だなあ?ここに真珠を置いているのは一番安全だからだ。ランクの高い探検隊の奴等はこんな辺境のダンジョンには来ない。来るのはお前らみたいな新米だけだ」
「かなり理論的なのね」
理論的と言えど話し合いで解決できる事柄では無さそうだ。そちらのギャロップは邪魔者を早く片付けよう、みたいな感じで大きく息を吸い込む。
「気を付けろ!こいつはCランクのお尋ね者だ!僕達も最近受けることを許された程のレベルだ……!」
掠れた声で呟かれるフライの言葉。Cランクが何なのか未だわからないが“強い”ということは疑いようもなかった。ギャロップが口から噴き出した火炎放射はすさまじい威力で、ギリギリ避けた私にも熱気が伝わってくる。ゾクッと背筋に走る寒気を無視して飛び上がり、真上からの電気ショックを浴びせる。相性の悪いフライのリーフストームは炎の渦であっさりと掻き消されケンジの噛みつくは跳ね返される。サンは体当たりを仕掛けるが身体中炎のギャロップにはぶつかっていけば火傷になる可能性もあり容易に近付けない。近距離を得意とするサンとケンジは不利だ。フライはタイプ的に攻撃を与えられない。よって私のみが頼りとなる。でもお尋ね者は、流石といっていいほど戦い慣れていた。四対一といえど対等に戦う。炎技の威力も強い。手強くて、中々倒せないとはこのことだ。
このままだとじり貧なので止めを刺すことにする。もう一度飛び上がり尻尾で相手に触れてそこから電気を流そうとした。のだが。一瞬の隙を見切ったのかギャロップは空中で身動きの取れない私に火炎放射を吹き掛ける。咄嗟に手を翳してガードするが炎は容赦なく腕にぶち当たった。
「うぐあっ」
「シズク!?」
着地もままならず背中を打ち付けて落下。焼け焦げた腕からはじりじり、と熱さと痛みが迫っている。全く、何なのよ。他の皆は不利だからって虚勢張ってこのザマなんて。結局迷惑かけてるのは私じゃないのよ。
目を開けた時、この前よりも鮮明に、確実に目が暖かくなる。ケンジの顔も目に入らない。