#128 捜査開始
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悔しがることしか、出来なかった。
口の中で響いている歯ぎしりの音は、自分にしか聞こえていないだろう。隣にいるサンにさえ勘づかれないように、僕は心の奥底で怒りの炎を燃やしていた。
動き出したリハンデの様子を知りながら、何も出来ずにいる自分を悔やむ。そして、目の前で飄々と居座るナイトの存在に憎悪を抱く。
今回、正体がバレてしまったのは、リハンデのせいではない。目標と、命を天秤にかけてマルヴィナの命を救ったことは、お前らしい。
けれど、バレた時のこの状況は、はっきり言って最悪だ。情報がいち早く手に入るギルドにナイトがいること。そしてそのそばに、二匹も重要なポケモンがいること。
八方塞がりな状況に、手も足も出ない。
ナイトは、僕の正体に気づいているのだろうか。種族は違っていれど、この翡翠の目で気づくかもしれない。
何もかも好転しない。
僕はただ、悔しがることしかなできない。
それがどんなに、辛い事か。
このままナイトがギルドの先頭に立ってリハンデの捜査を指揮すればどうなるか。可能性としては捕まる可能性の方が高いではないか。
嫌だ。リハンデ、お前が捕まったら全てがチャラになってしまう。全てを投げ打ってここに来たというのに。
なあリハンデ。無責任な願いだとはわかっている。わかっているが、願わずにはいられない。絶対に捕まらないでくれ、と。
そして、あの方のこともある。まだギルドいたいだろうナイトは、今の段階では暗殺などということを計ったりはしないなずだ。だが、それも不確かであるのに違いはない。
嗚呼、何もかも。不安で不安で仕方がない。
今こそ、お前にいてほしいのに。なあ『サフィ』、お前の力に頼りたいのに。
__一体、どこにいるんだ。教えてくれよ………
◇◇◇
「………パティさん、大体の事情は分かりました。私にも、ジュプトル……もとい、『盗賊アルファ』の捜査を手伝わせてください」
「本当に?ありがとう、ナイトさん!」
ギルドメンバーでの話が終わるまで、極力会話に突っ込まず聞いていたナイトは、区切りが着いたところでそう口を出す。
パティは勿論他の弟子も、嬉しそうに目を光らせている。
ナイトがいればなんとかなるはずだ、と全員が思っているのが一目瞭然だ。
「ナイトさんがいれば心強いでゲスな〜」
「よろしくっす!ナイトさん!」
期待のこもった挨拶に、「ありがとうございます」「頑張ります」と、既に型についている愛想の良い笑顔で明るく返す。単純な彼らの心は、もう十分に掴めている。
「では……今から少々時間をもらい、私と親方様、そしてナイトさんで捜査する場所について相談をする。なるべく『時の歯車』がありそうなところを重点的に探していくつもりだ。
『盗賊アルファ』よりも前に時の歯車の在り処に辿り着き、そして歯車を守る。これが、我々ギルドに課せられた使命だ。わかってるな?」
各々が頷くのを見て、ラペットもまた満足そうに頷く。
「この作戦会議の時間中、捜査しに行くダンジョンへの準備をするも良し、メンバー編成をするも良し、しばし休息を取るもよし……。時間帯も遅いから、軽く夕食を摂った方がいいかもな。
二十分後にまた此処に集合だ。それぞれの割り当てを決める」
そう言って、ラペット、パティ、ナイトの三匹はパティがいつもいる部屋の中に入っていく。残された弟子達はラペットの言った通り、道具の準備をしにそれぞれトレジャータウンに繰り出していく。
「俺達も行く?シズク」
「そうね……エレキ平原の帰りでもあるし。ちょっと体力回復させつつオレンが欲しいわ」
「うん、そうだね」
しかし、もうすっかり夕暮れなこの時間帯から動き出すなんて、歯車事件の犯人が洗い出されたから焦っていると言っても、少し重労働だ。時間があったら、カフェでお茶でもしたい。シズクは空腹を知らせる腹を擦り、食用に林檎も倉庫から出しておく必要があるなあ、と考える。
「サンたちは行く?準備」
「ん?嗚呼……行くけど、ちょっとフライが気分悪そうだから、もうちょっとしたら行く〜」
「そっか……フライ大丈夫?」
「……大丈夫だ」
フライの顔を覗き込んでみれば、サンの言う通り少しずつ気分が悪そうだ。顔色も悪い。こんな状態でダンジョンへ行くなんて大丈夫だろうか。
「もしあれだったら、パティ達に言うのもありなんじゃないかな」
「いや、大丈夫だ。ちょっと腹減ってるだけだ」
休む、という選択肢は無いようだ。気分の悪さを否定すると、フライはサンと話し始める。シズクとケンジも、二十分有効に使うために、ギルドの外に足を運んだ。
「まず、時の歯車の場所を推定するのに、地形が関係あると思うんです」
作戦会議。パティの部屋の中にある比較的大きめなテーブルを囲んで、パティ、ラペット、ナイトが立つ。パティが部屋から取り出してきた大きい地図を広げ、まずは今までに特定されている時の歯車の場所に印をつけていく。
「森や洞窟、隠された秘境に時の歯車があることは、傾向でなんとなくわかりますね。
そこで私が目をつけたのは此処、『東の森』です。規模でいえばキザキの森と一、二を争う広さ。キザキの森に歯車があったということは、『東の森』にあることも、考えられます」
パティとラペットを前に、ナイトは淡々と持論を展開していく。さも、今考えて言ったかのように。在り処など、想像の範疇でしかないというように。
リハンデの素性が明かされたことは、ナイトにとって良いことに変わりない。よって、裏で姑息に追い続ける必要がなくなった。あいつは今、大犯罪者の名を背負い、この世界の全ポケモンに目をつけられる存在になったのだ。
けれど、まだ芝居が必要な位置にいるナイトにとって、あからさまに時の歯車のある場所を最初から知っていた、というふうな感じを出すことは出来ない。
なので、今回の作戦も、三つに絞って提案するダンジョンの内、一つは何も無いただのダンジョン、ということにしてある。
そして、そこにチームガーネットを行かせる。そうすれば、もし時の歯車を盗みに来ていたリハンデと接触する可能性も無くなり、シズクの時空の叫びが発動する可能性も低くなる。
それに、『ヴェルメリオ』や『アスール』の存在に、リハンデが気づくこともなくなる。
「そしてもう二つほど、私が怪しいと睨んでいるダンジョンがありまして。ここの……『北の砂漠』と『水晶の洞窟』という場所です。
『北の砂漠』は、長年ダンジョン研究チームが、秘境があるなら一番可能性があるのはあそこだ、と睨んでいる場所でもあり、『霧の湖』のように秘境の噂がある場所です。
そして、『水晶の洞窟』は『東の森』を提案した時と同じ様な理由です。何より、水晶というのは神秘の象徴であり、そのような場所に時の歯車があったとしてもおかしくありません」
「……なるほど」
すっかりナイトに主導権を握られたラペットは、ナイトの言葉に合わせてうんうんと頷く。パティは、相変わらず寝てるのか起きてるのかもわからない状態だ。
「………とりあえず、注目するダンジョンは、こんなところでよろしいでしょうか」
「ええ、もちろん!」
「じゃあ次は、割り当てだね。どのチームを何処へ行かせる?」
そんな、ぬぼーっとしていたパティが急に、話を先へ促す。嗚呼、とナイトは話を始める。
「それも私に案がありまして」
「うん」
「まず、『東の森』にはチームガーネットが適任かと」
「へえ、どうして〜?」
やけにパティが突っ込んでくる。しかし、ここは正当な理由で返せば納得するはずだ。
「他のダンジョン、『北の砂漠』や『水晶の洞窟』に比べたら比較的レベルは低い。いくら強い二匹と言っても経験の浅い二匹には、そこへ行ってもらうべきかと」
「……そっか。僕はねえ、東の森はヘイライとノンド、そしてチームエメラルドが適任だと思ってる」
「……そう、ですか」
これから捜査するダンジョンに関してはナイトに流されるままだったのに、チーム決めになるとこうも積極的なのは何故だろうか。だが、こちらの思いどおりに動いてくれないと、困った事になる。
「特に、サンの力がある以上、それを生かせる森とかの方がいいと思うんだ。それに、突っ走るノンドとヘイライのために、強力なストッパーになるフライがいる。
かえって、チームガーネットはこのギルドでほぼトップともいえる洞察力をもってる。ケンジもシズクも頭がいい。特にシズクが冷静だから、秘密を解くのに向いてるチームだ。あと、ケンジの穏やかな雰囲気で、歯車の守護者と諍いを起こす確率も少なくなる。シズクには多少不利になるけど、秘境……時の歯車の在り処である可能性が一番高いと僕が思ってる『北の砂漠』が適任だと思うんだ。
そして『水晶の洞窟』にはシニー、ベントゥ、べコニンかな。洞窟と言うだけあって、ダグトリオのべコニンが一番合ってる。結構しっかり者なシニーがいる分、自信があんまり無いようなベントゥも、多分安心して捜査が出来るはずだ」
今までとは打って変わってつらつらと喋り出すパティの様子に、度肝を抜かれてしまった。何も考えていないように見えて、一番考えてる。確かにこれは、『親方』だ。
「ごめんね、急に捲し立てちゃって。調査するダンジョンに異論は無いよ。むしろナイトさんに賛成だ。
でも、チームは僕に決めさせてほしいんだ。弟子達のことを一番分かってるのは親方の僕だ。だから、誰がどこに合うか、一番わかってる」
「そう……ですか」
その迫力に圧されては、チームガーネットを東の森に、などもう言い出せない。完全に主導権を奪われてしまった。
だが、北の砂漠に、今、リハンデが来るとは限らない。二匹がリハンデと出会わず、かつシズクの能力も発動しない。それが一番平和的な解決だ。
「……では、それでいきましょう。ギルドの皆さんにも、伝えなければ」
「うん!」
もうすぐ二十分が経つ。部屋の外から、がやがやと話し声が聞こえる。三匹は席を立ち、扉を開けた。
「……皆、集まったようだな♪」
ちょうど二十分後。弟子達全員を前に、ラペットが口を開く。
「まず、前提として。当たり前だが、リハンデは時の歯車のある場所に現れる。そこで、私達はナイトさんと、時の歯車のありそうな場所をある程度目星をつけ、今からそこを調査しに行ってもらう。皆、地図を出してくれ。
まず、東に広がる大きな森、『東の森』探索チーム、ノンド、ヘイライ、サン、フライ」
「おおぉ……よろしくね、二匹とも!」
「おうよ!」
気合十分なノンドとヘイライが、サンと明るくハイタッチする。フライは少し暗い目で、曖昧に微笑んむ。彼の異変に気づく者はいない。
「そして、北の方にある『北の砂漠』探索チーム、シズク、ケンジ。
最後に、南西のキザキの森の隣付近にある『水晶の洞窟』探索チーム、シニー、ベントゥ、べコニンだ」
「……砂漠……相性最悪」
地図でダンジョンの場所を確認しながら、シズクが不満そうに呟く。砂漠というだけあって、地面タイプ、岩タイプが多そうなのは言うまでもない。
「大丈夫、二匹とも相性悪いわけじゃないから。地面タイプとかは俺が請け負う」
「……ん、ありがと」
あれ、珍しく素直だなぁ、とケンジは少し口角が上がる。
「あの……僕は?」
名前を呼ばれなかったディグダのリナーが小さく声を上げた。
「嗚呼、リナーはギルドでお留守番だ。見張り番までいなくなるのは流石にまずいからな。ギルドでやる大切だからな」
「はい!」
他にも、ウェンディなど、残るポケモンもいるようだ。リナーは元気よく返事をして、定位置に戻る。やはり、親とは違いしっかりしている。
「それじゃ、時の歯車を探すよーー!たあーーーー!」
「おおーーーー!!!」
もう一度、パティが声を上げ、それに続いて皆も声を出す。
「そうだ、パティさん。さっきの『作戦会議』で言っていた、サンさん……の能力とは、何でしょう?」
「ん?嗚呼、それはね、天候を操る能力のことだよ。ギルドの皆が知ってることなんだけど」
「天候を、操る力………ですか」
「そう。なんでだろうね?」
にこにことした笑顔を視界に入れながら、ナイトはもうひとつの可能性を感じる。『天候を操る力』。それを持っているポケモンは、一匹……いや、もしかしたら二匹かもしれないが、知っている。
だが、この世界で『サン』はイーブイの姿。ということは。いや、だがあいつの力が天候を操るものだと確定はしていない。
けれど、もしそうだったら。もし、『サン』があいつだったら。
もしかして私の周りには、チャンスばかりが転がっているのかもしれない。
浮かび上がり続ける可能性と好機に、心が興奮で満ち溢れていくのを、ただひしひしと、感じていく。