#127 時の歯車の盗賊
◇◇◇
嗚呼、勝った。
会話の中、その言葉を聞いた瞬間。そのキーワードを知った瞬間に。全てを確信し、そして笑みが浮かんできた。
なんということだ。目的のほとんどが今この地に揃っている。自分の手の届く範囲にいる。それを思えば思うほど、優越感と満足感に満たされていく。
嗚呼、なんてことだ。
相談があると言われ、この海岸に連れてこられた。そこで、全てを聞いた。時空の叫び。元人間。『ヴェルメリオ』、『アスール』の存在を裏付ける目の変色。そして記憶喪失と来た。何故、「彼女」がポケモンになり記憶を失ったのかはわからない。しかし、それは好都合以外のなにものでもない。
間違いない。間違いようがない。
それならば全て辻褄が合う。目の前にいるピカチュウ……『シズク・サファイア』の目が青いことも、尾が白いことも。チーム名『ガーネット』も。そして、隣にケンジがいる理由さえも。
(なるほどな……!だからか………。
ということは、今私の近くに……このギルドには、リハンデとあのジャノビー以外の目的の者が全員揃っているということになる。
そして、あいつが狙っているやつも……ここに居る!)
溢れ出る興奮を押さえつけるように必死に顔をしかめつつ、ナイトは意識を目の前の二匹に戻す。
「……それと、時空の叫び?ってやつについて、詳しく知りたいんだけど」
「え、ええ……そうですね」
少し揺らいだナイトの雰囲気に、シズクが再び眉を顰める。それを薄々感じながら、ナイトは自分の不利な方向へ会話が進まないように頭を巡らせ、とりあえず時空の叫びの説明を始める。
あくまでも詳しく知っているような素振りを見せないように、慎重に。
「『時空の叫び』とは……詳しいことはまだわかっていないのですが、概要としては、特定の物に触れることでその物に関する過去か未来を見れるというものです。
……その特定の物の条件も、よくわかりません……能力の奥深いところはまだ謎に隠されたままですね……私が時空の叫びを知るきっかけとなった文献にも、詳しいことは書かれておらず……」
「そうなんだ……便利な能力に変わりはないけど、能力が発動する度にシズクが頭いたそうにするのが心配だなんだよなぁ……」
『時空の叫び』
その能力の存在する意味を、知らないといえば嘘になる。「でも今回能力の正体がわかっただけで大収穫だ!」と、自分のことを感謝の眼差しで見つめる小さなリオルの緋色の瞳を眺めながら、頭の中でぐるぐると思考が回る。
(時空の叫び……あれは確か本当に特定の場所でしか発動しない能力のはずだ。しかし……この世界では関係の無いところでもどうやら発動している。その原因は一体なんなのだろうか。
あの能力については『向こう』でも様々な憶測が飛び交っていた。……しかし、それを今ここで暴露しても意味が無い。
そして、『ヴェルメリオ』と『アスール』のことだ。これについてはあいつらが本業だが、これらの能力の存在を意識し、同調すれば『シズク』の意思が消えるとはいえ厄介な存在になる。
話さないでおくのが得策か)
「……そうですね、これも何かのご縁です。シズクさんが何故ポケモンになってしまったのか、その謎を解くのに協力しましょう!」
「えっ!?本当に?」
「ええ。まあ正直なところ、私に分からないことがあるのが悔しい!という部分もありますが……何にしろ、人間というものには興味があります」
「良かったね、シズク!ナイトさんがいれば百人力だよ!」
疑いの目を向けることなく、子供のようにはしゃぐケンジに、腹の底から笑みがこぼれてくる。こんなにも都合のいいように、事が進んでいいものか、と。
「……そういえは、あなたの名前をまだ聞いていませんでしたね」
「あ、そっか!俺はケンジです。ケンジ・リウェルジーア」
「ケンジさんですね。ありがとうございます」
(リウェルジーア……なるほど、これも一つの対策か)
少しばかり記憶を辿り、赤を纏うあいつの言葉を思い返す。あんなふうに知られていれば、親が対策するのも当然といえよう。
嗚呼、リハンデ。お前の負けだ。心良い笑顔の裏に本性を隠し、ナイトはまた心の中で笑う。
「そういえば今、やけにぺリッパーが飛んでるよね」
ケンジの言葉に空を仰げば、赤色の空いっぱいに白い鳥ポケモンが何匹も羽ばたいているのがわかる。ぺリッパーが目的の場所へ郵便物を届けに飛んでいるのは当たり前だが、夕刊の時間が過ぎた今この時間に、こんなにも多く飛んでいるのは確かにおかしい。
間違いなく、何かあったのだろう。
「ぺリッパーがこんなに多く飛ぶということは、号外……というのがよくありますけど」
「号外?じゃあやっぱなんかあったんじゃ……」
訝しげにケンジが目を細めた瞬間、三匹以外の誰かの足音が、砂浜を踏みしめてやってきた。程なくして、その特徴的な声が彼らの名を呼ぶ。
「おーい!シズク!ケンジ!ナイトさん!」
紛れもなく、ビッパのベントゥだ。息を切らしながら、転がり込むように走ってくる。
「ベントゥ?どうしたの?」
「はあ、はあ……ここにいたんでゲスね……」
「どうしたの、そんなに急いで」
見るからに普通ではない彼の様子に、シズクとケンジは首をかしげながら問う。
「召集がかかってるでゲス!弟子全員、ギルドに集まるようにと……どうやら、緊急の話みたいで!」
これは確実に、今ぺリッパーが多く飛んでいるのと関係があることなのだろう。そう確信した三匹は、ベントゥについて急いでギルドまで戻る。緊急招集がかかるほどの事など、滅多にない。
一体全体何があったのか。疑問に思いつつギルドまでの足を早める。
◇◇◇
「急ぐゲス〜!!」
海岸からギルドまではそう遠くない。駆け足で、数分でギルドの入口をくぐり、梯子を降りる。ほかの弟子達は既に集まっていたが、その場所はお尋ね者掲示板の前だった。
てっきり、いつも朝礼を行っている場所だと思っていたシズクは少し驚いた。最後に着いたのがシズク達三匹だったので、彼らが着くとすぐにラペットが口を開く。
隣にいるパティはいつものように穏やかな雰囲気だったが、目は真剣だ。
「やっと来たな、お前達……と、ナイトさん♪……えー、緊急の用件というのは把握済みだな?」
「うん、召集がかかってるってことだけ聞いたんだけど、一体何があったの?」
「それが本当に、大変なことになった。
皆は遠征で……あの光景、時の歯車を見たことを覚えているな?」
もちろん、や、当たり前だろ、と弟子達からの声が飛ぶ。一体何故ラペットは事情を話すのを躊躇っているのだろうか。
『遠征先で見た時の歯車』。その言葉を聞いて、ナイトは少し衝撃に囚われていた。このギルドが少し前に、遠征により霧の湖に行ったことは知っている。しかし、その事について親方のパティに聞いたが、得たものは何も無かったと言っていた。
その時既にナイト自身の正体がバレていた、なんてことはありえない。ならば初めからギルドは、『時の歯車を見つけ出していた』という事実を隠そうと、ギルド全体で決めていたのだろう。
だとすれば何故、彼らはユクシーにより記憶を消されず戻ってきたのだろうか。そこには些か疑問がわくが、そこは今問題ではない。
この緊急招集、そして話初めに時の歯車の話題が出れば、嫌な予感の方に頭が働く。
「……ちょ、ちょっと待ってください。霧の湖で時の歯車を……なんて、私聞いてないですよ?そもそも遠征は失敗したと……」
「ごめんね、あるポケモンとの約束があって、ナイトさんには言えなかったんだ……」
いかにも戸惑ったような演技をするナイトに、悲しそうにパティが答える。『誰か』との約束、それはつまりそこの守護者であるユクシーとのものであることは間違いないだろう。元来厳しくあるべき守護者がそう甘くなったのは、ここの連中に絆されたからであろうか。
「……その約束が、あったのだがね……時の歯車が、“また”盗まれたんだ。
今度は……霧の湖のな」
「えっ………」
驚愕に、弟子達は皆目を見開いた。そして同時に、ありえないという思いが浮かぶ。あそこの歯車の存在を知る者は自分たちしかいないはずだ。なのに、なぜ。
「でも、そんな……!霧の湖の時の歯車を知ってたのは、俺たち以外にいないはずでしょ?まさか、ギルドの中の誰かが……なんて……」
「おいおい、そんなこと冗談でも言っちゃあかんぜ!」
「仲間が信用出来ないのか!?ヘイヘイ!」
けれど、そうなるのはしかたがない。誰も、元から時の歯車の在り処を知っているものがいるとは思わないのだから。
「……そうだよね、ごめん。この中の誰かが秘密を漏らしちゃうなんてありえないもんね……よく考えればわかることなのに……」
「しょーがないわ。私たちが遠征から帰ってきたすぐあとにこうなった訳だし」
罪悪感に項垂れるケンジの肩を、シズクが軽く叩きながら慰める。ヘイライの言うことも、ケンジやシズクの言うことも正論で、誰も間違ってはいない。
「ともかく、犯人はユクシー……マルヴィナと、幻影であるグラードンを倒し、時の歯車を盗んでいったのだ」
「……あのグラードンを……?」
グラードンと直に戦ったシズク、ケンジ、サンの三匹は、あれがそんなすぐに倒せるものなのか、と目を見開く。三匹がかりでやっとだったあの巨体を倒すなんて。犯人は複数いるのだろうか。一匹だけだったとしたら、犯人はきっと半端ない力を持っている。
「……マルヴィナは……大丈夫なの?」
「嗚呼、幸い傷は致命傷には至ってないようで、警察に保護されている。だが、時の歯車を盗まれたことによる喪失感と私たちギルドへの不信感で精神は少々不安定なようだ」
「そっか……とりあえず無事ならよかった………」
あの細い身体に犯人からの攻撃を受けたと思うと、不安で仕方なくなる。精神が不安定になるのも仕方がない。
「犯人は、前回の犯行からまた時期を詰めてきている。ギルドの誰かが情報を漏らしたとは思っていないが、一から場所を調べているのではこんなに短期間でいくつも奪えるわけはない。
霧の湖以外の件でも……犯人は歯車の場所を元から知っていたのでは、という考えが濃厚ではある。
しかし、今までその正体を掴めなかった犯人の素性が、明らかになったのだ」
「えっ!?」
嫌なことだらけではなかった。ラペットが告げた事実に驚きつつ、皆耳を傾ける。
「マルヴィナからの証言で判明したのだ。犯人の種族、特徴……それらに基づきお尋ね者として早急にポスターが作られた」
そしてラペットはお尋ね者掲示板の一番上に張り出された一枚のポスターを指す。鮮やかな緑色の体躯に、するどい金の目、艶のある葉。
「……種族は『ジュプトル』」
「マルヴィナの証言によると、このジュプトルの目の下には傷があったらしい。それが、一応見分ける印とされている」
ポスターにも、特徴として『目の下の傷』と書かれている。普通に暮らしているポケモンなら、目の下に傷跡が残るほどの怪我はしないだろう。なるほど、確かにいい目印になる。
「このジュプトルは先ほど一斉に指名手配されたんだ。空を大勢のぺリッパーが飛んでいるのは、それだからだろう」
「嗚呼、なるほど……だからか」
「警察も、これ以上この前代未聞なことをしでかしている犯人を野放しには出来ないと言っている。明日にでも捜査が始まる予定だ。
一般のポケモンには申し訳ないが、主にジュプトル達を中心に聞き取り調査や身辺の調査を行うらしい。
そしてこのジュプトルの懸賞金も、今までに無いくらい高いものになっている」
ジュプトルの懸賞金額を見てみれば、それは桁数に唖然とするレベルだった。普通の何倍であろうか。とにかく、それほどのものだということをこの数字は示している。
「………俺たちは、マルヴィナと秘密を守るって約束してたんだ……なのに、こんなことになるなんて………」
「ギルドの面目丸つぶれですわね。マルヴィナに合わせる顔がありませんわ!」
そうだそうだ、と弟子達は犯人ジュプトルへ怒りを顕にしていた。懸賞金額に関係なく、このジュプトルを早く捕らえたいと皆が思っている。
「でも、一般のジュプトル達に迷惑がかかるんじゃないかしら。いくら『目の下の傷』って印があっても、一概に『盗賊ジュプトル』なんて言ってたら、事情をよく知らないポケモン達が何の関係もないジュプトルと何かしらトラブルを起こす、なんてことも考えられるし……」
「嗚呼、シズクの言う通りだ。その件については警察と相談した」
シズクの鋭い指摘に、ラペットは冷静に返す。ジュプトルをとらえたいという思いしかなかった弟子達は、確かに、と少し冷静になる。
「このジュプトルに、何か適当でもいいからニックネームを付けるという結論になってな。
一貫して『盗賊アルファ』と名付けることにした」
「……確かに適当ね」
『盗賊アルファ』だなんて、何一つ凝ってはいない。けれど、『目の下の傷』と共に見分ける材料があるのならば、その件に関しては解決することになる。
「……よし、じゃあ改めて、『盗賊アルファ』を捕まえるという覚悟は出来てるな?」
あんな綺麗な景色を壊されて、黙っていられるわけがない。彼らは揃って、真剣な目付きをする。
「じゃあ皆!パティのギルドの名にかけて……絶対に『盗賊アルファ』を捕まえるよ!!」
「おおーーーー!!!」
親方パティの掛け声で、ギルド内が一斉に拳を突き上げた。絶対に捕まえてやる、と決意を胸に。
その様子に、苦虫を噛み潰したような思いをする者がいることを。
彼らの掛け声に、内心馬鹿馬鹿しいと嘲笑うものがいることも。
彼らは、知らない。