#125 轟く雷の中で
中間地点で数分の休憩を終えたシズクとケンジは、さらに上層部へと足を進めていた。モンスターハウスで消耗した体力も取り戻し、出だしは好調だったものの。
「っあーもう!また!?」
シズクの放った電撃はなにかに吸い寄せられどこかに消えていく。上層部に入ってからこれで何回目かわからない。避雷針の特性をもつラクライが増えてから、シズクは圧倒的に戦いづらくなり、舌打ちを繰り返していた。
「そんなに舌打ちしたら舌が疲れちゃうよ」
「うっさいわね!そんなことよりあそこのラクライ倒して!」
怒りで頬袋からピリピリした電気を飛ばすシズクは、ちょうど草むらから顔を出したラクライを指さした。少しからかっただけなのに、と苦笑しながら、ケンジははっけいを振り下ろす。
「電撃使える?」
再びシズクが電撃を放つ。が、それもまたどこかに吸い寄せられてしまった。
「ラクライが多いこの階で電撃がまともに機能することは難しそうだね。できるだけノーマル技で対抗しようよ」
「……わかったわ」
目を細めて機嫌の悪さを全面に出しながら、シズクは正面にいるドードリオをアイアンテールで壁に吹っ飛ばした。電撃が使えないとなると、いつもの調子で進めなくなる。それが嫌な彼女は、いつも以上に強めに技を繰り出していった。
そうなると、彼女はまた頼もしい。
「空が近くなってるね……そろそろ最奥部かも」
「嫌な感じ。きっと一番奥はそこかしこに雷が降ってるんでしょうね」
見上げた空は、出掛ける前に見たあの青空など微塵も存在しない。この階でこんな様子なら、果たして一番奥はどうなっているのだろうか。
「………あ、」
「しまっ」
横から現れたエレブーが、電撃波をケンジにぶつけた。対象を麻痺状態にする技だ。体の痺れを感じたケンジは、鈍く動く足で一歩下がり、クラボの実を探り始めた。
その間にシズクがアイアンテールを発動したまま電光石火で飛びかかる。エレブーはスピードスターを放つ。星型のエネルギーが彼女の真横を通り過ぎていくのをちらりと見て、脳天に尻尾を振り下ろした。もう一度、真横から尾を当てる。エレブーはすぐに動かなくなった。
「やっぱり階を重ねるごとにレベルは高くなってくのね」
「ただでさえそこそこにレベル高いダンジョンだからな……またモンスターハウスに捕まらないように気を付けなきゃ」
「それだけはほんと十分注意ね」
道具も残りが少なくなってきている。最上階でもしかしたらまたドクローズとの対戦が待っているかもしれない。大して強くはないけれど、毒ガスを吹き付けられれば厄介だ。それに、道具はいつでも多い方がありがたい。モンスターハウスで無駄な労力も時間も失いたくはないのだ。
ピリピリとした、乾燥した空気がただただ辺りに流れる。あちこちで火花が弾ける道を早足で駆け抜け、不穏な空を見上げた。
「いつ雷が落ちてくるかわからない空ね」
「流石にダンジョンのど真ん中に落ちてくるとは思わないけど……頂上とか、一番高いところには普通に落ちてそう」
「そんなところにあるのかしら、水のフロート。壊れてなければいいけど」
「そうだね。まあ、雷でドクローズがやられてれば好都合なんだけど」
足元に光る青い光を見つけ、そこに不思議玉があることを認識した。触ってみると、ピリピリした感覚が少しばかり手を襲う。縛り玉だ。先程モンスターハウスで消費したばかりであるため、また拾えるのは運がいい。ケンジは口角を上げて縛り玉をバッグに入れた。
シズクは、今さっき飛び出てきたケンタロス、ラクライと向き合っていた。傍にラクライがいるせいで電撃は使えない。まためんどくさいのが、とシズクは深々と溜め息をついた。ケンタロスの攻撃をひらりと躱し、その勢いで尾をぶつける。鋼に硬化された尾に顔をぶつけたケンタロスは、少しの間痛みに悶えている。
縛り玉を手にいれたケンジは、素早く彼女の方へ視線を向けて、はっけいを構えたまま電光石火でラクライに仕掛けた。鈍い足取りで避けようとするラクライに狙いは定まり、寸分狂わず直撃する。ラクライはそこまで強くなかったことで、すぐに倒れた。これにより電撃を使えるようになったシズクは、容赦なくケンタロスに十万ボルトを浴びせた。
「ラクライだけがほんとに嫌」
目を細めて、シズクは厄介の種になっているラクライを睨みつけた。彼らが倒した二匹は、倒れた衝撃で体毛が汚れている。
不足し始めた道具をダンジョン内で軽く集めながら、またモンスターハウスに引っ掛からないよう、道具の多すぎるエリアには入らない様に気をつけながら、二匹は着々と階数を重ねていく。未だ不穏な音を鳴らす空を視界の隅に収めながら、小腹を林檎で満たしながら、乾いた土の上を歩いている。
「ルクシオが多くなってきたわね、この辺り」
「そうだね」
中間地点を抜け、ダンジョン後半部分の更に奥に踏み込むと、見るからにルクシオの数が増えていた。こちらを見るなり襲ってくるものもいれば、穏やかな性格なのか怯えているのか、攻撃してこないものもいる。今も、かさかさとした音を立てながら、くすんだ草むらから顔を出している一匹のルクシオが見受けられた。
「攻撃してこないのは楽なんだけどね」
エレキ平原に入ってから大分軽くなったバッグを揺らしながら、シズクがぽつりと呟いた。
どのくらい進んだだろうか。
「あれ、この先雰囲気違う感じしない?」
「もしかして最奥部じゃないかしら。やっとだわ」
目の前にある階段に駆け寄りながら、シズクは少し安堵した表情を漏らした。ラクライに手間取るこのダンジョンからは、いち早く抜け出したい気持ちだったのだ。
「じゃあ水のフロートも……そして、あいつらも、多分」
「ええ」
灰色がかった階段を、二匹は一歩一歩上へと上っていった。
開けた場所だ。けれど、やはり今までとは空気が違う。しきりに何かが空気中を巡っているように、ピリピリしたものが頬を掠める。
そこら中に転がっている岩は、ある程度の巨体でも姿を隠せそうな大きさだ。ダンジョン内にいるよりも強く感じる上空の雷鳴が、よりいっそう雰囲気を悪くしていく。
「ほんとに雷落ちてきそう……にしても、怖いとこだね」
「異常な暗さね。太陽が見えてないから当たり前なんだけど」
光源は、時折黒雲を走る黄金の稲光だ。シズクの頬袋からは、それと共鳴するようにパチパチと細い電気が飛び散っているのが見える。ケンジもまた、辺りを警戒しながら前へ進んでいく。
「ん?」
その時、微かに光るものが目をよぎった。
「今、なんか光ったような………」
「あ、あれじゃない?」
光に目を凝らすケンジの隣で、シズクがすっと指を指した。その先には、大きいとリングのような形をしたものが転がっていた。薄緑色と青色がほのかに光る、美しい代物だ。
「あれ、水のフロートかな?」
「そうかも、ね」
いつ何が出てくるかわからない。しきりに周囲を見回しながら、二匹はゆっくりと水のフロートに近づいていった。近くで見れば見るほど美しい。この暗い空間でも、小さな白い光を飛ばすそれは、まるで木漏れ日のようだった。
「……きれい……」
シズクが言葉を漏らす。その青い目は、すっかり水のフロートに釘付けになっていた。
「価値が高い理由がわかる気がするね。これをこんなとこに持ってくる奴らの気はしれないけど………」
半分起こった様子でドクローズの居場所を探そうとケンジが目を凝らした時、シズクがぱっと振り向いた。その目の中に、どこかで見た緑色の光がよぎったように見える。水のフロートが発する光ではない。ほんの一瞬、だけれど。
「なんか、来る気がする」
シズクの緑、それは遠征に行った際に発覚した、危険予知能力。身構えた瞬間、辺りがより一層暗くなり、
「ここへ何をしに来た!ここは我々の縄張りだ!!」
ドスの効いた低い声が響き渡った。雷のようだ、とケンジは思った。雷のように轟いて、この地面の真ん中に落ちて、広がっている。その声色は、どこか身震いさせるような感じがあった。
「誰かいる……隠れた方が」
「………いや、多分無駄ね」
「……そうだ、我の目はあらゆる物を透視できる。隠れても無駄だ!」
「じゃあ、そっちこそ隠れてないで出てこいよ!お前達は一体何なんだ!?」
何処にいるかもしれぬ見えない敵に、ケンジは全力で叫んだ。すると、かなり太い雷が二匹の目の前に落ち、濛濛と砂埃を立てた。その中には、さっきまでいなかったポケモンが立っている。気付いた時には、囲まれていた。一匹のレントラー、それに付き従うように立ち塞がる六匹ほどのルクシオ。
「なっ……!?」
「我こそはルクシオ一族の頭首!縄張りを荒らしに来たお前達を、決して許すことは出来ぬ!!」
先程までの声の主、レントラーが猛烈な勢いで叫んだ。理性はあるのに、その目はまるで野生のポケモンのように爛々と輝いていた。
「っ……これは、行くしかないようねッ!」
シズクがまず、颯爽と飛び出した。電気を帯びたアイアンテールに回転を加え、それを一直線にレントラーにぶつけに行く。真正面からの攻撃だったためそれは簡単によけられるが、シズクは空中で体制を整えると地面に足が付いた瞬間に電光石火を使って突進していく。その彼女の勢いに圧された一匹のルクシオが、彼女の強力なアイアンテールをくらった。その背後から、今度はケンジが手にはっけいを構えてレントラーに向かっていく。レントラーがケンジ目掛けて放った電撃を、横にひらりとかわす。しかし、彼の手はレントラーの腕にはじかれてしまう。
「まず、周りのルクシオを倒した方がいいと思うわ」
「うん、俺もそう思った」
短い作戦会議を交わしてから、二匹はレントラーを狙うことをやめた。シズクは十万ボルト、ケンジは波動弾を構えて、背後のルクシオを狙いに行く。一発目は避けられる。スパークを放つルクシオの背中に飛び上がって回り込み、一発を食らわしてやる。それではぎりぎり倒れなかったが、もう既にボロボロだ。一つ蹴りを入れてやれば、すぐに倒れた。
シズクもケンジも、ルクシオは倒せる、と意思を固めた。まだ残っているルクシオが、体当たりとスパークによる応酬を掛けてくるが、二匹は電光石火で左右に避け、そこにシズクが高速移動を上乗せして、更に素早さを上げた。
そこで、レントラーが動き出した。鋭い牙を剥き出しにして、シズクに向けて噛み付くを仕掛けに行く。間一髪で避けるが、その牙が腕を掠ったようで細い傷が彼女の腕に出来上がった。レントラーは、牙をばちりと鳴らす。
「雷の牙……?程ではないようだけど、食らったらヤバイわね」
「んー、強いね。シズク、オレンいる?」
「まだ大丈夫」
それでも依然、ルクシオを先に倒す戦略は変えない。けれど、今まで積極的に動いてこなかったレントラーが動き出したことで、そう簡単に致命傷与えることは出来なさそうだ。
「ッ……!」
シズクは飛び上がって、空中で十万ボルトを落とした。しかし、あちらこちらに散らばるルクシオ達は当たってくれない。今度はレントラーが上空、シズクがいる地点に電撃を飛ばす。シズクは、鋼状にした尾でなんとか攻撃の軌道を逸らした。
ケンジは、真空刃により多方面への遠距離攻撃をする。青い火花を散らしながら、様々なところに走っていくルクシオ達を狙っていく。
「ケンジ、後ろ!」
シズクの声に振り向くと、目の前にレントラーの牙が迫っていた。ケンジが対応するよりも早く、硬化したシズクの尾がそれを跳ね返す。
「ありがと、シズク!」
「ちゃんと後ろも見てなさいよね!!」
そう言いながらアイアンテールをレントラーの背骨あたりに食い込ませた。ケンジはそばに居たルクシオをはっけいで倒す。
これで、残りはルクシオ三匹、レントラー一匹。倒せないこともないとは思うのだが、これは相当な消耗戦だとケンジは感じた。特に厄介なレントラーは、怒りで驚くほど猛っている。攻撃力が高い上に、体力の持続が底知れない。怒りで我を忘れてしまったとしても、簡単に倒せそうではない。
「この不審者が……とっとくたばりやがれ!!」
「不審者って酷い言い様ね!ちょっとは冷静に物事を見てみたら!?」
レントラーがシズクに向けて直線に電撃を放つ。電光石火で避けながら、彼女はレントラーに向けて電磁波を放った。だが、それすら避けられ、麻痺状態にすることすら叶わない。
「何が狙いだ!?我は決して倒れはせぬぞ!!!」
雄叫びと共に振り上げられた尾が、
「はやっ……!?」
レントラーのすぐそばを電光石火で通り抜けようとしていたシズクの脇腹に直撃した。
「っ……ぐぁっ……」
鳩尾あたりをおさえ、苦しそうに悶絶する。レントラーは彼女を見下ろして充電を始めている。
「シズクっ!!!」
刹那、青い光がレントラーの背中を照らした。大きな衝撃でレントラーは体制を崩し、前に傾く。そばに倒れていたシズクがゆっくりと起き上がり、倒れてくるレントラーの顎に向けてアイアンテールを当てた。
鈍い音がして、レントラーは苦しみながら、まだその鋭い眼光を二匹に向けてくる。
「お前達っ………!許さんぞ……!」
「だから私達はあんた達に何かしようとして来てるんじゃないっての!いい加減話聞いて!」
「うるさいうるさいうるさい!!!!」
全く聞き耳をもたない。呆れ顔で、シズクはレントラーが多方向へ飛ばす電撃を避けるために走り回る。
「話にならないわ。どうにかして落ち着けられないかしら」
「正直、道具を使う暇も与えたくれないね。シズク、電磁波できる?」
「さっきやろうとしたら避けられたけど……もう一回やってみる」
「うん、ありがとう。俺はとっととルクシオを倒す」
話している最中にもこちらへ突っ込んでくる無謀なルクシオをケンジは迎え撃ち、はっけいを急所に撃ち込んで地面に叩き付ける。砂埃がちらちらと舞う中で、もう二匹のルクシオを探して目をこらす。
手に電磁波を纏ったシズクは、怒りの形相のレントラーに怯むことなく近づいて行った。前から突っ込んでくると見せかけて、小さく、素早く脚を動かすと、レントラーの横腹の部分が視野に入る。電磁波を放った瞬間に、レントラーの電撃によって彼女は地面に叩きつけられた。
声が出ず、衝撃で空気だけがひとつの音になって口から漏れ出た。もう一発食らう前に身体を転がして、なんとかレントラーの攻撃範囲から抜け出る。そこからレントラーを見ると、身体が動いていなかった。ギリギリで、電磁波が当たったようだ。チャンスを逃しはしない。彼女は回転を加えたアイアンテールを、レントラーに思い切りぶつける。
「がはっ……!くそ、お前らァっ……!!!」
「っ!!?」
怒りの力か、麻痺を破ったレントラーがら最早頭が回っていない野生動物のように、尾と頭を振り回し、シズクに向かってくる。
「ほんと、意味わかんないっ……!」
暴走しかけているレントラーの背中に、今度は白銀の空気の刃が刺さった。ケンジの真空刃だ。
「ルクシオは倒し終わったよ!シズクはどう?」
「一回麻痺にしたけど自力で破られた。今はほとんど暴走状態」
「貴様ァっ……貴様ァッ!!!!!」
多大な攻撃の影響か。半分理性を失いかけているレントラーが、目の前に巨大な電気の塊を形作り始めた。
「え、何これ」
「わかんないけど……見た目からして絶対やばそうッ……」
「喰らえェッ!!!!」
止める術も無ければ、逃げる暇もなかった。嗚呼、これは当たればただでは済まなさそうだ。なんて、迫り来るエネルギーを間近に見ながら、呑気にそんなことを考えていた。
「待てっ!!!」
電気の明るさに目を細めていた中に、突如黒い影が現れた。来るはずであった衝撃は消え去り、静かになった空間を視認するため、二匹はゆっくりと目を開けて目の前の巨体を見つめる。
「ナイト……さん?」
「鎮まれ、レントラー!この者達の言うことに偽りは無い!この者達は……ここを荒らしに来たのではない!!」
「貴様……何者だ!?」
「私はヨノワールのナイト、探検家だ!レントラー、あなた達の怒りはもっともだ!特に、以前あなた達がここで受けた仕打ちを考えれば……無断で侵入する者に対して攻撃的になるのも頷ける!それに、この地に渦巻く雷雲が……あなた達に安らぎを与えていることも、重々承知しているつもりだ!
この者達があなた達の縄張りを犯したのは詫びよう!しかし、それは決してあなた達に危害を与えるためではない!用が終わり次第、直ぐにここから立ち去ることを約束する!信じてくれ、レントラー!」
「……ふむ」
レントラーの目から、すっと敵意が抜けていくのがわかった。
「私達のことをよく知っているんだな、ナイトとやら。本当に……縄張りを脅かすつもりは、ないのだな。
………よかろう、ナイト。しばらく時間をやる。その間にここから立ち去るのだ」
すっかり冷静さを取り戻したレントラーは、傷だらけで横たわるルクシオ達を見て、静かに「行くぞ」と声をかけ、彼らを支えつつその場から消えていった。
「……はぁ〜っ」
今まで詰めていた息を吐き出すように、ケンジは深く長く声を漏らした。シズクも緊張が解けたせいか肩の力を抜いている。
「ありがとう、ナイトさん。おかげで助かったよ」
「いえいえ、探検家として当然のことをしたまでですよ」
その言葉にケンジは尊敬の眼差しを輝かせ、「かっこいい……」と呟いている。そんな彼を、シズクは少し複雑な面持ちで眺めていた。
「で……あいつらは、一体何だったの?」
「レントラーとルクシオの一族ですよ。彼らは過ごしやすい地域を住処とするために、常に色々な場所を移動して生活しているんです。この時期のエレキ平原は乾燥から特に雷が多いせいなのか……今の時期、彼らにとってここはとても過ごしやすい場所になるようです。
ただ……去年、彼らがここを住処としていた時、何者かが彼らを襲ったせいで、今のように侵入者を敏感になっているんですよ。『この地に侵入する者がいたら、殺られる前に殺る』……いつしか、それが彼らの掟となっているようです」
「嗚呼………なるほどね」
街や施設に定住しない場合には、いつも危険と隣り合わせという訳だ。以前同じように旅をしていた身であるケンジには、そのことがよくわかる。だが、少しは聞く耳も持ってほしいものだが。
「ま、色々と知りたいことは分かったわけだし、さっさと水のフロート取ってここから離れましょ」
「あ、そっか、水のフロート忘れてた」
「あれが水のフロート、ですね。正に本物、なかなか見られない代物ですね……」
ナイトの言葉で本物の水のフロートだと確証が得られたため、ケンジはその光る物体を、まるでガラス細工に触れるようにそっと拾い上げた。
「無事でよかった……あ、でもそういえば……」
「あの三匹は、一体どこに隠れてるのかしらね」
レントラー達との激闘で忘れていた。この水のフロートをここに置いたであろう者達の存在を。
「それは多分、あそこでしょうね」
呟いて、ナイトはここから大分離れた岩に数個のシャドーボールを飛ばした。シャドーボールは岩を砕き、もうもうとした砂埃を上げる。その中から、明らかに不意を突かれよろめく三匹の影が見える。
「なんだ、そんな遠くにいたのね、さっさと出てくればよかったのに」
「なるほど、ここに誘き寄せたのは俺達をレントラーとぶつけるためか。そのあとに弱った俺達を叩きのめす算段?残念だけどはずれちゃったねー」
「ったく……ほんと見当違いだぜ!とんだ邪魔が入っちまったな!」
砂埃が晴れ、気味の悪い笑みを浮かべた三匹、通称『ドクローズ』が姿を現した。
「ガーネットだけだったらぶちのめすつもりだったのに……かの有名なナイト様が相手となっちゃ、太刀打ちできねえな……。
ここは、ずらかるぞてめぇら!!」
「イエッサー!!」
登場したと思えば、直ぐにエレキ平原の出口に向かって走り出した。逃げ足だけは早い奴らだ。シズクは呆れたように息を漏らす。
「全く……訳がわからない。いつかフルボッコにしたいわね、切実に」
「右に同じく」
「なかなかに逃げ足は早いんですね……まあ今更追ってもきっと追いつけないでしょうし、無駄な労力を消費したくはないので、とりあえず水のフロートだけ持って帰りましょうか」
ナイトに賛成し、二匹は煮え切らない思いを胸に、水のフロートを片手に持ってその場をあとにした。
(……あのペンダント)
帰路で、ナイトは物思いに耽る。前方を行く小さな二匹が胸に掛けているペンダント。多彩な光を放つオパール。
(なるほど、そういうことか)
彼の脳裏に、赤と黒を身に纏うポケモンがちらついた。あの残忍な笑み、狂気に満ちた鋭い眼光、敵を必ず射殺す強さ。忘れようにも忘れられないし、どうしても相容れぬ類である、そんなポケモン。
(私に、直接関係している訳では無いが……あいつに狙われる存在とは、お気の毒に)
そしてその神々しい光から、目を逸らした。