#124 エレキ平原
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エレキ平原はその名から連想させる通り、電気タイプの多いダンジョンだ。あちこちを飛び交う電撃に、水タイプやら飛行タイプのポケモンが突っ込んでいけばあっという間にやられること間違いなし。
その上平原というのだから、そこかしこに生えている短い草に電気が当たれば引火し、所々で炎が上がっているのも珍しくない。
そして何より、敵が強い。かなりハイレベルのポケモンが屯していて、例え地面タイプといえど何も考えずに突破できるレベルではない。
そんなところに今から行くとなれば、そこそこに対策を強めていかなければならないことを思わせられる。
道具で埋まったバッグの中身を眺めながら、シズクは警戒心を強めていた。
「麻痺治しのクラボ、体力回復のオレン、穴抜けの玉、縛りの玉………」
エレキ平原に向かいながら、もう一度チェックをしなおすケンジの顔も、いつもにまして真剣。ダンジョンに近づくにつれ感じるピリピリとした殺意を感じ取っている証拠だった。
「……っと、よし。……そろそろ、かな」
柔らかな草地と違い、ごつごつとした岩が剥き出されたダンジョンの入り口が見えてくる。岩から所々飛び出ている枯れ草には危機感しかない。
「ここが、エレキ平原の入り口だね」
「そうね」
「この奥に水のフロートがあるんだ。……誰であれ、ぶっ飛ばしに行くよ」
「当たり前、でしょ」
シズクの目にちらちらと瞬く赤を視認しながら、二匹は走り出した。
轟音が響く。主に打撃音。そして電気が空気を裂く激しい音。二つが重なり、砂煙を巻き起こす。
「シズク、そっちは!?」
「出てくる度に叩きのめしてはいるんだけど、無理ね……キリがない」
あちらこちらに飛ぶ電撃はシズクのものか敵のものかわからなくなっている。それでも彼女は軽い身のこなしでひょいひょいと電気が己の体に着弾するのを避けている。
ケンジはケンジで波動弾とはっけいの強力技コンボで敵を打ち倒してはいる。だが一向に減らない敵の数に、どうしたものかと頭を巡らせる。
「こんなところで道具無駄にはできないってのに……」
ギリギリと音が聞こえるくらいの歯軋りをしながら視線を尖らせる。シズクが苛ついているのは目にも明らかだ。
「……あんたのせいよ」
「ごめん。……ほんとごめん油断してた」
数十分前。敵のレベルの高さに驚きながらも、二匹は順調に進んでいた。レベルが高いからか落ちている道具も豊富でそちらにも驚くほどだ。
「そろそろ中間地点あるかしら」
「そうだね、そろそろ」
プラスルをアイアンテールで向こう側の壁に激突させながらシズクはこのダンジョンの階数を思案した。中間地点までの距離が長いダンジョンは、大体規模が大きいのだ。今はおそらく八階ほど。そろそろ中間地点に着いてくれないと少し不安になるところがある。
「それにしてもここの道具、いいものばっかりだね!やっぱりレベル高いとそれ相応の道具が落ちてて来た甲斐があるよ」
「まあ、それも水のフロートの二の次だけど」
「そりゃね!」
足元に落ちていた皆マッハ玉を丁寧にバックに入れながらも、楽しそうに喋る。岩陰から飛び出てきたメガヤンマはシズクの電撃で地面に落とした。
「んー…順調順調」
使った分溜まっていく道具の数をなんとなく数えていく。豊富な種類なだけあって、来る前に揃えた道具よりも多くの道具が溜まっていた。悪くない、と楽観的な思考にもなりがちである。
「あ、シズク、左」
「ん」
高速移動を使いながら突っ込んできたキリンリキを、少し後ろに下がるだけでかわし、勢い余って前のめりになった身体を電気ショックで撃ち抜く。背後に現れたゴマゾウは、技を出す前にケンジによってノックアウトされた。
「慣れてくればなんてことないんじゃない?」
「そうかもしれないわね。今のとこ、厄介すぎる相手には会ってないし」
歩きながら、林檎を片手に腹を満たし、未だ不穏な殺気を放ち続けているダンジョンを巡っていく。所々出てくる敵は不意打ちで大体倒せるようなものだ。おそらく最奥部で待っているであろうボスのような存在をとりあえず打ち倒すまで、体力は温存しておかなければならない。
「……ん?ねえシズク、あそこ、すごいいっぱい道具が落ちてない?」
「え?……あ、ほんと」
しばらく歩いた先でシズクが指差した先には、このダンジョンに豊富に溢れていた道具や、時まれに見つかるという宝箱など、普通見れないような量の道具が巻き散らかされたように佇んでいた。
「ラッキーだね」
「そういうこともあるのね」
完全に当たった、と笑みを浮かべる彼らは、大量の道具が落ちているそのエリアに足を踏み入れた。
そこからは一瞬だった。岩の影やら草影やら、上空、さらに地中から理性を失った敵ポケモンが唸りながらわらわらと出てくる。前後左右と囲まれ、道具を取ろうにも何も出来ない状態が出来上がってしまった。
「なん………何、これ」
「……しまった、油断してた」
顔が強張る。お互い背中合わせに、迫る敵の顔を見、絶望に陥る。さっきまでの高揚した気分はすぐに消えてしまった。訳のわからない状況だが、とりあえず大変な状況だということは悟れる。
「これは……探検家の間でモンスターハウスって呼ばれてて」
モンスターハウス。探検家の中では有名な、避けるべきダンジョンの難所である。レベルの高いダンジョンで遭遇すれば絶体絶命、応戦せず穴抜けの玉でダンジョンから脱出するしか方法がない。一般的に、レベルの高めなダンジョンでよく見られる現象だ。昔は、敵ポケモン達がダンジョンの道具をわざと一ヶ所に集め、その付近に潜み、道具に釣られた探検家がエリア内に踏み込んだ途端、逃げ出せぬように囲って襲うものだと言われてきた。しかし、理性の無い敵ポケモン達にそんな協力するような芸当が出来るはずがないのは、探検家達の証言で分かっている。おそらく、ダンジョン内で発生する時空の歪みのようなものが敵ポケモンや道具を集め、そこにダンジョン内に生息していない外部のポケモンが踏み込むことにより、敵ポケモン達の神経が過敏になり襲ってくるのだと言われている。なんにせよ難しい話で、そんな理屈はモンスターハウスにはまった探検家には関係がない。ここから抜け出すのは穴抜けの玉を使うか、自力で抜け出すかの二択だ。他の可能性はありえない。
「モンスターハウスなんてここ周辺のダンジョンでは珍しいし、まさか起こるとは思わなかったんだよ……ごめんね」
「言い訳も謝るのも後にして。ここまで来た以上帰るのも嫌よ、私。ここは強行突破したいんだけど、道具は諦めてもいいわよね?」
「勿論。命が最優先」
「何か不思議玉あったかしら……種でもいいんだけど」
「縛り玉、一個余ってる!」
「……じゃあとりあえずそれ使って………こんなに囲まれてるから逃げ出すために何匹かと当たらなきゃいけないけど、なんとかエリア外に出れたら勝ちね」
「よし、いくよ」
躊躇いもなくケンジが縛り玉を地面に叩き付ける。ぱっくりと割れた縛り玉の中からは電流が迸り、同心円状に広がり、敵を硬直させていく。
「とりあえず周りから!」
硬直した直後にシズクのアイアンテールが凪ぎ払うように敵を吹き飛ばしていく。彼女の技が当たったポケモンから意識が覚醒しだし、次々と襲いかかってくる。
突撃してくるポケモン達を、尻尾をバネにして飛び上がり避ける。電気ショックをかまそうと身体中に電気を巡らせたとき、彼女は耳元で忙しなく動く羽音を聞いた。
「……しまった」
瞬間、彼女はメガヤンマの羽に撃ち落とされ、敵の群れに突っ込んでいくことになる。空中でバランスを取りながら、周りに電気を放ち、なんとか不時着を避ける。
「シズク、大丈夫!?」
「上にいたの忘れてた……」
割れた所から地面に沿うように流れた縛り玉の電気は、勿論上空には届かない。つまり、上空を飛んでいた三匹のメガヤンマは無傷、ということだ。
「私は先に上を片付ける」
「了解!」
もう一度尻尾を使って上空へと跳ね上がる。目の前に捉えた三体のメガヤンマが、すぐに攻撃しようと羽を突き出すが、それを電撃で弾き、身体を捻ってアイアンテールをぶつける。しかし、滞空時間は限られている。ずっと空中に佇むなんて羽が無いのだから出来るわけがない。彼女は地面に降り立ったらすぐに高速移動を乗せた電光石火で走り、岩を踏み台に更に上えと飛ぶ。そこで身体を回転させながら、十万ボルトをまとったアイアンテールで二匹まとめて吹っ飛ばした。
宙で姿勢を整え、真下の地面に着地する。すぐさま、入れ替わるようにケンジが飛び上がって、はっけいでメガヤンマを撃ち落とした。地面に落ちてくればこっちのもの。シズクの電撃がメガヤンマを撃ち抜き、すぐに動かなくなった。
次第に、痺れが消えてきているポケモン達が、鈍い動作ながらも動き出してくる。不思議玉の効力にも限界がある。再び大量のポケモン達が動き出せば、抜け出せるかはわからなくなってくる。
「全滅させなくてもいいんでしょ!?」
「勿論だよ!道を開けて力ずくでこの先まで行こう!」
電撃が飛び交い、砂埃が舞う。二匹は電光石火でスピードを上げ、立ち塞がるポケモン達のみを攻撃対象にし、エリア外に出るためだけを目的とした。
敵を振り払うのも決して楽ではない。しかし、真正面から全員を相手にするよりもマシに決まっている。
最後まで追ってきたプラスルをシズクの十万ボルトで撃退すると、前方に見えてきた階段に飛び込んだ。ここから上には、モンスターハウスのポケモン達は上がってくることが出来ない。目の前に広がる安息の地。中間地点を示すガルーラ像。死地をくぐり抜けてきたあとの安全地帯に、二匹はほっと一息ついた。
「最悪ね。ほんと最悪」
悪態をつきながら、シズクは砂のせいでくすんだ自らの体毛を見下ろした。所々傷がついて、痛々しい。ここまで全力疾走してきたため息切れしているケンジは、既に岩の上に腰を下ろしていた。
「最小限の道具で抑えられたのがラッキーだったね。ここが中間地点ってことはまだ先があるってことだし」
「次からは気をつけないとね…」
とにかく、モンスターハウスという存在を知ることが出来たのだ。不幸中の幸いというべきか何とやら。
二匹は、一息ついてからまた再出発することに決め、今は側の岩の上に腰を下ろし、しばしの休息をとるのだった。
***
「そういえば今日、シズクとケンジは何処に行ってるの?」
「あー、なんかな、色々あって依頼に行ってるよ」
「へえ。色々って何?」
今日ものどかな風景が広がるトレジャータウン。天気は良好。風は強め。雲の流れる速度が少し早い。賑わう商店では、いつものポケモン達がいつものように過ごしている。
依頼に誘われず、暇を持て余していたスティリンクルと、いつも暇なビアンが、他愛ない会話をしながら並んで歩いていた。朝ごはんにモモンティーを飲んできたからか、スティリンクルはいつもより機嫌が良さげである。鼻歌を歌いながら、風を浴びて会話を楽しんで居る。
「それがほんとに色々あってなあ。えっとたしか……ほら、あそこの二匹」
説明することを億劫に感じてるビアンは前足で指さした先にいるのは、カクレオン商店の店先で、グーンと会話している二匹の小さなポケモン。マリルのラルとルリリのルリアである。陽を浴びて鮮やかな青に光る彼らの身体が、とても眩しい。
「嗚呼、あの二匹。時々見かけるけど、可愛い子達だよねえ〜」
「その二匹にさ、今日脅迫状っぽいものが……」
「おや、スティさんにビアンさん。何か買い物ですか?」
こちらに気付いたカクレオンのグーンが、スティリンクルとビアンに声をかけた。
「嗚呼、いや、そういうわけじゃなくて。今、スティに今日あったことを話しててな」
「あ、もしかして水のフロート関連のあれですか?私も聞きましたよ〜酷いですよね」
「ほんと、大変だったねえ」
スティリンクルは困り顔でラルとルリアに話しかける。だが、二匹は意外と晴れ晴れとした笑顔だ。そこまで不安に思ってないような感じがする。
「でも、大丈夫です!ケンジさんとシズクさんが取りに行ってくれてますから!」
「あの二匹ならば何も心配はいらないんです!」
「そうだね、チームガーネットなら安心だもんね〜」
揺るがない信頼感。流石だな、と少し感嘆した。
「あっ、ナイトさん!」
不意にグーンが口を開いた。目線の先にいるのは、最近トレジャータウンに来訪した件の探検家、ナイトだ。興味深そうなルビーの瞳を覗かせているが、まだ雰囲気に慣れないビアンは背筋に寒気を感じてしまう。
「皆さん、どうかしたのですか?」
「いやね……前にルリア達の落し物について、ここで話したことがあるの、覚えてますか?」
「ええ、勿論。水のフロートの話ですよね?確か海岸に落ちてたとかいう」
「そうですそうです!それがですね、こんなことになってまして………」
グーンはナイトに一から十まで全てを話した。所々大袈裟な感情表現のようなグーンの愚痴のようなものが入るが、それもまたご愛嬌。
「へえ、そんなことが………誰がどんな目的でそんなことをするのかわかりませんが……しかし悪質な輩ですね」
「ですよね!!こんな幼い子達にそんな酷いことをするなんて……わたしゃ許しておけませんよ!」
「僕も僕もー!」
怒ったような顔つきで、スティリンクルはグーンの言葉に、賛成!と手を挙げた。それを静かに見ていたナイトが、再び質問する。
「それで、彼らは……チームガーネットの二匹は、何処に向かったんですか?」
「えっと、エレキ平原です」
「……え、エレキ平原、ですか?」
急にナイトの顔が険しくなった。怒り心頭だったグーンとスティリンクルも、ナイトのそれに気付き、怒り顔のままナイトを見つめる。
「まあ、エレキ平原は確かにレベル高いとこだけどさ、あの二匹なら多分平気……」
「いや、だめだ。エレキ平原は、この時期は確か……
まずい、このままだと危ない!」
言い出すやいなや、ナイトは無い足を急がせてダンジョン方面へ向かって飛び去ってしまった。黒い巨体は、みるみる遠くへ消えていく。
「えっ……な、ナイトさん!?ナイトさーーん!」
グーンが必死に呼ぶ声も、もう聞こえてはいないだろう。状況が理解出来ていないその場の五匹は、ただ呆然とするしかなかった。
何か感じていた。あの二匹を、放っておくことはいけないことだと。人助けなんて縁がなかった。正直、ガーネットの二匹がエレキ平原で敵に負けてしまっても、所詮他人事。自分とは何も関係が無いはずだ。なのに、本能なのかなんなのか。突き動かすものがあった。
周りのポケモン達と同じ、あの二匹が醸し出す雰囲気に、惹かれてしまったのだろうか。そういうことだけは、あまり考えたくない。
この判断がいい事だったのか悪い事だったのか、彼にはまだ知る術はない。だがいつか、この行動を後悔する日が来るのかもしれなかった。