#121 客観的
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「………え!?セカイイチの入荷予定はこの先全く無い!!?」
「まあそりゃ滅多にあるもんじゃないし………無いのが普通なんだとは思うけど」
朝礼場にて、チームガーネットの二匹と向き合ったラペットは非常に焦った様子で声を荒らげていた。そんな彼をかなり冷めた目で見つめるシズク達は、ただ淡々と答えを返している。
「嘘、そんな………ガッッカリ………どうしよう……」
見るからに落ち込んだラペットは、言葉と共に溜め息を漏らした。ラペットとシズク達のリアクションの差は、おかしく見える。
「………俺達が取ってくるっていうのは」
「はあ?ばっかじゃないのあんた。そんなの死んでも嫌」
「だよね。俺も」
林檎の森に関しては、彼らにはトラウマとまではいかないが十分嫌な思い出が満載だ。依頼でしょうがなく行くこともあるが、セカイイチの生る木が生えている奥底には二度と行きたくないのである。
ラペットも、一度『セカイイチを取りにいく』という任務を失敗して帰ってきた二匹に、また同じような仕事をやらせることに反対ではあるものの、そうなると自分が取りにいくしかないので面倒くささと失敗への恐れとの間で揺れている。
「で?あんたが行くってことになるのね?林檎の森」
「………まあ……結局はそうなるのだな………」
羽で頭を抱えるような仕草をしながら、ラペットは息を吹き出した。こう弟子に押されるようじゃ上司として情けなさすぎるなあ。悶々とするが、今から準備を始めなければ夕飯に遅れてしまうかもしれない。林檎の森まで行くのと親方に潰されるのとでは森まで行った方が幾分かましだ、と自分を納得させたラペットは、遠征からは使っていない探検隊バッグを探しに自室に戻りに行く。
「……あ、お前たち、今日もいつも通り依頼をこなしてくれ。わかったな………」
「うん、わかってる」
明らかに疲弊している様子をわざとか否か醸し出すラペットを完全スルーしてケンジが「じゃあ」と片手を上げた。シズクに至っては見向きもしない。
そうだ、こいつらはこういう奴だった。こんな弟子に助けを求めるような雰囲気を出してもなんにもなりゃしないのは分かりきっていた……それでも可能性を考えてしまった彼は、自分を叱るように羽で頬をぶっ叩いた。
「………私もしっかりしなくては」
***
「今日はスティいないみたいだね」
「そうね。ま、いてもいなくてもどっちでもいいんだけど」
嘆くラペットをおいてけぼりにしたガーネットの二匹は、依頼場所に向かいながらスティのことを話していた。
気まぐれに来ると言っていたため、今日来なくてもあまり気にすることはないのだろう。だが、昨日スティがいたおかげでスムーズに依頼が進んでいったので、口ではそう言いながらシズクの言葉にはどこか物足りなさが漂っていた。それを感じ取り、ケンジは少し不機嫌になる。
「………スティがいた方がいいと思ってる?」
「どう解釈したらそうなんのよ。どっちでもいいって言ったでしょ。
………………それに、あんたがいるから別になんでもいいのよ」
「それはとても嬉しいですね!!!!!」
彼女の一言で目を輝かせたケンジの言動にシズクは怪訝そうに眉をひそめた。それに気付いているのかいないのか、ケンジはスキップで進んでいる。
「………馬鹿じゃないの」
微笑みながら呟く。
「ねえシズク」
「何?」
「俺達ってさ、客観的に見たらどんな風に見えるのかな」
「………?それはつまり、どういう意味?」
「んー、俺達のチーム……俺達二匹の関係っていうのかなぁ?周りから見たら俺達ってどんな風に映ってるのかなって、なんか気になって」
「へえ、あんたでもそんなこと気にするんだ」
「その言い方は酷いよ!」
「ま、今まで言われたことはリアンのことだけだけど。私は正直どうでもいいのよね。周りにどう思われてるのか、とか。どうでもいい」
「俺がいるから?」
「そんなことは言ってないでしょ、馬鹿!」
***
「あれ?君は………?」
シズクとケンジが依頼に出掛けた丁度その頃、トレジャータウンのあまり目に付きにくい場所に存在する建物に、サンダースであるビアンが入っていった。
素材は木と土のような簡素な造りだ。辺りには岩と骨が散乱しているようだ。此処はガラガラ道場。依頼では物足りない探検家達が更に力をつけるため、鍛練に鍛練を重ねる場所だ。
ビアンは、今まで旅をしてきたおかげで十分力はついていると自負していた。けれど、あのケンジの佇まい、隣にいるパートナーの威圧感を真に受け、これで十分なのかどうか、不安になったのだ。まだ彼らの戦っているところを直に見たことはない。それでも不安になったのは否めない。
というような成り行きで道場に来たわけだが、そこには先客がいた。道場となるダンジョンに続く穴の前で、今まさに入ろうと言う雰囲気のポケモンだ。
星のようなフォルム、ひらひらと漂う短冊。たしかジラーチという種族だったはずだ。何故幻のポケモンが此処にいるのだろう。
「んー?誰?」
「あ、えっとね、最近此処に来たサンダースのビアンっていうんだ。よろしく」
「へえ、そうなんだ!僕はジラーチのスティリンクル!!僕も最近目覚めて此処に来たばっかなんだ!」
一通りの自己紹介を終え握手をしたのち、二匹は穴の向こうに待ち構えているだろう数知れずの敵ポケモンを睨み付けるように奥を見据えた。
「因みに君は、どの間にしたんだ?」
「炎の間」
「へえ……じゃあ俺も一緒に行っていいかな?」
「勿論いいよ!」
道具の入ったバッグを経営者であるガラガラに一旦預け、二匹は穴の中へと入っていく。
あちらこちらで火が揺らめいている。確かに暑いが、まだ耐性のあるような二匹は汗をびっしょりかきながら進んでいた。
「そういえば、スティリンクルさんはどうしてこの道場に来たの?幻だから、元々強いような気がしたけど」
「嗚呼、スティって読んでくれていいよ!さんもいらないし。
んー、まあ千年も眠っていれば身体も鈍るから、感覚を取り戻すためっていうのもあるけど。それにね、昨日チームガーネットっていう探検隊の依頼にお供させてもらったんだけど」
「チームガーネット……?」
「うん。ピカチュウのシズクと、リオルのケンジ、二匹のチームなんだ」
「へえ………そのケンジって奴と俺さ、昔友達だったんだ」
「えー、そうなんだー!」
近付いてきたマグマッグを電撃で吹っ飛ばしながら、ビアンはへえ、と思っていた。なるほど、あのつんとした美形なピカチュウ、シズクというのか。あの蒼い眼、白い尻尾、普通のピカチュウとは外見も雰囲気もまるで違う。引き付けられるような魅力を感じたし、ケンジがあのこに心を許しているのを不思議と納得してしまったのだ。
「それでね、その二匹の強いのなんのって。僕が大分でしゃばって、敵をほぼなぎ倒していってたんだけど、二匹が援護で撃ってくれる技の威力がね、そりゃもう強くって。進化前の、普通のポケモンじゃないだろっ!ってくらいに。
だから、なんか僕もすぐ追い付かれそうで。もっと強くなりたいって思ってね」
「……まあ、後ろにいたはずのやつが、いつのまにか自分を追い越しているのって、惨めな気持ちになるよな………」
呟きながら、ビアンは頭のなかにイーブイの妹を思い浮かべた。いきなり探検隊になりたい、なんて言い出したことには驚いた。まだ力も無かった彼女が、今はどのくらい強くなっているのだろう。あとでギルドに訪問してみようか。
「………その、チームガーネットのこと、俺まだ全然知らないんだよね。ピカチュウのシズクちゃん?とは、喋ってもないし」
「まあ、僕もそこまで知ってるわけじゃないよ。もっと長い付き合いの誰かがいるはずだしー」
「それでも、俺よりスティの方が知ってるでしょ?」
「んー、そりゃそうなんだけどさー。でもそういうの、言葉にするのって難しいんだよね」
それは確かにわからなくもないことであるが、好奇心と探求心はどこまでも消えないものだ。もっと知りたい、という思いが浮かんでくれば、なんでもいいから知りたくなる。
「興味が沸いてきているんだ。特に、あのシズクちゃん」
「嗚呼、いいよねあの子。僕好きだなあ……きれいだし、ケンジとの会話が面白いんだよ」
「ケンジとの?」
なんだか不思議な気持ちだった。ビアンが彼に出会ってからは、意気投合した友達のように接していた。けど、会話となると大体ビアンが一方的に話を進め、『会話が面白い』と感じたことはなかった。ケンジはどこまでもクールで、感情を表に出さなかった。
「それに、僕の考えなんだけどね、あの二匹のチーム、外から見ると性格全然違うちぐはぐなコンビで、僕最初二匹の雰囲気見たとき、なんかチームワーク大丈夫なのかなってちょっと思ったんだ。でも、実際依頼に同行してみて、ちぐはぐなんかじゃないって分かったんだ。
お互いどこか通じあっていて、表には出さないけど見えないところで信頼しあってて。磁石のN極とS極が気持ちいいほどぱちんってはまってる感じ。いいチームだよ。ほんとに」
「………そうなんだ。俺も彼らともうちょっと接してみなくちゃな」
「そうだね」
「あと、シズクちゃんのこと、スティはどう思ってる?」
「ん?嗚呼、シズクのこと」
スティは考えをまとめるように目を瞑り、その脳裏に彼女の姿を思い浮かべた。見れば見るほど吸い込まれる、どこまでも妖艶で、どこまでも美人なシズク。
「シズクはね、すっごく不思議だよ。雰囲気からそれがわかる。すごく、不思議な子」
「それは大体俺も分かったな……。
何か、他人を引き付ける能力を持ってるような気がする。何処かに」
「確かに」
ビアンはシズクのことを全く知らない。昨日会ったぐらいなのだから当たり前だ。だが、それでも印象は頭のなかにしっかりと残っていたけど自分が彼女に惹かれていたことも否定できない。
「はー……可愛いもんなぁ、シズクちゃん」
「でもケンジのガード固いから滅多に馴れ馴れしくなんて出来ないと思うよ〜」
「え、ケンジが?へぇー……」
あの、悪く言うと冷酷とまでいきそうなケンジが、そんな感情を持っているだなんて庄司想像もできていなかった。それを聞くと、ますます興味が沸いてくる。
「でもシズク自身も冷たいとこあるんだよー。冷たいっていうかぁ、サバサバしてるっていうか?あ、けどケンジにはちょっと甘いかもー」
「なんだ相思相愛かよ………」
ビアン自身シズクのことがもっと知りたいと思っていた。あのケンジに恋愛感情と思しきものを芽生えさせ、あそこまで人格を変えることができるなんて、一応親友ではあったはずのビアンでさえ無理なことだった。
一体、シズクがケンジと出会ったとき、どんな感じだったのだろう。やはりまだクールで、彼女と生活していく中で、だんだんと変わっていったのだろうか。それとも、シズクがケンジと会ったとき、既にケンジは今のように溌剌としていたのだろうか。いや、それはないだろう。ビアンはその考えを頭から追い出した。
道場の一番奥にたどり着き、そこにいる敵のレベルが始めより大分高くなっていたために会話は一旦中断した。進むにつれ手強くなる熱さを振り払い、階段付近にたむろっていたマグマッグの集団を吹っ飛ばし、なんとかダンジョンを突破することに成功した。
「あっつかったぁーー!」
「はぁー外涼し!!」
ぐっしょり湿った体毛から汗の雫をたらしながら、二匹は出口から飛び出てきた。ガラガラから、預けていた荷物を受け取り外に出ると、爽やかな風が濡れた身体を優しく冷やしてくれる。外がこんなに心地よく感じたことはない、というように二匹は風を一身に浴びた。
「ね、大分力ついた気がしない?」
「嗚呼、一回越えるだけでこんなに変わるんだな」
共にダンジョンを突破したせいか元々人見知りではないスティリンクルとビアンは昔からの友達のように打ち解けていた。ぱたぱたと小さな手で身体を扇ぐスティリンクルを、四足歩行でそういうことができないビアンは少し羨ましそうに見ている。だが、とりあえず自然乾燥に任せるようにしたようだ。
ダンジョンの中に、かなりの時間いたらしい。辺りはもう赤に染まり始めていた。十字路の方向に進むにつれ、早めに帰宅してきた探検隊が楽しそうに談笑しながらギルドへと歩を進めていた。だが、何処を見てもピカチュウとリオルのコンビはいないようだ。少し話したいと思っていたイーブイの少女も見つからない。まあ仕方ないことだが。
「あのさ、ビアン。僕此処の地下にあるカフェに行くつもりなんだけど、ビアンも来る?」
「おお、カフェ?そんなのあるんだ。ちょっと行きたいかも」
「おっけ!此処だよ!」
鍛練のあとの一服に丁度いいと考えたビアンは、カフェに着いていくことにした。スティリンクルが指したのは地下へと続く穴。そこから微かに賑やかな話し声が聞こえてくる。
何にしろ、ケンジが変われたのはいいことである。しかし、自分でさえそれが出来なかったのに何故シズクに彼を変えることができたのか、それが気になる。少し悔しいのは確かだし、どうしてシズクに出来て自分にできなかったのだろう。
もっと、彼らが知りたい。
カフェへ向かう階段を降りながらの複雑な考えは、明日彼らに会って直接話すときまで取っておこう。
ビアンは微笑んでカフェに入った。