#116 星降る夜の来訪者
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今日の依頼は、遠征翌日ということで皆少ないもので済ませているようだった。お尋ね者系の依頼なんかは、万全でいかなければAランク以上だと返り討ちにされる危険性があるので、それを今日の依頼に入れているチームはどうやらいないようだった。
シズク、ケンジ達のチームガーネットは、自分達に有利だと言える、水、岩タイプが多いダンジョンの依頼を集中的に受けていた。内容も、迷子のポケモンを探したり道具を見つけてくださいというような、あまり力を使わないといえば使わないものばかりであった。
それに、いつもより依頼量も少なかったので夕食まで余裕で帰って来て、空が茜色に染まり始めた頃に戻ってきた。一応敵そこらにいるという緊張感に押され眼は冴えているものの、まだちょっとだけ不機嫌さが隠せていないシズクを見て、今日は少し早めに寝ないと、とケンジは密かに思っていた。
「はー…………疲れた………」
「依頼三件でいつもと同じくらい疲れたわよ、私。これで八件受けてたらどうなってたのか………想像もしたくないわね」
夕食の時間まで仮眠でも取ろうか、と意見が一致してギルドに入り、弟子達が屯している地下二階まで降りる。地下一階には、今日此処に訪れて瞬く間に人気者になったナイトが掲示板を見て何やら情報を仕入れているところを目撃した。ケンジはやたら話し掛けたがっていたがそれをシズクが止め、軽く会釈しただけで通りすぎた。
「ねえ、なんで話させてくれなかったのさ!?」
「うるっさいわね!あのナイトってポケモンに話し掛けたらあんた絶対そればっかりになるって思ったからよ!!私少しでも長く寝たいの!!」
「じゃあシズク一匹で部屋戻ってればいいじゃん!」
「あんただって休息が必要でしょ!?」
シズクが自分のことを気遣ってくれていた……と、そう思えるような言葉を聞いたケンジはそれだけで凄く嬉しい、という気持ちに陥ってそれ以降何も言えなくなってしまった。彼女は彼女で黙ったんならいいや、と、さっさと部屋に戻ろうとしてしまう。それをぼーっも見つめながらまだ幸せの余韻に浸っていたケンジは不意に、弟子部屋の通路へ向かう入り口前にラン達サンの兄妹が溜まっていたところを見つけた。
「あれ………?ラン達じゃない?」
「そうね。何してんのかしら」
とりあえず興味を持ったので近付いて何があったのか探ることにした。どうやらそこにはサン、フライのチームエメラルドもいて、何か話しているようだ。
「ねえ、何してるの?」
「あ、ケンジ達」
「なんか厳かな雰囲気だったけど。なんかあった?」
「えっと、ちょっとね〜……」
隠そうとしている様子のアリアだが、そんな彼女のことをリアンが尻尾ではたいた。痛そうに前足を押さえるアリアを見ながら、直ぐはたいたりするの、シズクに似てるなぁ、とケンジは考えた。その考えがどうやらシズクに察せられたようで、物凄い眼光で睨まれてしまった。
「なんで叩くの?」
「別に隠すことじゃ無いでしょ」
「口で言って!?」
「でも、そうよ、リアン。全然隠すことじゃない」
「…………いい加減、何があったか教えてくれない?」
真相を明かそうともせず周りだけで話している彼らに痺れが切れたらしいシズクが苛々と尻尾を揺らしながら、尖った言葉で突っ込む。
「そーだよ、姉さん達。私だってちゃんと聞かされてないしー」
「だから、大したことじゃないっての。
…………私たち、明日には此処を発とうと思ってるの。それだけよ」
サンの抗議の声も浴びせられた末に、ランがどうってことない、と手を振りながらあっさりと答えた。それに一瞬呆然とするが、確かサンの兄妹達は遠征の助っ人としてギルドに短期間滞在する予定だった。同じく助っ人であるドクローズの三匹は霧の湖に辿り着けていない上にそこから蒸発してしまっていて存在すら不確かであるが。
「サンの元気な姿も見れたし、ケンジの変われた性格も見れたし、新しいパートナーってことで知り合ったフライ君とシズクちゃんにも会えたし………私は満足。元々放浪癖ある家族だし、もっとぶらぶらと遠くを旅したいのよね」
「嗚呼、俺も満足だな。かなり楽しかった。ここでの生活は」
「僕たちはもう此処にいる意味もそこまで………ない。だから、出ようと思うんだ」
「…………そう。ちょっと寂しくなるわね。ちょっと」
「………うん、俺としてはランがいなくなった方が気が楽になるかも」
「失礼ながら僕も同感だ」
「ランってしつこいし煩いよね〜」
「ねえ待って、皆酷くない?ねえ酷くない?サンさ、折角の兄妹がいなくなっちゃうんだよ?もっと別れを惜しんだりしてもいいんだよ?」
「そこが鬱陶しいって話だろ」
意外と別れを悲しむような言葉は聞かれなかったことに憤慨したサンが四匹を問い詰めるが、それもラックに止められる。どっちにしろ、少し寂しくなるのは事実だった。
「じゃ、今日の彗星と流星群見て出るってことね」
「うん、そういうこと」
「見納め?」
「そうなるな」
わいわいと盛り上がるこの会話の流れも、今日が最後になるのだろう。騒がしかったり振り回されたり色々あったが、まあ楽しかっただろう。
「依頼とか一緒に行ってくれてありがとー♪」
「ほぼお前が強引に着いていったんだろ」
「ケンジ、お話聞いてくれてありがとね。シズクちゃんの嫉妬も見れたし………」
「なっ!?あのね、あれは嫉妬じゃ…………」
「弟がもし此処に来たら、よろしくな、ケンジ」
「いや………」
結局仮眠する時間はほとんど無くなってしまったが。また彗星と流星群を見るその時間が、とても楽しみに思えてくる。話し込んでいれば、空はすっかり暗くなっていた。
***
只今話題沸騰中、大人気の探検家、ナイトは、ギルドの掲示板を眺めていながら思考は遥か遠いところに吹っ飛んでいた。情報収集が容易く出来る場所、ギルドに入れたこと、それはそれでいい。多少の不安要素もあるにはあるが、それもまだ分からないことだらけだ。
気になるのは、この夜千年ぶりに起きるとされる彗星と流星群が見れるという光景についてである。千年ぶり、彗星。流星群。成程、私は大分丁度いい時期にこの世界に来たようだ。少し早ければ目覚めるまで待たなければならなくなるし、遅ければその間に何か余計なことをされたかもしれない、と不安が差すかもしれない。あのお方の時間特定は確かに素晴らしいが、そこはあまりに不確かすぎて特定が難しかった。だが…………本当に運がいい。やはり世界は、このまま進んでいくことを望んでいるのだろう。
(何にしろ…………きっとあいつは、今日目覚めるはずだ。彗星による影響と僅かな時の歪みによりこれからずっと起きているだろうが…………そしたらあの洞窟に向かうか。いや、そこもまた情報が少ない。その洞窟の情報を得るために此処に入ったというのもある。やはり私たちの世界での情報不足は此方にも影響するものなのか…………調べる前にあのリハンデ等が過去に行ったから、追わなければならなくなった。そこからも調べたが上手く隠されていて…………しかもあの女も邪魔してきて………くそ、考えすぎたら苛々してくるな。あいつらの話は…………。
とりあえず、明日は情報の仕入れと探索だな。世界の運が、また此方に向いてくれればいいが………)
明日の予定を決めながら、ナイトは焦点の合わない目で掲示板に貼られた依頼を眺めていた。どれもこれも安っぽく平坦な願いやらなんやらばかりで、こんなものを受けては毎日ダンジョンに走っていく探検隊がどうも哀れに思える。勿論、自分だって一応探検家を名乗っている身なのだから自分も哀れだと言っているようなものだが、その依頼に臨むときの気持ちが違うだろう。自分も依頼は受けるが、単なるレベル上げぐらいにしか考えていない。
そうやってこの甘すぎる平和の世の中を嘲っていれば、なんだか高いような低いようなどっちでもないような声が聞こえてくる。
「あっ、ナイトさん!」
それはこのギルドの親方の一番弟子と自称している取締役のペラップ、ラペットであった。色とりどりの羽を忙しなく動かして話しかけてくる。ナイトはそれに、今さっきまで考えていたことを悟られないように愛想笑いを浮かべて対応した。
「これはこれはラペットさん。どうしたんですか?」
「いやあ、ギルドにいるのなら夕食も此処で摂って頂こうかと思いまして…………」
「嗚呼、いえいえ。そこまでお世話になるつもりはありません。料理くらいできますから」
「は、はい!分かりました!流石ナイトさん…………ほんと何でもできるんですねー…………」
「そ、そんな…………私にだって出来ないことくらいありますよ〜」
照れた様子で紳士に返せば、ラペットはにっこりと尊敬したような笑顔を向けてくる。それを見ながら、一体自分は何をしているのだろうか、という馬鹿馬鹿しい気持ちになった。しかしそんなことは表に出さない。適当にラペットとの会話を繋げていく。
「あ、そういえば。今日彗星と流星群が見れるって話が………」
「ええ!知っています。見てみたいですよね」
「そ、それなら!その時、弟子達や街の住人達も訪れると思うので、ギルドの前に来てくださって構わないですよ!!このギルドがある場所はトレジャータウンよりも高台に造られてるんで、トレジャータウンにいるよりきれいに見れると思います!!」
「あ、いいんですか?それなら、少しお邪魔するかもしれません」
にこにこと笑いながらそんな話を終え、ではまた夜に、と別れていくラペットを見送る。
世界の運命がどちらへ傾くか。その鍵を握る一匹が目覚めるときの光景を見てみても、悪くはないだろう。
***
「起きなさいっつってんでしょうがぁぁあ!!!!」
「ぎゃぁぁあああ!!?」
ホーホーが鳴くような深夜。光も僅かになり本当の暗闇を味わえる時間帯。普通なら静かであろう時間に、ギルドの部屋の一つから爆音のような音と間抜けな悲鳴が轟いた。
説明する必要もないだろう。電気を爆発させたのは、悲鳴を上げたのは誰か、直ぐに分かるであろう。勿論、シズクとケンジの二匹のものである。
「ふぇあ!?い、今何時!?」
「時計見なさいっての!今は1時35分!さっきフライ来て、それから合計20回あんたを叩き起こそうとしたんだけど!!」
「ごっ、ごめん!!ぜんっぜん気付かなかったぁ!!!」
「彗星見たいっつったの誰よ!!?ほらさっさと起きる!!まだ目ェ冴えなかったら水でも浴びてきなさい!!」
「わかった!わかったわかったから!!落ち着いて!」
「ケンジ起きたかー?」
シズクもまた寝起きだからか、少し眠いからか、いつもよりピリピリしている彼女とケンジのほぼ一方的な言い合いに終止符を打ったのは扉から顔を覗かせたフライだった。後ろにはしきりに目を擦っているサンを従えている。
「今起きたわ」
「うん、起きた………起きた起きた………」
「時間にはまだ大分余裕だから、水でもぶっかけるか?ちょっとこのサンにも浴びせようと思ってるんだが」
「嗚呼…………そうね。ヘイライに頼む?」
「そうしようか………じゃあヘイライ呼んでくる」
「分かったわ。…………二度寝してんじゃないわよ」
フライとの会話の時にもケンジが二度寝しようと無意識ながらうとうとしているところを、またシズクに呼び止められた。夢と現実の境を行き来しているような彼の姿に、これは水浴び必須だな、と思っている。
「連れてきたぞ」
「ヘイ!来たぜ!寝起きでまだ目、醒めてねーってか?よーし、任せとけー!!」
それから数分後、ヘイライが噴き出した水を存分に浴びてしっかりと目を醒ましたケンジ、サンの二匹はシズク、フライと共にギルドの前に出てきていた。ギルドの高台では彗星と流星群が見やすいだろう、ということが広まったようで、街の住人やギルドの弟子達、勿論ラペットやパティ、そしてナイトもそこにいた。見事に晴れている夜空を見上げ、今か今かと、星が流れるのを待ち望む。
「…………すっごい、寒い」
「風、冷たい…………寒いぃーフライー…………」
「お前がさっさと起きないのが悪いんだろ」
「酷い…………」
びしょびしょの体毛から水をぽたぽたと滴らせながら立っている二匹は、夜風に晒されてふるふると身体を震わせている。生憎周りに炎タイプはいないので、身体を暖める術はない。冬のように寒いという訳ではないが、だからといって暑いわけでもないこの時期に、びしょ濡れで外に出るというのは辛かった。
藍色の空に、ぽつりとある濃紺の雲がゆうゆうと漂う。時折、銀色や金色、赤、青に瞬く星もある。一体何光年先からその光を投げ掛けているのだろう。今自分達が見ているのは、何百年、何千年前の光なのだろう。
「………神秘的」
「……うん………」
三十分から一時間程、そこで星を見上げていた。上を向いていれば、その一時間だってほんの一瞬に感じてしまう。時々言葉を交わしながら、じっとその時を待つ。
そして。
「………………あ」
「ん?シズク、どうし………」
不意にシズクが天へと指を伸ばす。何だろう、とその指の先へと目を向けたケンジは。言葉を終わらせないまま、その輝きに見事に呑まれていく。
「う、わぁ…………」
どんどん空を見上げるポケモン達が増えていく。シズクの一言を合図に、ぽつぽつとした話し声が、どよめきと驚きに変わっていく。美しさに眼を見張り、夜空の光景に感嘆の声を出し。ポケモン達は、一斉に上を見る。
「すっごい…………」
「きれいだ………」
彼らの眼に映るもの。それは、先程まで煌めくだけだった星々を縫うように、まるで雨のように降り注ぐ白銀の流星群。そして、その流星群を背景に一際大きく輝く…………彗星。オーロラのような蒼と銀の尾を引き、紅の花を散らし、儚げに、それでも力強く、暗い空に鮮やかな線をずっとずっと描いていく。
いつもより圧倒的に華やかになった空。蒼と銀に呑まれる生き物達。それらを引き立たせる、金に光る満月。その全てが、この世のものとは思えないほどにきらびやかで、美しい。
「はあ…………」
「きれいね…………」
それはまるで、宝石のようだ。彼女の蒼く輝くサファイアのような瞳が。彼らの首に掛かるオパールのペンダントが。フライの翡翠色の瞳が。この夜に起こった幻のような出来事を、これまた綺麗に飾っていた。
────千年彗星。美しき蒼と銀の儚い光。見たこともない白銀の雨。星の降る夜。星は、また目覚める。これからはきっと、永久に。
***
「…………で?真夜中に起きたから今日も寝坊したと?」
「すみません……ほんとすみません…………」
翌日のことである。この世界から切り離されたような光景を見たあと、直ぐに寝床に戻ったのだが、案の定ケンジは朝早く、いつもと同じ時間に起きることは出来なかった。早々に目が醒めていたシズクは、昨日と同じだな、と思いながらケンジを叩き起こす。それでも起きない彼に苛ついて色々暴力沙汰に発展した後、ケンジがシズクに土下座している。そんな状況である。
「ったく…………今日は依頼八件やるからね」
「ごめん…………ごめんシズク………許して………」
ケンジを引っ張って朝礼場にいけば、既に全員が揃っている様だった。彗星と流星群を見たのは全員の筈なのに、なんで皆遠征帰りの日よりピンピンしているんだろうか。このギルドの不可思議さと何故か自分だけが寝坊したという事実にちょっぴり恥ずかしくなったケンジは、朝礼の間中シズクの影に隠れようとしていた。勿論シズクにひっぱたかれたが。
「なんで皆そんな普通に起きれてるのー?」
「さあ?別に長い時間起きてた訳でもないし、疲れてもいなかったからじゃないの?」
「うん…………そうかもね……」
どこか憂鬱なまま朝礼を終え、さあ今日も一仕事、と掲示板のある階にのぼる。今日なナイトはギルドにはいないようで、掲示板のある階にはいつものようにベントゥやシニー、ヘイライ、サン、フライなどがいた。
「今日はどうする………?」
「普通の依頼五件とお尋ね者依頼三件」
「待ってハード………俺のことも考えて……この状態でお尋ね者依頼とかやられそう………」
「それで痛い目みればあんたの為にもなるでしょ」
「え、何処が!?」
話をしながらも、ちゃんと見ているのか適当なのか依頼書をべりべりと剥がしていくシズク。内容を見れば、まあ普通の内容だけど、Aランク辺りを取ってってるらしいので難易度が高いものばかりである。
「……二件くらい減らさない?」
「減らさない」
彼女のきっぱりとした態度にケンジは、これはもう覚悟を決めなければ、と項垂れた。
昨日の依頼、遠征などで使った道具の補充とバッグの整理を兼ねて外へ出ようとする。シズクは依頼書の実行スタンプを押しながら梯子を上ろうとしていたので、それは無理だろうとケンジが止める。やることはやれるときに効率良く済ますものでしょ、と言うシズクだが、それは全然効率的とは思えない。とりあえず上に上ろうと梯子に足を掛けて。
そしたら何かが、上から降ってきた。
「………何?」
「それは俺が聞きたいよ……いてて」
降ってきた何かに潰された衝撃で痛む頭を擦りながら、ケンジは今さっき自分と衝突した正体を確かめようと顔を上下に動かした。右にも左にも、前にも後ろにもいない。何処にいるのだろうか。………答えは、上であった。
「いっやー此処がギルド?初めて来たなぁ!!なんか楽しそうでいいじゃーん♪」
溌剌としたアルトの声。妙に元気なようで、声色がすごく楽しそうだ。上を見上げながら、その場の全員が一時呆然とした。
小柄な身体である。星を象ったフォルムの頭には、青緑色の短冊がそれぞれ三つついている。雪のように真っ白な体色をしていて、帯のように生えているひらひらした布のようなものも、どうやら身体の一部のようだ。くりっとした黒い瞳は、穢れを知らないようにきらきらと輝いている。
「…………誰……?」
「え………?」
正体の分からない、得たいの知れないポケモンの急な登場に何だコイツ、と失礼なことを心のなかで呟くケンジと、何か分かったのだろうか、驚きの声を漏らすシズクがいた。
「あれ、すいません!親方の部屋は一階じゃなくて地下二階で……」
次に、茶色く丸い頭が梯子の下から突き出てきた。これは分かる。ディグダであるリナーのものだ。まともな奴に会えた、と思ったらしいシズクは、リナーを問い詰めにかかる。
「ねえ、何なの、この状況」
「あ、えっと………この方はさっき見張り穴を通過してギルドに入ってきたポケモンで………というか、ベントゥさんに会いたいって言ってたんで、通したんですが……」
「………ベントゥに?」
今度はシズクの視線がベントゥに向けられる。彼女の矛先が自分に向いてきたかのように思えて一瞬肩を震わせたベントゥだったが、直ぐに落ち着くと、先程乱入してきたポケモンの方に眼を向ける。どうやらベントゥは、このポケモンを知っているらしかった。
「…………久しぶり、でゲスね」
「うん、結構の間会ってなかったよねー♪」
「………?ベントゥ、知ってんの?」
「そうでゲス。此処のギルドでは、サン達より前に入った弟子達は多分皆知ってると思うんでゲスが…………」
「そーそー。ベントゥはさぁ、僕が住んでた『星の洞窟』に願いを叶えに来てさ!色々話したんだよねっ!」
「で、その………ベントゥの知り合い?の方はさ、一体何者なの?」
「……?知らないの?あんた」
「え?」
「このポケモン、ジラーチでしょ。確か千年に一度、七日間だけ目覚めて誰かの願い事を三つまで叶えるっていう」
「あ……き、聞いたことはあるけど、見たことはなかった………」
何故だか知っていたらしいシズクの言葉に、ケンジはやっと理解できたようだった。彼は、ジラーチ関係の本を読んだことはあるらしいのだが挿し絵があるものでは無かったために姿を確認したことはなかったそうだ。伝説系の話でシズクがケンジより知っていたのは初めてだな、とサンは思う。
「ジラーチだってー。知ってた?フライ」
「え……あ、嗚呼…………まあ、な」
またなんだかどもっている彼の言動に、サンは可笑しいと思っているのかいないのか分からないが、ふんわりと笑うだけであった。
「そう!正解!!僕はジラーチのスティリンクル・リュスイオールだよ!!名前長いから縮めてスティとも、ステラとも読んでくれて結構だよ!」
変わらない楽しげな声で挨拶を終えたジラーチ………スティリンクル。突然の乱入でまだ頭が混乱していたギルドメンバー達も大分落ち着いたようで、星の洞窟のことで談笑したり自己紹介を交えたりしてなんだか楽しそうになっている。
「千年に一度目覚めるってなら、なんで今起きてるんだろ?」
「ジラーチって種族は、危険を感じたら眠ったまま戦って………そのジラーチに勝つことが出来たら目覚めるらしいわ。ベントゥには………言い方悪いけど、強引に起こされたんじゃない?本当に起きる時はここ最近………だったり」
「そういえば。ジラーチに付き物の伝説といえば、千年彗星の話なんだけど。千年に一度起こる彗星が流れる日に目覚める………とかなんとか」
「………それがほんとなら、あの彗星と流星群の夜に目覚めて………此方に来たってことね。久しぶりっていう、ベントゥに会いに」
まずは親方の部屋に行ってパティに挨拶しなければ、と下に降りていったスティリンクル、それに着いてベントゥもまた降りていく様子を見て、二匹はとりあえず依頼をしなきゃ、とギルドの外に出ていく。
「ねえ、フライ。依頼行こーよ」
「………分かって、る」
「最近なんか可笑しいよ?どうしたの?」
「なんでもねぇよ。ジラーチって種族が、珍しかっただけだ」
「うん、珍しいよね〜。可愛いしさ、あの子」
パティとの挨拶をさっさと済ませたようで、まるで冒険をしに行く、とはしゃぎながらトレジャータウンに向かっていくスティリンクルを、追うようにフライはさっさと梯子を上った。それに着いていくサンもまた、楽しそうに笑っている。
───────来たか、スティリンクル。やはり世界の運は、私に向いているようだな。自ら来てくれたおかげで、探す手間が省けた。
─────なんで此処に来てしまったんですか、スティさん。近い方が守りやすいですが、洞窟の方が安全ではあったはずです。幻の種族、他にない名前。きっと直ぐにバレてしまう。殺されないでください。僕が………ちゃんと、守りますから。一番近くにいる、僕が。