02 モコモコの話
問題が積み上がった。山積みだった。キキョウシティでのジム戦を終えた僕は、かろうじて一つ目のバッジを手に入れる事が出来た。ポケモンジム初挑戦、そして初勝利を飾ったわけだ。
直前にマダツボミの塔へ登ってみたのが良かったのかもしれない、月陽さんと会えて色々と勉強になったのも良かった。
それでもジム戦はギリギリの戦い、髪の毛一本の差、薄氷の上の勝利だったわけだけど。
何がいけなかったのかはわかっている。それが一つ目の問題だった。手持ちのポケモンがクロトしかいない、そりゃあ苦戦するわけだ。
本来ジムリーダーとしての仕事はトレーナーの壁となって立ちはだかり負ける事らしい。挑戦者のバッジ数に応じた強さに鍛えたポケモンを育て、挑戦者とギリギリのバトルを繰り広げ、その壁を超えさせるのが仕事なのだとか。なので、バッジ未所持の僕に対しても相応のポケモンでジムリーダーは応じてきた。ただし勝負は二対二。
クロトだけで戦ったのだから苦戦しない訳がない。その後、月陽さんにポケモンセンターでトレーナーライセンスを提示すれば空のボールを一定数補給して貰える事を教わり、ポケモン捕獲の基礎を教えてもらった。
そしてここからが二つ目の問題だ。どうやら僕はポケモンを捕獲するのが下手くそならしい。月陽さんと別れてポケモン捕獲の為三十二番道路に降りて三日間、ポケモンの捕獲数は未だに零だった。
ウパーを見かけては川の中に逃げ込まれ、ポッポを見つけてはパタパタと飛んで逃げられて、だ。
もっと動きの鈍そうな、弱そうなポケモンから挑戦しよう、と林の中に入ったのがキキョウシティを出てからの四日目だった。
「クロ、体当たり!」
漆黒の身体をしなやかに走らせクロトが駆けるとニドランに向かって肩から体当たりを仕掛ける。雄の個体は雌よりも身体が大きく、ウパーやポッポなんかよりも大きい。身体が大きいと言うことは隠れたりしても見つけやすいと言うことだし、ニドランはウパーのように泳げなければポッポのように飛んだりも出来ない。つまり簡単には逃げられないのだ。
もちろん、身体が大きいと言ってもクロトの方が一回りは大きい。危険は少ない、はずだった。
「クロト!?」
突然フラフラとクロトがよろけると、そのまま僕のところまで逃げ帰ってくる。クロトの名前の通りになった黒い毛並みでは顔色はよくわからないけれど、表情はどこか苦しそうで呼吸も荒い。
「大丈夫?」
大きな攻撃を受けた様子はなかった、疲れている訳でもないだろう、考えられるのは……
「毒か!」
ニドランは毒タイプのポケモンだ、身体にあるトゲは毒を分泌している毒針であり、これがニドランの最大の武器でもある。
そうこうしている内にニドランは逃げていくけれど、毒を受けたクロトに無理をさせるわけにはいかない、その背中を見送りながら僕はカバンを開けた。
毒消し、と言う道具がある。ポケモンの持つ毒なら大抵のものに効くすごい薬だ。と言ってもその効果は万能ではないし万全でもない。弱い毒くらいならほぼ完全に消し去る事が出来るかもしれないが、あくまでも応急処置としての道具である。使用後はただちにポケモンセンターへ連れて行く事が推奨されていた。
イーブイの頃の小さな身体ならクロトを抱き抱えられたけれど、今のブラッキーの身体はどうしても持ち上がらない。モンスターボールに入れてしまえばポケットにも収まる、だからポケットモンスター、なのだけど、ずっとクロトをボールに入れずに生活させていた為、クロトはボールに入るのを嫌がるようになってしまっていた。もっと弱っていれば有無を言わさずボールに詰め込みポケモンセンターまで連れて行くのだけど、そこまで切迫した様子でもない。しばらく休んでいるとクロトの体調も落ち着いたらしく今は楽そうにしていた。
強い毒ではなかったらしい、このままもう少しポケモンを探しても大丈夫そうだけど、と少し悩んでから、やっぱりポケモンセンターに戻ることに決めた。
木陰で寄りかかりしばらく休んでいた時だった。ふと視線を感じたような気がして辺りを見渡す。クロトはすやすやと寝息を立てていて毒を受けた時の辛さは見て取れない。しかしクロトが眠っているとなると、視線を感じたのは気のせいだったのだろうか。
もう一度辺りを見回してみると、草葉の陰から白いトゲのような物が覗いている事に気付いた。昨日の今日どころかさっきの今だ、ニドランの角を連想するのも仕方ないだろう。しかしニドランの角は白ではなく体表の同じ紫だ、一時間程前に見たばかりなので間違いない。
じゃあなんだと警戒しながら近付いてみると、そこにいたのは黄色く丸い節を持つ一匹の虫ポケモンだった。ビードル、強いポケモンではない、虫ポケモンは総じて進化が早く、また進化する前は非力である事が多いのだ。このビードルと言うポケモンも毒針を持つがあまり強い毒ではなく、動きも緩慢で力もない、進化前の虫ポケモンに多い特徴を持っていた。
それでも野生のポケモンには変わりない、念のためクロトを起こそうかと思ったけれど、あまりに気持ちよさそうに眠っていたものだからそれも躊躇われた。
やり過ごすかと考えていたら、目の前のポケモンがあまり強いポケモンではないと判断した事が頭に浮かんできた。強いポケモンではないのだから、バトル無しでも捕獲出来るんじゃないか、と。
そう思い浮かべてしまったら欲が出た。強いポケモンではないと言ってもそれは進化前の話だ、育てて進化すれば見違えるように頼りになってくれるだろう。そこで気持ちよさそうに寝ているクロトも、進化前は実に頼りがいがなかった。
そっと右手にボールを握る。空のモンスターボール、ポケモンを捕獲する為の道具だ。ビードルと対峙してジリジリと距離を詰める。息を飲む瞬間と言う奴だ。目の前のビードルに全神経を集中させる、それは言い換えてみれば周りの全てに注意が届いていない、と言う意味でもあると気付いたのは、既に間近まで迫っていた羽音をうるさいと感じたからだった。
血の気が引いた。両手に鋭い槍のような毒針を備えた虫ポケモンが大量に空を舞っていたのだから無理はない。そして彼らが既に激昂しているのも仕方のない事だった、目の前で群の子供が拉致誘拐されようとしているのだから冷静でいられるはずがない。
謝っても通じないだろうな。そんなバカな事を考えながらすぐにクロトの元へとって返す。
「クロ! 起きろ!」
逃げるにしても戦うにしてもクロトが眠ったままでは話にならない。クロトを揺さぶり起こし、まだ寝ぼけているところを無理やり立ち上がらせる。
「とりあえず逃げるよ」
このままではすぐに囲まれてしまう。まずは一度距離を取ってと駆け出したところで異変に気付いた。クロトの動きが鈍い、楽にしていた時には問題なかった毒だったが、動き回ったり戦ったり出来る状態ではなかったようだ。
戦闘は無理となれば逃げるしかない。林を抜けてしまえばスピアーも追ってこないだろう、全力で走り、さっき後悔したばかりの不注意にまた後悔することになった。
突然現れた目の前のもこもことした謎の物体を思い切り踏みつけそうになって咄嗟に避ける。草木の影になっていて気付かなかった、避けようとしてみたけれど避けきれなかったと言うのが正しい。何かわからない物体を思い切り踏んづけてしまう事は回避したけれど、それに躓いてしまった。
蹴り飛ばすと言うほど派手にはやっていないものの、そのポケモンを驚かせるには充分だった。鳴き声と抱き心地の良さそうな体毛から発せられた電気でそれの正体がメリープだったと気付く。
悪いことをした、しかし今は謝っている余裕もない。走りながら、それでもやっぱり気になって肩越しに振り返る。見るとスピアーは追い掛けて来ていなかった。
どうしたのかと足を止める、どうやら原因はメリープの放電のようだ。先頭の方を飛んでいたスピアーが何体か巻き込まれたようで今度はメリープに怒りの矛先を向けている。
本当に悪いことをした、助けてやりたいところだけどあのスピアーの相手は出来ないだろう。そしてそれはメリープにとっても同様だったらしくメリープも一目散に逃げていく。
逃げていくと言うか、逃げてくる、よりによってこっちの方へ。
「なんでこっちに!?」
もしかして僕が蹴っ飛ばしたのを怒っているからだろうか。巻き込んだと言うかなすりつけたと言っても良い状況だったので後ろめたさはあったけれど、それとこれとは話が別だ、メリープ、そしてその後ろのスピアーから僕達は全速力で逃げた。
毒で鈍っていても僕よりはクロトの方が足が速い、前を行って先導してくれていたクロトが不意に足を止める。何があったのかと追いついて僕は頬をひきつらせた。林はそこで切れており、数メートル程度の小さな崖のようになっている。飛び降りられない高さではない、高さだけを考えれば。
三十二番道路には釣りの名所となっている川が流れている。それはタウンマップで見て知っていたし、ポケモンを探して一度訪れてもいる。
そう、その下は川になっていた。流れは急には見えないが深さはありそうだった。飛び込んでなんとか出来る程泳ぎは上手くはない、むしろ下手だ、泳げない。
別の道を探そう、クロトにそう告げようとしたときにはもう遅かった。背中に衝撃が走る。後ろから走ってきたメリープが追突したのだ、それも全力で。僕にメリープの全力体当たりを受け止められるかなんて火を見るより明らかだった。
身体が宙に投げ出される。正直に死んだと思った。人間は水に浮かない、当然だ、沈むに決まっている、そう思っていた僕が水を飲むことなく水上に顔を出せたのはすかさず川の中に飛び込んだクロトが僕の腕を咥えて泳いでいたからだ。
なんて頼りになる相棒なんだ、と抱きついたら沈みそうになって焦った。クロトの背中を浮き輪代わりにしてしがみつくとようやく少し余裕が出来た。
空を見上げるとスピアー達が退散していく様子が見えた、水の上までは追ってくるつもりはないらしい、ホッと一息つく。それからさっきのメリープの事を思い出した。一緒に落ちたはずだ、突き落とされたと言った方が正しいけれど。
辺りを見回してみたがメリープの姿はない、既に泳いで逃げたのだろうか。あのモコモコした身体では泳げそうにもないだろう、そう思い至った時点で嫌な予感が全身を駆け巡った。
「クロ、さっきのメリープ、まさか沈んでないよね!?」
僕が叫ぶとクロトは水の中に顔を沈めたと思ったら、そのまま一気に潜水する。水が眼の中に入った、ぎゅっと両目を瞑ってクロトにしがみつく。そして数秒の後、再びクロトが浮上した時にはモコモコとした、いや、していた物体を口に咥えていた。
これだけの体毛が水を吸ったらそりゃあ泳げないよなと納得し、気絶しているのか動かないメリープを片手に抱える。そのままクロトに曳航されてなんとか岸までたどり着くとそのまま地面に倒れ伏した。
クロトもぐでっとその場に倒れ込みさすがに苦しそうな様子を見せる。毒が完治していないのにこれだけの無茶をしたのだから当然だろう。クロトがこんなにがんばってくれたのだから僕がへばってはいられない。
ふんだんにもこもことしたメリープは、今は水を吸って無惨な見た目になっていた。それは乾けば元に戻るだろうから良いとして、問題はずいぶんと重くなっていることだった。水を吸った分だけ重くなっていて引き上げるのにも苦労した。こいつとクロトを両方抱えるのは無理だろう、せめて水を搾れればとメリープに手をふれると激しい静電気が走り思わず手を引いた。その衝撃で目を覚ましたのか突然メリープが跳ね起きると駆け出し、そのまま木にぶつかる。痛そうだと思ったけれど慌てふためく様子でそのままメリープは走り去ってしまった。
念のためポケモンセンターに連れてってやりたかったのだが仕方ない、あれだけ元気ならケガもないだろうと諦め、クロトを抱え上げようとして、上がらない。ブラッキーに進化してこんなに重くなっているのか。それでもなんとか背負い直してよろよろと立ち上がる。ボールに入れてしまえば苦労しなくて済むのだけどと考えながらずいぶんと頑張ってくれたクロトの体重を背中に感じる。
僕は一つ溜息をついた。こんなになるまで頑張ってくれたのだから、今度は僕がもう一頑張りするか。ポケモンセンターは釣りの名所から川を降った場所にあったはずだ。流されてきた分そう遠くはない、僕はクロトを背負って歩き出した。
一日休めば大丈夫でしょう、そう伝えられて僕は一安心した。だいぶ無理をさせてしまっていたせいもあるのだろう、クロトはぐっすりと眠っていた為、起こさないように静かに部屋を出た。
ポケモンセンターの外に出ると既にすっかり日が落ちていて夜風が涼しかった。走ったり川に落ちたりクロトを背負ったり、僕自身も疲れていたはずなのだが眠る気になれず少し歩く事にした。
結局四日目も成果無しだった。ポケモントレーナーの才能が無いのではないかと落ち込んでしまう。と言うのも、もうどうにもポケモンを捕獲出来る気がしなくなっていた。そう感じたのはビードルを捕まえ損ねた時からだった。
スピアーの群に襲われた時、それが当然だと思ってしまった。別に怖くなった訳じゃない、怖くなかった訳でもないけれど。
群のポケモンを捕獲したらその群がどうなるのか、例えば親のヌオーを捕獲したら子供のウパーはどうなるのか。そんなことを考えてしまっていた。トレーナーの勝手な都合で捕獲して、仲間や群と引き離される、そう考えたらポケモンを捕獲すること自体が悪いことに感じられてきたのだ。ポケモンを捕獲できないトレーナー、それをトレーナーと呼べるのだろうか。
スピアー達の怒り方を思い出して憂鬱になる。彼らはなにも悪いことはしていない、群を守ろうとしただけだ。それが悪いことであるはずがない。悪いのはむしろ僕の方だろう。
ポケモンを捕まえる事が悪いことだなんて考えたらポケモントレーナーなんてやっていられない、そう考えようとしてもスピアー達の怒る姿が頭から離れなかった。
ふと、ガサガサと葉音がした気がして辺りを探る。さすがにこんな場所だしもう日も落ちている、スピアーが追いかけてきたなんて事はないだろうけど、危険なポケモンはなにもスピアーだけではない。昼間に戦ったニドランだって刺されたりしたら大変だ。野生のポケモンならポケモンセンターの中までは入ってこないだろう、とりあえずセンターの中へ逃げ込む事にする。辺りに気を配りながら入り口へと足を向けた時、葉音の正体を見つけた。
元のふかふかと柔らかそうな毛並みを取り戻したメリープだった。なんでこんな所にと考えたら心当たりは簡単に思い浮かんだ。蹴躓いたりスピアーに巻き込んだり、怨まれるような事は既にしている、怒っているのだろうか。
そもそもさっきと同じメリープなのかも一目では判断できない、警戒こそ崩さないまま、それでもメリープに向き直る。いつ電撃が飛んできても逃げられるように心の準備だけはしておく。しかしメリープは寄ってくるでもなければ逃げ出しもせず、攻撃もして来なかった。
しばし膠着状態が続く。それで少し余裕が出来た、落ち着いてよく観察してみると怒っているようではない。前足を上げては下ろす、それは一歩踏み出す決心がつかない様に見えた。
危険はなさそうだ、その場にしゃがみ込み目線を合わせると一声怒ってないのと声を掛ける。メリープはまた戸惑う様子を見せる。やっぱり怒っている様子はない、もしかして、僕が蹴躓いた事に気付いてないのだろうか。
しばらく迷ってからメリープはようやく一歩を踏み出した。
「はーやーくー!」
突然声がした。メリープは驚いて身体をビクリと震わせるとそのまま一目散に逃げていく。見てみると女の子がポケモンセンターの入り口に立って手を振っている、連れがいるらしく誰かが歩いて来るのが見えた。
タイミングが悪い、結局何のために来たのかわからないままメリープも行ってしまったみたいだし、僕もポケモンセンターで宿を取ることにした。
翌朝になってクロトはすっかり復調していた。ニドランの毒が大したことがなかった事も幸いして一晩で完治、もう今日はバトルをさせても大丈夫だろうとお墨付きをもらった。
つまり、今日はもうポケモン捕獲に出ても大丈夫と言う事なのだけど、昨日の今日ではそれも気が乗らない。どうしたものかと首を捻る。
ここでいつまでも足踏みしていても仕方がない、いっそ繋がりの洞窟に入ってヒワダタウンを目指すのもありだろうか。
迷っていても仕方がない。とりあえず進めるところまで進んでみて、それから考えてみようとポケモンセンターを出て、すぐに足を止めた。
気配を感じた。クロトも感じ取ったらしく一歩前に踏み出そうとするけれどそれを制する。
なんとなくだけど予想は出来ていた。辺りを見渡すと草むらをかき分けて、想像していたとおりの顔が姿を覗かせる。メリープだ。たぶん昨日の子だろう。
今日は僕の方から歩み寄ってみる。手が届くところまであと一歩、そこまで踏み込んでもメリープは逃げなかった。でもそこまでだ、最後の一歩はきっと僕じゃない。
「昨日の子、だよね?」
メリープからは否定も肯定もない、メリープが返事をしたところで僕が理解出来るのかはわからないけれど。だから、昨日のメリープだと判断して話を続ける。まずはここから始めなければきっと話にならないだろう。
「昨日はごめん、踏んだと言うか蹴ったと言うか」
今度はメリープが首を傾げたのがわかった。何のことかわかっていない、もしかしたら寝てるところを踏んづけたのかもしれない。それでも引っ掛かったのは間違いないし、スピアーに襲われたのだって僕のせいだ。気付いてなかったとしてもそれは謝らないといけない、それを説明してもイマイチ反応が薄いのは、僕がメリープを川から引き上げた事しかわかっていなかったのかもしれない。そもそも川に落ちたのだって元を質せば僕のせいなのだから、メリープを助けたのだって当然の事だった。
「だから、僕はおまえに謝らないといけないし、おまえだって僕にお礼を言う必要なんてないんだけど」
そこで一度言葉を区切ると息をのむ。そして大きく深呼吸して、僕の言葉を伝える。
「それでも良ければ、僕と一緒に来ないか?」
僕は尋ねて手を差し伸べた。その手には空のモンスターボールが握られている。緊張で心臓はバクバクいっているし、手には汗が滲んでいる。
僕はきっとポケモンを捕まえることは出来ない、だから僕と一緒に旅をするポケモンはきっと、僕に付いてきてくれるポケモンだと思った。クロトが僕に付いてきてくれたように、僕が選んでポケモンを捕まえるのではなく、ポケモンが僕を選んで付いてきてくれる。昨夜のメリープの様子と、クロトと一緒に旅立ちを決意したあのキャンプの日を思い出してそう感じていた。
だから、最後の一歩は僕じゃない、メリープを待った。
何秒かの空白がやけに長く感じる。十秒程度の果てしない長い間のあとに、メリープは最後の一歩を踏み出すと鼻先でボールを押した。
モンスターボールの開閉スイッチがカチリと音を立てると赤い光がメリープを包み込む。そして呆気なくメリープの身体がモンスターボールに吸い込まれると、捕獲完了を示すランプは明滅することなく消灯する。
「入った?」
初めてモンスターボールにポケモンが収まる姿を目の当たりにして思わずクロトと顔を見合わせる。しかしクロトだって始めてみたはずだ、わかるわけはない。
クロトがボールを嫌うためボールの扱いには慣れていない、恐る恐る開閉スイッチを押して軽く放る。ボールが開いて赤い光が飛び出すとそれはすぐにメリープの形に戻る。大丈夫そうだ、たぶんだけど。これがポケモンの捕獲、と言うものなのだろう。一般的な捕獲とは少しばかり、もしかしなくてもだいぶ違うかもしれないけれど。
「よろしく、えーっと、モコモコ」
モコモコ、もこもこしてるからモコモコだ、安直かもしれないけれどよく似合っている。メリープ、モコモコも元気良く返事をしてくれた。
新しい仲間を加えて、こうして僕の旅は続く。僕に付いてきてくれる仲間を探しながら、僕たちの旅は続いていく。