また明日
03 また明日
 克也の試合が終わる前にバトルネーソスを出た。僕にバトルは出来ない、したくない。克也に見つかればきっとうるさくなる、だからその前に帰ろうと思った。なのに……
「よう、よく来たな」
 そいつはそこにいた。冬馬慎二、僕がこんな所に連れて来られた元凶。
「なにか……用?」
 僕にバトルをやれと言った。そして僕はバトルのフィールドに立った。そして何も出来なかった。それを責めるのか?
「別に、でもなんで戦わねーんだ? おまえ、やった事ないわけじゃないよな?」
 やっぱりさっきのバトルを見ていたのか。
「ぼ、僕はポケモンバトルはやらないんだ」
 僕の答えを、彼は「嘘だな」と切り捨てる。
「ボールの投げ方とか、癖があんだよ、あれはシロートの投げ方じゃねー」
 それと、と彼は付け足す。
「リザードンを見た時の反応だな、あの眼はバトルが好きな奴の眼だ、それも勝利者の眼、どうやって勝つか、戦術とか特性とかそーゆーの全部引っ括めて勝つための一手を考えられる奴」
 思わず息を呑み、歯を食い縛る。何も言わなければ良い、僕からは何も応えない。僕からの解答がなければ、それは彼の憶測、彼の頭の中だけの妄想みたいなものなんだから。
 無言で踵を返す。なんで僕なんかに声を掛けてきたのかわからないけど、もう僕なんかに興味を持つ理由はないはずだ。帰ろうと歩き出したその後ろを彼は付いてくる。
「本当はバトルが好きなんだろ? ならなんでやらねー? なんでんなつまんねー面してんだよ」
 彼の言葉をすべて無視して歩き続ける。それでも彼は付いてくるし、一人で憶測と妄想を話し続けた。
 本当は僕はバトルが好き。バトルがしたくてたまらない。目を逸らしているだけだ。好き勝手言いたい放題して、気付けば彼は僕の家まで付いてきていた。
「やれよ、バトル」
 しつこい。
「僕はバトルはやらないんだ、もう二度としない」
 口にして失言に気付いた。もう二度としない、少なくとも一度はした事があると言ったようなものだ。彼は目ざとくそれに気付いた。ならなんで辞めたんだ、そう食い下がる。しつこい、このままでは家の中までついてきそうだ、そうでなくとも話すまで帰りそうにはない。もう観念するしかなかった、はっきりと理由を提示するまではいつまでも付きまとわれそうだったから。
「……僕は、僕が下手だったから、大切なポケモンを傷付けた、だからもう二度とバトルはしない、やりたくない」
 あがって、と彼を部屋に促す。見てもらった方が早い。彼は見知った友人の家に遊びに来たかのように遠慮なく家に入っていく。そして、僕のパートナーが、僕達の帰りを迎えた。
 気高いたてがみも、凛々しい眼差しも、雄々しい口元も、力強い前足も、あの事件の前と変わらない。ただ一つだけ……
「……ウインディか」
「僕のパートナーだよ、見ての通り──」
 そう、一つだけ、あの事件の前と後で変わってしまったものがある。
「足がない」
 僕のウインディには、後ろ足がなかった。

 一年ほど前の話だ。僕とウインディは毎日のようにバトルファシリティーズ、もっぱらバトルネーソスのフリーバトルに通い、あるいは街の外に出掛けてバトルとバトルの腕を磨いていた。僕とウインディは強かったと思う。バトルネーソスでの戦績は良かったし、友達にだったら負けた事はない。そんなだったから、きっと調子に乗ったんだ。
 初めて見る野生のポケモンだった。友達のポケモンがやられて、戦えるのは僕のウインディだけだった。勝てると思ったんだ、だから僕は攻撃を指示した。ウインディは驚いてこちらを見た。困惑、逃げるべきだと訴える。それを、僕は無視した。
 そして負けた。僕を逃がそうとしたウインディは後ろ足を噛みちぎられ、二度と歩けない身体にされた。違う、僕の判断がそうしたんだ。あの時のウインディの瞳を、僕は忘れてはいない。

 燃えたぎるような怒りと憎しみ。

 敵意に満ちたあの瞳で僕を見た。愕然としながら、咄嗟にウインディをボールに戻して逃げた。敵のポケモンよりも、ウインディがやられる事よりも、ウインディのあの眼が怖くて、僕は逃げ出した。
「すぐにポケモンセンターに連れていったけど、足は治らないって、二度と歩けないんだ、こいつは、僕のせいで!」
 だから僕はもう二度と戦わない。
「今まで一緒に頑張って来たこいつを見捨てて、僕だけ他のポケモンとバトルを続ける? そんなの許されるわけがない」
 二度と戦っちゃいけないんだ。
「……って、こいつが言ったのか?」
「そう思ってるに決まってる」
 ずっと一緒に戦ってきて、一緒に技を磨いて、勝つ時も負ける時も一緒で、なのに、もう戦えないからって捨てるのか?
「バカか? そんなの、てめーの思い込みだろ」
 彼はそう言い切った。
「んなもんてめーの憶測だ、妄想だ、こいつを言い訳にして逃げてるだけだ」
「違う! 僕はッ……!」
「いや、違わねー! てめーの弱さを相棒の所為にして、それでいーのかよ!?」
 僕は……逃げているのか?
 ウインディに眼を向ける。あの時の眼で、睨み付けて欲しかった。恨んでる、憎んでる、自分だけまたバトルしようなんて許せないと、そう言って欲しかった。そうしたら、僕はおまえ以外のパートナーなんていらないから。二度とまたバトルがやりたいなんて思わないから。おまえに許される為だけに生きていける、昔一緒に目指した夢だって忘れるから。
 なのに、どうして目を逸らす。申し訳なさそうにする。なあ、ウインディ、おまえは僕を恨んで良いんだ、憎んでも良いんだ。その権利がおまえにはあるんだから。
「そもそも、最初から勘違いしてんだよ」
 慎二がウインディに歩み寄るとそっと頭を撫でた。
「あいつ守りたくて必死だったんだよな、本気だったんだよな、そーゆーのってな、ぜってーに譲れないもんってな、怖ぇーもんなんだ、な?」
 ウインディは彼の手を黙って受け入れていた。否定する様子はない。
 じゃあなんだよ、全部勘違いだって言うのかよ、思い込みだって、全部憶測で妄想だって。なぁ、そうなのか、ウインディ?
「おまえは、僕を恨んでないのか?」
 僕が尋ねると、ウインディは前足だけで這いずり目の前までやってくる。そして、ざらざらとした下で僕の頬を舐めた。その温かさも、昔と変わっていない。
「戦っても良いのかもしれない……」
 ウインディを傷付けた僕には、バトルをする資格は無いと思っていた。バトルはしちゃいけないんだと思っていた。でも、違った。
「戦っても良いのかな、ウインディ……」
「それもちげーよ、おまえは戦わなきゃいけなかったんだ、おまえを助けたこいつの分まで」
 そうなのかな? そうだよね。おまえの夢は僕の所為で潰えたけど、それを理由にして夢を諦めるのは、おまえだって嫌だよね?
 ポカポカとするウインディの身体を思い切り抱き締める。炎ポケモン特有の熱が伝わってくる。熱い想い伝わってくる。ウインディが諦めた夢が、僕に流れ込んでくるみたいだった。
「うん、僕、バトル続ける、おまえの分まで、絶対続ける、もう二度と戦わないなんて言わないから」
 絶対、あのフィールドに戻る。おまえの分まで戦うよ。おまえが命を賭けて守ったんだって、胸を張って自慢出来るトレーナーになるよ。今すぐにはまだ無理かもしれないけれど、絶対、約束する。

 慎二……もう呼び捨てには出来ない、慎二さんは最後にネーソスで待ってるぜと言い残して帰っていった。バトルネーソスに入る時に切っていた携帯の電源を入れると大量の不在着信が届いた。全部克也からだった。苦笑混じりに、僕はメールを一通返す。まずは、一歩。

『また明日、バトルネーソス行こうぜ』

一葉 ( 2012/12/02(日) 01:32 )