02 僕を見るな
「よっしゃ、受付完了! トーナメントで良かったよな?」
「僕は出るとも言ってない」
勝手に受付を済ませた克也が僕に番号札を手渡す。七番フィールドの選手番号八。これが僕の分らしく、克也の物は選手番号が五になっていた。
「当たるとしたら二回戦だな、おまえとやんのも久し振りだし楽しみだぜ」
ニカッと笑う克也の横っ面にグーで一撃入れたくなった。それを必死に堪えて僕は肩を竦めてみせる。
「悪いけどポケモンは連れてきていないんだ、出場は出来ないよ」
「んぁ? バーカ、何の為のネーソスだよ、レンタル戦で受け付けたよ、心配すんな」
僕は呻く。すっかり忘れていた。どこかの都市にあるバトルファシリティーズをモデルとして建設されたバトルネーソスでは、対戦に使用するポケモンの貸し出しもおこなっている。だから例えポケモンを連れてきていなくても出場出来るのだ。もっとも、出場出来るのはレンタル専用のトーナメントやフリーバトルだけとなってしまうのだが、今の僕達にはそれでも問題はないだろう。自前のポケモンでも参加出来る大会がある辺りは本来の意味のバトルネーソスとは異なるのだが、バトルファシリティーズとしては規模が小さく、バトルタワーと併合して設計されている為らしい。
「ルールはレンタルのランダムで六六の三三」
そしてこいつはまた常連以外には分かりにくい説明をする。つまり、ランダムで六体レンタルポケモンが選出され、その中から三体で戦う、と言うものだ。三体選ぶと言っても試合事に選ぶポケモンは変えられるし、試合中に出すポケモンを決めても良い。選ぶと言わずに三体まで使用出来ると言ったほうがわかりやすいかもしれない。六体連れていて三体まで使用可能。
「じゃあレンタルポケモン借りに行こうぜ」
克也が強引に僕の手を引いていく。下手に抵抗すればまたカイリキーで連行されていく事になりそうで、僕は大人しく従った。
第一試合と第二試合の様子は覚えていない。興味がなかったので見ていなかった。
なんで僕はこんなところにいるんだろう、ポケモンバトルなんてしたくないのに。
「彰人選手、出番です」
促されるまま、僕はフィールドに足を進める。
僕はポケモンバトルはしない。二度としない、そう決めたんだ。だから──
「彰人選手、ポケモンを繰り出してください!」
アナウンスの声に僕は我に返った。僕はどこにいる? 七番フィールドのトレーナーエリアだ。なんでこんな所に? フィールドには既に対戦相手のカメックス。バトルはもう始まっている。ポケモンを繰り出してください、繰り返された言葉に慌ててレンタルポケモンを一体、フィールドに投げ込む。勢い良く飛び出してきたのは紅い火竜──リザードンだった。カメックスに対してリザードン、相性は最悪だ。それも相手がカメックスとわかっているのに炎タイプを出すバカはいない。
タイプの相性もわからないバカと思われたのか、対戦相手の女子高生はクスクスと笑いを零していた。どちらにしろボールの中身も確認せずに繰り出すバカには違いない。
だけど、炎タイプだから水ポケモンには勝てないなんて事は絶対にない。例えばリザードンとカメックスの最大の違いは翼の有無、つまり機動力の差だ。速度で撹乱しながら炎タイプ以外の技で確実にダメージを蓄積させていけば勝機はある。だけど──
「カメックス! ハイドロポンプ!」
先制で大技を仕掛けていくカメックスだが、機動力が違い過ぎる。直撃さえすれば一撃必殺かもしれないが、それにむざむざ当たってやる必要はない。リザードンは大きく翼を羽ばたかせると空中へと身を翻す。水砲はフィールドの壁を撃つだけでリザードンを捉えるには至らない。
さらにカメックスの上空を旋回しながらリザードンは攻撃の指示を待つ。空中から火炎放射で狙い撃つか、日本晴れで土台を整えドラゴンクローや鋼の翼で接近戦に持ち込むのか。レンタルポケモンの中でも歴が長い彼女は、様々な相手との戦いを経験してきた猛者だ。カメックス種を相手に戦った事なら何度でもある。目の前のカメックスとはこれが四度目、戦績は一勝二敗、優秀なトレーナーに恵まれてだが、絶対に勝てないという相手ではない。さぁ、どんな戦法で攻めるのか。だが、いつまで待っても指示は出なかった。
リザードンが僕を見た。疑念と困惑の眼差しで僕を見つめる。その眼をやめろ、僕を見るな。
「僕を…見るな」
耐え切れなくなって目を逸らす。リザードンの驚愕が伝わってくる気がした。例え不本意だとしても、トレーナーとして共にフィールドに立っている僕をリザードンはパートナーとして信頼するしかない。でも僕は向き合えなかった、逃げたんだ。
目を逸らした一瞬、フィールドが歓声と悲鳴に包まれた。慌てて顔を上げ、息を呑む。
射角を上げて放ったハイドロポンプがリザードンを撃ち、紅の竜は壁に身を擦りながら地面に落ちた。効果は抜群、急所に当たった、立てるわけがない、そう思ったんだ。
今度は観覧席からどよめきが上がる。リザードンは立ち上がった。あの強力な水砲の直撃を受け、それでもなお、立ち上がる。そして僕を見た。怒りに燃える瞳、怒っているのか? 僕を、まともに指示の一つも出来ない僕を憎んでいるのか? 視線が絡み合う。息ができなかった。僕を見るな。僕を見るな。僕を見るな!
僕を睨み付けるリザードンの眼が逸れた。顔を上げ、両足を踏張る。翼を広げようとするがハイドロポンプの直撃を受けたダメージか、落下の衝撃か、翼は思うように動かなかった。次の瞬間、再びカメックスの甲羅の大砲から強烈な水砲が放たれた。地面を蹴り飛ぼうとするが翼は動かない。一撃がリザードンの脇腹と横っ面を捉え、カメックスに比べて軽い身体がフィールドの壁に叩きつけられた。水流は止まらない、リザードンが力尽きるまで襲い続ける。
一瞬、リザードンと目が合った。あの眼だ。どうしてそんな眼をする。
「──ッ!」
ボールに手を掛けた。赤い光が伸び、リザードンを包み込む。一瞬、リザードンが大きく眼を見開いた、そんな気がした。
「……参った、降参だ」
これで、良いんだ。僕は、二度とポケモンバトルはしないって決めたんだから。