04 それは未来を信じる話なの
ツタージャ、戦闘不能、ミジュマル、戦闘不能、ポカブ、戦闘不能。見事に全員戦闘不能である。ポケモンを手にした喜びで思わず遠出してしまったらしく、帰り道がわからない。おまけに泣きじゃくっていたら太陽まで落ちてしまった。極めつけに頼りのポケモン達は揃って戦闘不能である。
ホーホーという鳴き声に身を震わせ、風に揺れる草木の音に身を強ばらせ、健吾のくしゃみに悲鳴を上げる。
「もうやだ、帰りたい」
「俺だって帰りたいよ」
「だから辞めた方が良いって……あれ?」
泣き言を言う健吾と希咲。そして輝男が何かに気付き横を向いた。
「なんだよ?」
「今、何か動かなかった?」
「やだ、やめてよねそんな冗談」
「いや、冗談じゃなくて」
輝男が言うと確かに草木の揺れる音がした。三人が息を飲む。
「か、風だろ?」
「風の音よね?」
それでもがさがさと揺れる音は止まらない。そして一瞬の空白の後、草むらを割って飛び出してきたのは一匹のヨーテリーだった。三人の悲鳴とヨーテリーの遠吠えが重なる。食べないで美味しくないよごめんなさいもうしません、口々に叫ぶ。その言葉に、彼は答えた。
「これに懲りたら、もうこんなことはしない事だね」
「……え?」
突然聞こえた声に三人が顔を上げる。ヨーテリーの後ろにはトレーナーらしきスーツの青年が立っていた。彼はライブキャスターを開くと「見つけたよ」と答えた。ライブキャスターから「良かったー」と声を揃えて返事が帰ってきた。一人は知らない女性の声、もう一人は近所の二つ年上のお兄さんの声だ。そしてすぐに駆けてきたのは眼鏡の女性と、ツタージャ達の本来のパートナーである冬樹だった。
「さすがね、チェレン、新任ジムリーダー!」
「事件だって言うから、日程を早めて来たかいがあったよ」
「ありがとうございます、本当になんて言っていいか」
この青年は新しくこの町に赴任してきたジムリーダーである。もっとも、到着の予定は明日、一緒に駆け付けた眼鏡の女性、アララギ博士の助手からポケモンと子供達がいなくなったと連絡を受けて予定を早めて駆け付けたのだ。
「ベルから連絡が来た時は驚いたけどね」
「私も、ポケモンが盗まれたって聞いて慌てて向かったら、ポケモン誘拐事件から子供集団失踪事件になってるんだもん、びっくりしたよ」
新任ジムリーダーとアララギ博士の助手、チェレンとベルは一息つくと「でも無事で良かった」と三人を見つめた。
そうだ、無事に保護されたんだ。そう思ったら、今までの恐怖や不安が一気に溶けていった。そして代わりに助かったのだと安堵し、また、思いっきり泣いた。
翌朝、冬樹はチェレンとベルに会いにジムへ向かった。今日はパートナーを決める約束の日でもある。
「どのポケモンにするか決まった?」
ベルが冬樹に尋ねる。すると冬樹は静かに首を振った。
「その事なんですけど……」
そう言って視線を送った先には、扉の影から様子を伺う健吾達の姿があった。昨夜こってりと絞られたせいか、今日は随分と大人しい。
「昨日の子達か」
「その、ちょっと話したい事があるらしくて」
冬樹が手招きすると、三人は少し躊躇いながらジムの中へ入ってくる。ポケモンジム、と言うよりはまるで学校の教室にしか見えないのだが。
「あの、昨日の事、謝りたくて、ミジュマルに、勝手に連れ出して、ケガまでさせて」
「それからお礼も言いたいんだ、あいつ、俺が襲われそうになったときに助けてくれたから」
「ポカブも、僕達のせいであんなぼろぼろになって、だからせめてお見舞いくらいダメですか」
ベルとチェレンが顔を見合わせる。三人の真剣な眼差しに、昨日の事はさすがに反省したのだろうと、感じた。
「三匹とも、昨日はポケモンセンターでじっくり休んだから、もうみんな元気よ」
ベルがモンスターボールの入ったカバンを開き、三人の前に差し出す。ポケモン達にもう一度会う事を希望したのは三人だ。だが、自分達が掛けた迷惑の為かボールを手に取るのを躊躇ってしまう。
「ポケモン達に挨拶してあげて」
ベルに促され、健吾がツタージャのボールを掴んだ。希咲と輝男もそれに続く。
「良かった、ツタージャ」
ツタージャは怯える様子もなく健吾の腕に飛び込む。
「ミジュマル、あなたも」
ミジュマルは相変わらず大笑いしていたが、その声は少し嬉しそうで不快感はない。
「ポカブ、会いたかった」
ポカブも相変わらずだ。ボールを飛び出すと一直線に輝男の腕に飛び込んで鼻をすり付ける。
よく懐いている、三人とも、昨日の冒険でポケモン達との絆を築けたのだろう。冬樹が口にする。
「それでパートナーなんですが」
その言葉を発した途端、三人は緊張した面持ちで冬樹を見上げた。どんなに仲良くなろうが、この三匹は冬樹のパートナー候補だ。そして選ばれなかった二匹もアララギ研究所に帰るのだろう。三人とは、一緒にはいられない。
「昨日、こいつ見つけて手当てしてやったらなんか懐かれちゃって」
冬樹は取り出したモンスターボールを軽く放り投げる。ぽんっと飛び出してきたのはリオルだ。その姿に三人が悲鳴を上げ、三匹も思わず身を強ばらせる。そう、昨日戦った紺色のあのポケモンである。
「だから、こいつ連れて行こうと思います」
三人がぽかんとして冬樹を見つめる。
「それで、お願いなんですが、もしダメじゃなかったら、二年経って、こいつらトレーナーになって旅立つって言うんなら、その時、こいつらに渡して上げてくれませんか?」
三人は放心状態のまま、言葉の一つ一つを整理する。そう、それは、つまり……
「ツタージャと離れなくて良いの!?」
「ミジュマルと一緒にいられるの!?」
「ポカブとそばにいられるの!?」
三人は腕の中の相棒を見つめる。これだけ懐いてしまえば、今さら新しい主人を見つけるのは難しいかもしれない。だが……
「ダメだな」
チェレンが言った。そして三人からモンスターボールを取り上げる。
「この三匹は僕が預かる、ちょうどトレーナーズスクールで使うポケモンが必要だったところだし」
チェレンの言葉に三人は肩を落とす。トレーナーズスクール、それは十歳以下の子供がアマチュアライセンスの取得の為に勉強する場所である。十歳以下の子供なので当然自分の手持ちを持っていない、その為、トレーナーズスクールでポケモンを貸し出すのだ。このジムの内装がポケモンジムらしくないと言うのも、それはトレーナーズスクールを兼用する目的で作られているからだろう。
「確か来年この町でアマチュアになるトレーナーはいなかったな、再来年は三人か、ちょうどいいな、その三人がアマチュア試験に合格したら、お祝いにポケモンでもプレゼントしようか」
随分と遠回しな言い方であった為、すぐにピンと来なかった。ベルが小声で「トレーナーズスクールでちゃんと勉強して立派なトレーナーになってアマチュアライセンス取ったらその子達をパートナーにしてくれるって」と捕捉する。
「勉強する! 俺学校の勉強より真面目にやる!」
「あたしも! 勉強でも宿題でもなんでもやる!」
「僕も僕も! いっぱいいっぱい勉強してトレーナーになる!」
はいはいと手を上げて叫ぶ三人に、チェレンもベルも、そして冬樹も苦笑いしていた。
「二年後の君達が、この子達に相応しいトレーナーになれたら、その時は、この子達を任せるよ、二年後の君達に」
チェレンの言葉に三人は誓う。強く、強く、誓う。