二年後の君達へ
03 それは誓いが繋いだ話なの
「ツタージャ、グラスミキサー!」
「ミジュマル、アクアジェットで先制取るのよ」
 ツタージャの足元から巻き上がる緑の旋風、木葉の渦で敵を切り裂くグラスミキサーだ。対してミジュマルはホタチを手に取り駈け出す。
「て、それシェルブレェェェッド!」
 見事に指示を無視して斬り掛かるミジュマルだが、紺色のポケモンは身軽な動きで一撃を躱す。すぐに反撃に移ろうと構えたポケモンを、正面からグラスミキサーが飲み込んだ。
「もっらいー!」
「ちょっと、ずるいわよ!」
 横槍を入れた健吾とツタージャに文句を一つ、希咲がそっぽを向いた。その瞬間だった。
 カエルの潰れるような鳴き声の後に、地面と平行に吹っ飛んでいく緑の影。それは大きな大木に叩きつけられ、止まった。
「……おい、ツタージャ?」
 ツタージャだ。
「ミジュマル、シェルブレードで迎え撃って!」
 ミジュマルはとんとんとステップで後退したが、紺色のポケモンがそれを上回る速度で接近する。電光石火から、密着しての発勁。ミジュマルの身体が綺麗にすっとぶ。
「ポカブ、火の粉!」
 遅れて追い付いた輝男がポカブに攻撃を指示する。ポカブの吐き出した火の粉は、紺色のポケモンには当たる事無く、瞬く間に接近したポケモンの一撃で、文字通り大地に沈む。振り下ろした一撃が大地を砕き、ポカブの身体を地面にめり込ませたのだ。
「ポカブ!?」
 さすがのポカブもこれでは立ち上がる事は出来ないであろう。その間にも紺色のポケモンはゆっくりと顔を上げ、ターゲットを健吾に定める。
 電光石火からの発勁、眼にも止まらぬ速度で放たれるこのポケモンの必殺連撃だ。竦んで動かない足がもつれる。尻餅をついた健吾の頭上を、緑の影が跳んだ。
 ツタージャだ。尻尾の先の葉を剣のように見立て切り裂く。リーフブレードを受け止めた紺色のポケモンが僅かに怯む。そこを、ミジュマルは見逃さなかった。アクアジェットで急速接近し、一気にホタチを振るう。アクアジェットからシェルブレードの連撃、そこにツタージャが再びリーフブレードを重ねる。
「どうだ!?」
 シェルブレードとリーフブレードの挟撃に、紺色のポケモンも受け止め切れず直撃を受ける。それでも、片膝をついただけで、倒れる事はなかった。
「ミジュマル、やれる?」
 ミジュマルが一声鳴いた、やれると。遅れて立ち上がったポカブも並び立って三匹が頷き合う。
 不意にツタージャの身体が緑色な輝く。
「ツタージャ?」
 ツタージャから広がる緑の光。一瞬、進化と言う言葉を思い浮べた健吾だったが、どうやら違うらしい。これは技だ。その技の名前は──草の誓い。
 単体では対した威力も持たないが、連鎖して放たれる事で威力を増す。同時にミジュマルが青い光に包まれる。水の誓いだ。草と水の連鎖によって結ばれる、湿原の誓いと呼ばれる大技である。青い光の波動が広がり、地面がまるで沼のように水に飲み込まれる。そして緑の光が広がると、鬱蒼とした草木がそれを覆っていった。
「なんだこれ、やべぇ!?」
 健吾もその技の凄まじさを肌で感じ取ったのか慌てふためく。肌がビリビリとして痛い。ツタージャとミジュマル、二匹の放つエネルギーがあまりに大き過ぎる為、その余波が健吾達まで届いているのだ。
 紺色のポケモンが走る。狙いはツタージャだ。技を完成させる前に基盤となるツタージャを撃破しようと言うのだ。ツタージャへと迫る紺色のポケモン。技の完成はまだだ。ツタージャが発勁の一撃をまともに受ける。その瞬間、緑の光が散って消え、生まれかけていた湿原から緑が消える。湿原の誓いが途絶える。
 起死回生の一撃は失敗した。それでも、ツタージャはか細い足で地面を強く踏ん張り紺色のポケモンの攻撃を耐え続ける。狙いは始めから湿原の誓いではない、湿原の誓いが消えて姿を表すのは、隠されていた赤い光、ポカブだ。水の誓いを次ぐのは炎の誓い、紡がれるのは彩光に煌めく虹の誓い。
 三度の打撃を受けてついにツタージャが崩れ落ちる。そして今度は狙いをポカブに定め、紺色のポケモンが地面を蹴った。だが、ツタージャが身体を張って稼いでくれた時間で、水の誓いは既に完成している。今度はミジュマルが身を挺してポカブを庇う。割り込んで入るミジュマルが紺色のポケモンの一撃を身体で受け止める。
 ポカブから広がる赤い輝きが、ミジュマルが生み出した水源と交わり、互いに打ち消し合うように消えていく。見た目では相殺しあっているようにしか見えないが、それは確かに感じられた、ツタージャの、ミジュマルの、ポカブの、みんなの想いが、誓いが、強い力になっていくのを。
 ついにミジュマルが倒れ、紺色のポケモンがポカブに突進していく。すくい上げるように放った一撃にポカブの身体が持ち上がる。身体が持ち上がる程の打撃だ、その威力は計り知れない。だが、ポカブはそれを耐えぬく。ツタージャから、ミジュマルから託された誓い。倒れる事など出来るはずがない。倒れた二匹の強い想いが、ポカブを支える。そう、これが──

 虹の誓い。

 その瞬間、彩光の煌めきが世界中を飲み込んでいた。

 間近で見た三人には、まるで世界中が虹色に染まったように見えたであろう。そしてその後には、空に掛かる虹が残っていた。そしてようやく理解する。自分たちを襲った紺色のポケモンの撃退に成功した事を。助かったのだ、そう思ったら涙が溢れてきた。三人は、抱き合ってただひたすら泣いていた。


一葉 ( 2012/08/06(月) 21:57 )