二年後の君達へ
02 それは憧れと挑戦の話なの
 近くに住んでいる二つ上の兄ちゃんが旅に出ると聞いた。十歳になったのがそんなに偉いのだろうか。
「ずるいよな、ポケモン」
「うん、ずるいね」
「欲しいよな、ポケモン」
「あたしも欲しいのに」
「ちょっとくらい触らせてもらってもいいよな、ポケモン」
「うん、触りたいよね」
「あたしも触りたいのに」
 三人の意見は見事に一致した。公園のベンチでうーんと悩んでいる冬樹の隣にある、三匹のポケモンが入っていたバックをこっそり背後から持ち去る。余程真剣に悩んでいたのか、冬樹がそれに気付く様子はない。
「オッケー」
「バッチリだね」
「冬兄ちゃん気付かないね」
 三人は小声で声を掛け合うと、その場を急ぎ足で離れた。

「俺ツタージャ取りー」
 姫島健吾は一番にツタージャの入ったモンスターボールを掴んだ。
「あたしミジュマルー」
 次に選んだのは桐崎希咲で、ミジュマルの入ったモンスターボールを掴む。
「じゃあポカブで」
 じゃあポカブで、と言うかポカブしか残りがいない。最後に緑野輝男が残っていたポカブの入ったモンスターボールを取り出す。
「出てこい」
 三人が見事に声を揃えて……いや、輝男が少しだけ遅れて言った。
「俺のポケモン!」
「あたしのポケモン!」
「ぼ、僕のポケモン!」
 なんとも盗人猛々しい。俺のでもなければ、あたしのでもないし、ましてや僕のでもない。一匹は冬樹のポケモンであるし、正確には三匹ともまだアララギ研究所のポケモンだ。
 飛び出してきた三匹は、目の前に立っているのが冬樹でも研究所の人でも無いことに気付き顔を見合わせる。
「こいよ、ツタージャ」
 健吾が言うとツタージャはあからさまに怯えていた。
「おいで、ミジュマル」
 希咲が手招きする、だがミジュマルはそれを指差して大爆笑し始めてしまった。
「ポカブ、遊ぼ」
 輝男が両手を広げるとポカブがそこに飛び込む。こいつだけは無駄なくらいに人懐っこい。
「なに怯えてんだよこいつ」
「こいつ性格悪っ!」
 健吾と希咲が口々に言うが、輝男はポカブを抱っこ出来て満足なようだった。

「おい、こいつら戦わせてみようぜ!」
 唐突に健吾が言った。
「それは不味いんじゃない? 勝手に借りてきたのもばれちゃうし」
 町中でバトルを始めれば騒ぎになるし、バトルフィールドのある場所に行けば目立つだろう。
「だから町の外に行くんだよ、それなら見つからねーよ」
 健吾が一方的に決めると、ボールに戻し町の外へと向かった。希咲は少し、輝男はずいぶんと悩んでから健吾の後を追った。

 野生のミネズミが現れた。ツタージャ、ポカブ、ミジュマルのアサルトコンビネーション、ミネズミは倒れた。ポケモンバトルは主に一対一、あるいは二対二、最近だと三対三と言うのもあるが、基本的にスポーツなので同じ数同士で戦闘を行うのだが、相手が野生のポケモンだったり、三人が詳しくルールを知らなかったりするので、容赦なく数の暴力で叩き潰して行く。さらに、三匹は研究所出身のポケモンである。
 十二歳以下のジュニアトレーナーには研究所出身のポケモンが配布されるのだが、その理由を考えた事があるだろうか? 答えは簡単だ。ジュニアトレーナーの一人旅を守る為である。昔はそうではなかったらしいが、今ではトレーナーがどんな危険に遭っても守れるようしっかりと調教されているのだ。昔何処かの地方で旅立ったジュニアトレーナーが三日で全員殺害されると言う事故があった。餌を求めて降りてきた凶暴な野生のポケモンに襲われたのだ。配布されたポケモンもトレーナー達ももれなく腹の中、それ以降、トレーナー協会ではジュニアトレーナー用の配布ポケモンに厳しい訓練を義務付けている。
「おまえ臆病そうだったけど強いな」
 例えびくびく怯えているようなツタージャでも、戦闘になればこの辺りの野生のポケモンなど相手ではない。
「ミジュマル、あなたケンカ売ってるの? 私の指示全部無視して」
 そして万が一トレーナーが不在でも戦えるようにも訓練している。例え指示がなくても十分強いと言える部類だ。
「大丈夫かポカブ、上手く指示してやれなくてごめん」
 攻撃だけではなく、多少の攻撃なら耐え切れるタフネスも持っている。敵の攻撃に突っ込むようなむちゃくちゃな指示にもばか正直に従い、ずいぶんと攻撃を受けてしまっていたポカブだが、今も元気な様子を見せていた。
「俺達強いよな!」
「あたしのミジュマルが一番強いけどね」
「おまえの言う事聞いてないじゃん」
 健吾と希咲がお互いのポケモンが一番強いと言い張る。その言い争いは徐々にヒートアップしていく。輝男がそれを止めようとして、不意にポカブが振り向いた。
 揺れた草むらから顔を覗かせた紺色のポケモン。今まで出てきたミネズミやクルミルとは違うスマートな身体の二足歩行ポケモンだ。
「なんだあれ?」
「見たことないポケモンだな」
「もしかしてこの辺りのボスとか?」
 三人が顔を見合わせる。初めて見たポケモン、おそらくはボスだと判断する。
「じゃああいつを倒した方が」
「一番強いって事よね」
 健吾と希咲が互いに笑い合う。
「ちょっと、危ないよ」
 輝男が止めようとするが、もう遅い。健吾と希咲はそれぞれツタージャとミジュマルを連れて走りだしていた。仕方なくポカブを連れて輝男も続いた。

一葉 ( 2012/08/06(月) 21:54 )