想いに紡がれる未来は
† 想いに紡がれる未来は †
クァーレンチノ暦七十五年十二の月
ヨーランが地を蹴って走る。
「く、来るなぁーっ!」
戦場に咲く悲鳴は、彼の刃を持って鮮やかな血の花へと代わり、消える。
「鮮花め、やってやる、やってやるぞ」
「咲き散れ」
ヨーランは笑い、刃を振るう。
ナイフを突き立て、引き裂く。
鮮血で咲く花はまさしく恐怖の象徴であろう。
その証拠に、テオーリオを倒したことも手伝い、わずか一月足らずでヨーランの存在は鋼牙師団でも有名になりつつあった。
血に染まる紅い刃、紅鉄で作られているため赤いのだがそれを知るはずもなく返り血で紅く染まったと思われている、を携え、一撃のもとに生命を散らし、赤い花を咲かせる。
鮮花のヨーラン。
ヨーランとブレンは、紅蓮の牙での地位を上げていた。
二人にはその実力がある。
ウィズリーからも信頼され、テオーリオにやられた傷の治らないサラサに代わり、次の作戦の指揮を任される程であった。
ヨーランたちは計算していたわけではない。
だが、それは望むところだった。
次の作戦。
トルレンチノの神殿で行われる儀式。
祈りの巫女の座を継承する儀式。
祈りの巫女は伝説にも登場し、現在に至るまで受け継がれて来たこの国の象徴なのだ。
その儀式を襲撃し、この国の象徴である祈りの巫女を手中に入れるのだ。
祈りの巫女を味方に付ければ、国民は紅蓮の牙の味方に付く。
それは、紅蓮の牙としての最大の目標に繋がり、ヨーランたちの目的でもある。
祈りの巫女を助けだすこと。
赤鋼のハルシファムをはじめとする、鋼牙師団の名立たる騎士たちが集結しているだろう。
厳しい戦いになることは既にわかっていた。
作戦は、二手に分かれての攻略。
表からの陽動と、裏からの奇襲。
表に敵が集まれば、裏側が手薄になる。
奇襲を予見して、裏側にも戦力を集めていたなら、表から突き破ってやればいい。
正面から攻める一番隊には、ヨーランとブレン、さらには紅蓮の牙のナンバーツーであるロズレイドのロザリアを中心に計十名。
それを援護する二番隊。
前の戦いでも一緒だったゼルエルを含む八名。
裏口を攻める三番隊には、ウィズリーやリブリアが加わり十名。
脱出経路を確保し、作戦を支援する四番隊にはネイプルなど八名。
計三十六名がこの作戦に参加する。
勝てない戦いではない。
そして、ヨーランたちにとっては、これほどのチャンスは二度と訪れないだろう。
ここで、取り戻せなければ、二度と彼女を助けることなどできないかもしれない。
「準備はいいな」
全身を黒のローブで覆ったヨーランが呟いた。
「あぁ」
彼の傍らにいたブレンが頷く。
それに続き、彼らの後ろに並ぶポケモンたちが無言で武器を掲げた。
「俺たち一番隊は正面から突入する、二番隊がそれを援護、その隙に三番隊は裏口から突入する、四番隊が退路の確保、ウイズリム達が上手くやるには、俺たちが正面で敵を引き付ける必要がある、危険な役目ではあるが、その分重要な仕事だ、覚悟はいいな」
ヨーランが手際よく作戦の再確認をする。
「各員抜かりなく」
そして、ヨーランが宣言した。
「行動開始」
神殿の入り口には何人かの見張りがいた。
「どうする?」
「俺たちは陽動、なら、派手にやるだけだ、俺とリデェンスで先陣を切る、ロザリアとシェムエルは後に続け、残りは遠距離から援護しろ」
ヨーランは、そう指示すると地面を蹴った。
見張りの一人がヨーランに気付き、声を上げる。
「何者だ、止まれ」
だがそんなものを聞き入れるはずもなく、ヨーランはさらに加速をかける。
「くそっ」
止まる様子のないヨーランに、見張りたちは戦闘体勢をとる。
見えるだけでグラエナに、ヘルガー、ライボルト、入り口を入った先にもポケモンの影らしきものが見受けられた。
ヨーランとリデェンスが飛び出し、その背後から水弾と炎、電撃が降り注ぐ。
足元に着弾した電撃にグラエナがよろめいた、その瞬間を狙ってヨーランが駆けると、脇腹の柔らかい部分目がけて一撃を振るう。
鮮血が大輪を咲かせグラエナが絶命したと同時に、勢い良く飛び掛かってきたをヘルガー迎え撃ちリデェンスが地面を蹴った。
空中で二人がぶつかり合い、弾かれたその着地を狙いヨーランが襲い掛かる。。
続けて咲く紅の花。
「ま、まさか、あ、あざ……」
ライボルトの驚愕の叫びは、戦場に咲いた三つ目の花をもって沈黙へと変わる。
入り口から姿を現したベロリンガが、長い舌を黒のローブ目がけて叩きつけたが、それよりも先にヨーランが振るう紅い一閃がベロリンガの舌を切り落としていた。
口を抑えてのた打ち回るベロリンガに、ヨーランの背後から飛び出してきた、両手に花束を抱いたポケモンが、力一杯拳を叩き込む。
ロズレイドのロザリアだ。
彼女の拳を受けたベロリンガは、そのまま痙攣しながら地面に伏した。
「敵襲だ、敵襲だー」
大声を張り上げ入り口から姿を現したカメールに、ヨーランは笑みを浮かべる。
騒ぎ立ててくれればウィズリーたちがことを進めやすくなる。
だからそれでよかった。
「行くぞ、ブレン」
ヨーランが言うと、隣に並んだブレンが頷いた。
「うん、チルノを取り戻そう」
第二部 紅蓮の牙 完