第二部 紅蓮の牙
死を齎らす戦場
† 死を齎らす戦場 †




紅蓮の牙はハイレンチノを中心に活動をしていた。
その活動も、様々である。
ネイプルのような、非戦闘員は、主に情報収集や資金集めをしている。
そして、ウィズリーやヨーランたちのような、戦闘に特化したものたちは、国王の地盤、鋼牙師団の構成員を叩くのだ。

「……遠いよな」
ハイレンチノから西に位置する森の中でブレンは呟いた。
「……そうだな」
ヨーランたちは、自分達の力だけではチルノを取り戻せないことを知っていた。
そのための紅蓮の牙であり、こうした地道な活動なのである。
だが、反王国軍とは言え、その力は微々たるものであった。
チルノを取り戻す一番の近道だと思った、いや、一番の近道なのだろう。
だが、その道でさえ、長く、険しいことがわかる。
幸いなのは、チルノが歓迎されていること、おそらく危害を加えられることはないであろうことだった。
それも、風の噂で聞いただけなのであったが。


「このあたりか?」
ヨーランは地図を眺めながら呟いた。
ヨーランたちが正式に紅蓮の牙の一員となってからの初任務。
この近くで行われている鋼牙師団の一部隊の演習。
それを襲撃するために、二人は先遣隊と合流する手筈になっているのだが。
「いないな」
ブレンは周囲を見渡してみたが、それらしい人影は見つからない。
「簡単に見つかるようじゃ、俺たちの前に敵に見つかるだろ」
ヨーランはそう吐き捨てると張り出していた木の根に腰を掛ける。
「まぁ、じっくり待つとするか」
ブレンも同じように適当な木の根に腰を掛けた。

それから十分ほどたっただろうか。
「ブレン、誰か来る」
それが先遣隊、味方なのか、鋼牙師団、敵なのかまでは判別できない。
ヨーランはナイフを抜き、ブレンも袈裟掛けに、筒状の何かが幾つも取り付けられた襷を身に付ける。

やがて、木々の奥から一人のポケモンが姿を表した。
焦茶のトゲで背中を覆ったポケモン。
両手には鋭い爪。
サンドパンだ。
その姿を見てブレンは肩の力を抜く。
先遣隊のメンバーは既に聞いていた。
そのリーダーがサンドパンであることも。
だが、ヨーランはナイフを降ろそうとはしない。
木々に隠れるようにして、サンドパンの背後へと回る。
「お、おい、ヨーラン?」
思わず声を出したブレンに、ヨーランは小さく舌打ちをした。
「焔の月」
サンドパンがそう言うと、ヨーランもようやくナイフを降ろした。
「祈りの花」
それはこの国に伝わる伝説からとった彼ら紅蓮の牙の合言葉だった。
その様子を見てサンドパンは感心する。
「そっちのヨーギラスは警戒心が強いようだな、そうでなきゃこの世界では生きていけないぞ」
サンドパンという種族のポケモンは彼一人ではない。
鋼牙師団にサンドパンがいてもおかしくはないわけだ。
「そっちのブーバーは少し軽率だったがな」
「反省します……」
サンドパンと言うだけで油断してしまったブレンが呻いてうつむいた。


道すがら、現在の状況を確認する。
今回の作戦に参加する紅蓮の牙のメンバーは、ヨーランたちを合わせ六人。
この三人の他には、薄い青の身体にいくつもの毒針を持つニドリーナのリブリア。
大きな角を持つ虫ポケモン、ヘラクロスのバーミリオン。
首回りに浮き袋をもつブイゼルのゼルエルだ。
それに対し、鋼牙師団の人数は十八。
単純にざっと三倍である。
ただし、今のところ確認した中では強敵だと思われるのは一人だけで、残りは新兵であろう、とのことだった。
「で、その注意すべき相手というのは?」
ヨーランが聞くと、サラサはため息混じりに答えた。
「鋼牙師団の五つある部隊の一つ、その隊長だ」
サラサの話を聞いてみると、鋼牙師団は五つの部隊に分けられているらしい。
まずは、団長であるハルシファムが率いる本隊。
それから、サイドンのザイードが率いる重装甲部隊。
そして、サーナイトのサージェンスが率いる特殊調査部隊に、エアームドのバゼルが率いる空戦部隊。
最後は……
「機動戦部隊を率いる、レントラーのテオーリオ」
「機動戦部隊……」
ブレンは初めて聞く名前にわずかな戸惑いを覚える。
彼が思っていた以上に、敵の組織は巨大なのかもしれない。
「重装甲部隊が守りに特化した部隊なら、機動戦部隊は攻めに特化した部隊、つまり……」
「剣さえ折ってしまえば、敵の戦力は半減する、と」
ヨーランが言葉を引き継ぎ、サラサは頷く。

やがて、三人は残りのメンバーと合流した。
詳しい自己紹介はせず、名前だけを確認しあう。
残りの三人は、鋼牙師団の演習の様子を見張っていたため、敵は目と鼻の先であったからだ。
時刻は夕刻に近い、相手は演習を切り上げようとしているところのようだ。
サラサは背中に比べて弱い腹を守るためのプロテクター、リブリアは紫の長い角と襟飾りが付いた兜を身に付け戦闘準備に入る。
バーミリオンが自慢の一本角にブレイドを取り付け、ゼルエルは特に装備はないらしく、三人を待った。
「演習はそろそろ終わる、仕掛けるぞ」
サラサが言い、一同は頷いた。
「テオーリオは俺とヨーランで潰す、みんなは援護を頼む」
ヨーランとサラサは地面タイプのポケモンである。
そのため、電気に対する耐性は並外れて高い。
作戦に対する異論がないことを確認すると、サラサが告げた。
「行くぞ」



サラサの合図で一斉に飛び出していく。
先頭はサラサとバーミリオン、それに続きヨーランとリブリア。
ブレンとゼルエルは後ろから援護の姿勢をとる。
演習で疲れているところへの奇襲。
対応は遅かった。
サラサの爪が一番近くにいたオコリザルを貫き、バーミリオンの角がペルシアンを押さえ込む。
マッスグマの横っ腹にリブリアが角を突き立て、ヨーランのナイフはドンファンの急所を抉る。
慌てて臨戦態勢へと移ろうとしたが、それよりも先にゼルエルが吐き出した水流と、ブレンの炎が襲い掛かる。
水と炎の二重攻撃に怯んでいる隙に、さらに攻撃を仕掛ける。
瞬く間に、敵の数は半分まで減った。
さらに、一気に畳み掛けようと、バーミリオンが角を振り回しながら飛び込んでいく。


次の瞬間、雷が奔った。
閃光はバーミリオンの身体を貫く。
「バーミリオン!」
サラサが叫んだが遅かった。
無数の雷の刃が、次々とバーミリオンを貫いていく。
身体のわりには軽い音をたて、バーミリオンは地面に落ちた。

雷の発生源に、奴はいた。

紺の毛皮に覆われたポケモン。
同じく紺のたてがみを静電気で逆立てながら、奴は吠えた。
「情けない、それで鋼牙が勤まるか!」
彼らの将であるテオーリオの叱咤に、動揺しきっていた鋼牙師団のメンバー達は立ち直る。
「ヨーラン」
「わかってる」
サラサが言うと、ヨーランはテオーリオを挟み込むように動いた。
そんな二人に飛び掛かろうとしたグライオンを、リブリアが迎え撃って、サラサが望んでいたとおりテオーリオと二人が対峙出来る状況を作り出す。

「……砕撃のサラサか」
テオーリオが笑うように呟いた。
砕撃、岩石さえ打ち砕く一撃から付けられたサラサの通り名である。
「今日は尻尾を巻いて逃げなくていいのか?」
「黙れ、雷刃テオーリオ、ここで摘んでもらう」

サラサが鋭い爪を広げ疾走する。
サラサの真っすぐに突き出した初撃を、テオーリオは後ろに跳んでかわした。
「悪いが、殺し合いだからな、卑怯だと思うな」
その動きを読んでいたヨーランが背後からナイフを繰り出す。
臓物を抉り、死をもたらすはずだった赤刃は、テオーリオの脇腹を浅く裂いただけだった。
完全な死角からの一撃を、テオーリオはかわしてみせたのだ。
「甘いな、若いの」
テオーリオは空中で身を翻すと、ヨーランの横っ面を蹴り付けた。
「ちっ」
とっさに腕で頭を庇いながら着地する。
部隊長の名は伊達ではないと言うことか。
ヨーランは舌打ちすると、ナイフを構えなおす。

テオーリオが地面を駆けながら、雷を撒き散らす。
サラサは雷をものともせずにその後を追った。
「逃げるかっ!」
サラサが吠え、爪を振り上げる。
その瞬間、テオーリオは踵を反した。
突然の反転にサラサはついていけない。
「なっ?」
「終わりだ、砕撃」
テオーリオはそう言うと、サラサの首元に牙を立てた。


「させるか!」
ヨーランの飛蹴がテオーリオの頭を直撃した。
テオーリオはサラサから離れると、頭を軽く振る。
サラサは苦しそうに膝をついた。
喉からは赤い血が流れている。
「サラサ、無事か?」
ヨーランが聞くと、サラサは喉が潰されているのか、口で答えず大丈夫だと軽く手を上げてみせた。
だが傷は軽いようには見えない。
「これ以上の戦闘は危険だ」
「後は俺がやる、あいつは俺が倒す」
そう言って、ヨーランはナイフを逆手に構えなおした。


ゼルエルはバーミリオンの身体を抱き上げる、と首を横に振った。
もう、息はない。
リブリアとブレンは残っていたポケモンを迎え撃つ。
数は、まだ相手が上。
「一気に決めよう」
ブレンは襷に備えられた筒を一つ手に取る。
だが。
「ブレン、おまえはヨーランの援護へ」
ゼルエルはバーミリオンを地面に横たえるとそういった。
見ると、サラサが膝を付き、ヨーランが一人でテオーリオと闘り合っている。
「わかった」
そう言うと、手に持った筒を敵の集団に向けて放り投げた。
「こいつを受け取っておけ!」
さらに筒に向けて炎を放つ。

次の瞬間、筒は膨大な熱と炎を持って弾け飛んだ。

炎岩と火薬を詰めて作った爆薬、ブレンは炸炎丸と呼んでいる。
そして、任せると言い残してブレンは背を向けた。


テオーリオの放つ雷をナイフで切り払い、ヨーランは距離を詰める。
ヨーランの硬い岩の肌なら、テオーリオの牙を防げるかもしれない。
テオーリオも、その可能性があるからこそ攻め切れずにいた。
「ヨーラン、伏せろ」
突然の第三者、ブレンの乱入にテオーリオが脚を止める。
同時にヨーランはさらに踏み込む。
次の瞬間、炸炎丸が爆発した。

岩のタイプを持つヨーランは炎や熱に対する高い耐性を持つ。
だが、それはブレンほどではなく、苦痛に表情を歪めていた。
爆風に巻き込まれたのだ。
しかし、テオーリオのそれはヨーラン以上だった。
全身の体毛が焦げ縮れ、同時にナイフで抉られた右前脚はだらりと下げられている。
「……こんのぉっ!」
テオーリオが吼え、ブレンへと飛び掛かる。
動きが鈍い、このダメージでは最大の武器である速度を活かしきることは出来ない。
牙を剥くテオーリオに、ブレンは炸炎丸を一つ構える。
そして、それを直接叩きつけた。
爆発がテオーリオを飲み込む。
空高く吹き飛ばされ、そのまま受け身を取ることも出来ず地面に叩きつけられたテオーリオに、ブレンはため息を吐く。
ブレンも爆発に巻き込まれたはずなのだが、ダメージはさほどないようだった。

「伏せてって言ったのに」
ブレンは不満そうに呟く。
「……あの程度の熱量ならまだ耐えられる」
ヨーランは脚を引きずりながら言った。
リブリアとゼルエルの方を見ると、向こうも戦闘が終わったところのようだった。

「初任務、なんとか完了ってところか」
倒れているバーミリオンを見て、ヨーランは呟いた。


一葉 ( 2012/01/11(水) 11:27 )