血に染まる紅蓮
† 血に染まる紅蓮 †
クァーレンチノ暦七十五年十の月
南端の交易地ハイレンチノ
シトレンチノでリデェンスと出会って一ヶ月、チルノが誘拐されてからは十ヶ月が経ち、季節は再び冬を迎えようとしていた。
「賑やか街だな」
キョロキョロと周りを見渡し、立ち並ぶ屋台を覗き込んで歩くブレンが呟いた。
「賑やか街だからこそ、なんだろ」
その隣を歩くヨーランは、屋台には見向きもせず進んでいく。
二人の故郷では、屋台なんて物は年に一度の祭の時くらいしかお目にかかるものではなかった。
まだ待ち合わせには時間がある、少しくらい見ていっても良いのではと思うのだが、ヨーランは一人でどんどん進んでいってしまう。
ブレンは屋台の物色を諦めると早足でヨーランを追った。
シトレンチノも大きな街であったが、この街はまた毛色が違った。
シトレンチノは宗教都市、訪れるポケモンは神殿への参拝客が多いせいか、ポケモンが多くとも落ち着いた厳かな雰囲気があった。
だがこの街は南端の国境に位置する交易で賑わう街だ、客引きの声が飛び交い活気に溢れている。
二人がこの街を訪れたのは、理由があった。
リデェンス達反王国軍紅蓮の牙のリーダーがこの街にいると教えられたからだ。
鋼牙師団に対抗した名前だと言っていた。
鋼を溶かす灼熱の紅蓮。
協力者としてリデェンスと共に行動し、幾度か彼らの作戦にも参加した。
他のメンバーとも顔を合わせ、、ついにはリーダーと会う約束まで取り付けたのだが。
「約束の時間、過ぎたな」
ブレンが呟き、ヨーランが頷く。
待ち合わせ場所の広場で様子を窺っていたが、それらしいポケモンは見当たらない。
それからさらに時間が過ぎてゆく。
さすがに二人も待ちくたびれた頃だった。
「遅くなりました、ごめんなさい」
二人は驚いて周囲を見渡した。
声は頭の中へ直接響いてくる。
エスパーポケモンが使うテレパシーという奴だ。
「あいつらに付けられてしまって、直接話せなくてすみません」
あいつら、鋼牙師団に付けられている。
なるほど、とヨーランは頷いた。
「場所を教えますから、そこへ行ってください」
その言葉を最後に、交信は途絶え、二人の頭のなかに地図が思い浮かぶ。
「行くぞ、ブレン」
「そうだね」
二人は尾行がないことを確認しながら歩き出した。
辿り着いたのは、小さな酒場であった。
まだ十一である二人が入るには場違いであったが、躊躇なく踏み込む。
「店は夕方からだ」
店のマスターである四枚の羽を持つコウモリポケモンがそう告げた。
「熱いのを一つ」
ヨーランが既に知らされていた合い言葉を口にする。
「……どれくらい?」
「鋼が溶かすくらい」
短いやりとりを終え、二人は店の奥へと案内される。
その先にいたのは、赤と黒の縞模様に白い鬣を持つ獅子のようなポケモンであった。
ウインディである。
「話は聞いている、おまえらか、入団希望者というのは?」
ウインディは二人を認めるとそう言った。
「そうだ、ヨーランと言う」
「ブレンです」
二人は短く答えた。
「……子供がどんな理由で?」
ウインディが問う。
わずか十一の元服もしていない子供のやろうとすることではない。
「親の仇、それじゃ不服か?」
ヨーランの殺意を込めた口調にウインディは首を振った。
「そうか、シトレンチノの子供だったな」
その道では有名な話である。
鋼牙師団がシトレンチノを攻撃したと言うのは。
「だが、復讐は過去に対する行為だ、それは未来まで食い潰すぞ」
ウインディの言葉に二人は答えない。
「過去の為に未来まで犠牲にする覚悟があるなら止めはせん」
「構わない、俺が取り戻すのは俺の未来じゃない、あいつの未来だ」
その言葉だけでウインディは理解していた。
復讐以上に強く願う二人の目的を。
「この国はおかしくなっている、それを皆は気付いていない」
ウインディはそう切り出した。
「奴が、どこぞから流れてきた竜が来てから、王はおかしくなった」
「だから、我々は国を作り直す、でしょ?」
声は後ろから来た。
緑色の身体をした小さな鳥ポケモン、ネイティの少女だ。
「その声、さっきの……」
ブレンが呟く。
その声は先程二人をこの隠れ家に案内した声だった。
「そう、ネイプルです、よろしく」
ネイプルが小さな身体でお辞儀をする。
その直後にウインディが呟いた。
「……バカが」
「えっ?」
ネイプルが驚いて顔を上げる。
ウインディはネイプルのさらに後ろを睨んでいた。
ネイプルが振り向くと、そこにさらにもう一人、客がいた。
毒々しい紫の身体を持つ蛇。
頭の下にもう一つ、頭のような模様がある、アーボック。
「付けられたな」
その言葉で、ヨーランたちも状況を悟る。
ネイプルが先ほど言っていたではないか。
彼女を付けていた尾行だ。
「下がっていろ」
そう言ったウインディを、ヨーランが手で制す。
「挨拶代わりだ、俺が殺る」
そう言って、ヨーランがアーボックと対峙した。
「殺る、俺がおまえをか?」
アーボックが嘲笑う。
「手土産を忘れたからな、おまえの首で済ます」
淡々と述べたヨーランにアーボックは頬を引きつらせた。
「俺はな、そこの犬っころを殺しにきたんだ、おまえみたいなガキと遊びに来たんじゃない!」
アーボックが吼える。
それをヨーランは紅色に輝くナイフを抜きながら笑い飛ばす。
「人を待たせるわけにはいかない、来いよ」
ヨーランがかかってこいと指で差す。
「そうだな、主賓を待たせるわけにはいかん、三秒で殺す」
そう言ってアーボックが床を走った。
「危なっ?」
思わず間にはいろうとしたネイプルをブレンが止める。
大きく口を開き、鋭い牙を剥き出しにして飛び掛かってきたアーボックに対して、ヨーランは前へと出る。
上顎を左手で押さえながら、口の中から下顎にナイフを突き刺した。
かつての装飾用の刃ではない、戦闘用に作り直された鋭利な刃は、岩石だろうと易々と切り裂く。
口を無理に開かれたままの体勢になっているアーボックは声にできない悲鳴を上げた。
さらに下顎を引き裂くようにナイフを下に振り抜く。
顎を引き裂かれたアーボックは、大きく仰け反りながらも尻尾を振るった。
単に痛みに尾を振り回しただけかも知れないが。
その尾をナイフで切り飛ばすと、ヨーランは飛び上がった。
仰け反った頭を左手で押さえ込み、脳天にナイフを差し込む。
そして、頭部を力任せに引き裂き、鮮血が赤い花を咲かせた。
身体が千切れても再生するとまで言われる生命力を誇るアーボックも、頭を引き裂かれてはひとたまりもない。
ぐらりとアーボックの身体が傾くと、そのまま地面に落ちた。
そして。
「そろそろ三秒か?」
アーボックの亡骸にヨーランは冷たく言い放った。
「ほぉ」
感嘆の声を上げるウインディに、ヨーランは頭を下げる。
「すまない、部屋を汚した」
ヨーランが言ったとおり、床や壁はアーボックの血で赤く染まっていた。
「いや、いいさ」
ウインディは嬉しそうに笑う。
「動機も、実力も申し分ないことがわかった、それで充分だ」
そして、ウインディは告げた。
「二人を新たな仲間として迎えよう」
それから思い出したように言う。
「紹介がまだだったな、俺は紅蓮の牙のリーダーをしているウイズリム、ウィズリーでいい」
ウイズリム、ウィズリーは二人を歓迎するように笑った。