鳥籠の歌姫と二人の騎士 - 第二部 紅蓮の牙
動き始めた二人
† 動き始めた二人 †

クァーレンチノ暦七十五年九の月

信仰の街トルレンチノ


ヨーラン達が初めてこの街に訪れてから、既に二ヶ月が経っていた。
北側の国境に近いこの街には、国境を越える旅人や、国境を越えてきた商人、さらには北の森にそびえる神殿への巡礼客など、多くのポケモンが立ち寄る。
おまけに東側の国境が山間に位置し、交通に不便な事もあり、山脈を迂回した安全なルート、北側の国境を越えるポケモンが多いのだ。
その為、自然と物資が集まり、旅人達も集うようになった。

その街で、ヨーラン達が最初に始めた事が、腕試しと路銀を稼ぐ事だった。
二人はラングレットとベオグラフとしか剣を交えた事がない。
ラングレットとの模擬戦は結局最後まで勝敗は五分五分だった、お互い切磋琢磨している結果とベオグラフは言ったが、完全に乗り越える事が出来なければその実感も薄い。
そして旅の路銀もそれほど潤っているわけでもない。
旅先で稼がなければすぐに食いっぱぐれる。
だから……

力強く地面を蹴ったヨーランが疾走し、その背後からブレンが火玉を投げ掛けた。
炎に怯んだグライガーの脇腹をヨーランの踵が抉り、再び炎が追い討ちを掛ける。
「逃がすか!」
ヨーランが紅色に煌めく刀身を持つショートソードを携え、逃げ出そうとしたヤミラミの後を追った。
後頭部に打ち込まれた柄頭の一撃が、見事にヤミラミを昏倒させる。
「こんなもんか」
死屍累々と倒れ伏すポケモンの群れに、ヨーランは一息吐く。
トルレンチノ北東の森、それらはトルレンチノの北の街道で暴れていた小さな盗賊団である。
懸賞金額は高くはないが、それでも立派な賞金首、二人はこの二ヶ月で既に七件もの賞金首を確保していた。
「ヨーラン、ケガはない?」
「大丈夫だ、この程度の小物相手で下手なんて打つか」
ヨーランは剣を収めブレンからロープを受け取ると、盗賊団達を縛り上げる。
「小物って……一応今までで最高額だよ」
「それでも高額の賞金首と比べたら桁が幾つか違うだろ」
「そりゃそうだけど」
ブレンが不満そうに、否、不安そうに言うが、ヨーランはそれを相手にしない。
シトレンチノを襲った奴ら、それがどれだけの強さかはわからないが、街を一つ滅ぼすような行いをした奴らだ、賞金が掛けられるならその額はかなりの額になるであろう。
いずれ奴らを相手にするのだ、この程度の相手にてこずるようでは、勝ち目などない。
もっと強くならなくてはいけないのだ。

「全員気絶してるか、まいったな」
二人は捕えた賞金首からシトレンチノを襲った奴らの情報を集めていた。
同じ犯罪者、どこかで繋がりがあるかと探って来たが、未だに情報は得られていない。
「起きるまで待つ?」
ブレンに尋ねられ、ヨーランは頷いた。
「どうせ聞ける話は同じだろうがな」
二人が適当に座り込もうとした、その腰を止める。
ヨーランがそのまま地べたに座り、ブレンにも座るように促すが、既に違和感を隠し切れていない。
そして、ブレンが座るより先に、彼は姿を現した。
背中が紺、腹側が橙の毛皮で覆われた四足歩行のポケモン、ヨーランよりは大きいがブレンよりは小さいその身体は、スマートであるが鍛えられている事がよくわかった。
マグマラシと言う炎ポケモンで、二人にも見覚えがあった。
「やっぱり尾行って苦手、ばれちゃったらもう仕方ないよね」
肩を竦めて見せるマグマラシに、二人も戦闘態勢を取る。
「……リデェンスか、詳しい罪状は知らないが、こいつらとは二桁違う賞金が掛けられていた」
「知ってるんだ、俺も有名になったんだね」
賞金首のマグマラシ、リデェンスは平然と笑う。
「わざわざ隠れて見てたよね、どういうつもり」
ブレンの問いにリデェンスは戸惑いもなく「観察してたんだよ」と応えた。
「あんた達が探しているストライク、その情報を知っているよ」
「どうしてそれを!?」
戸惑うブレン、ヨーランは表情を変えず、値踏みするようにリデェンスを睨んでいた。
「まさか奴らの仲間?」
「それは、俺を倒してから聞き出せば良いだろ、俺は、あんた達と戦う、まずは力を見せてよ」
半ば一方的に宣言すると、リデェンスの背に爆焔が宿る。
「ブレン、行くぞ」
ヨーランは言うと紅の刃を構えた。
刃渡り十五センチ程のナイフ。
あの日、チルノに渡し損ねたナイフだった。
鋭利な刃は装飾用のものではなく戦闘用に作り直されている。
「意図が読めない、油断するな」
「うん、わかってるよ」
ブレンも拳を握りファイティングポーズを取ると、地面を蹴った。

左右に別れたヨーランとブレンを、リデェンスは怯む事なく待ち受ける。
短く呼気を吐き出し加速を掛けたヨーランの刃がリデェンスの喉元を狙うが、僅かに退いてそれを躱すと、一足で飛び上がりヨーランの頭を踏み台に飛び越える。
「ヨーラン、下げて!」
それに応えて身体を低く沈めたヨーランの上を、ブレンが飛び越えて拳を振るう。
「遅いよ!」
リデェンスが短く炎を吐き掛けブレンに浴びせる。
だが、ブレンとて炎タイプのポケモン、炎に対する耐性は桁外れに高い。
炎を割って飛び出したブレンの拳が、大きく空振る。
同じ炎タイプのリデェンスに、ブレンに炎が通用しない事がわからないはずがない。
炎は視界を潰す為のもの、炎でリデェンスの姿を見失ったその隙に、サイドへ回り込んだのだ。
無防備なブレンへと牙を突き立てる、その寸前でヨーランの一閃がリデェンスを退けた。
トントンとステップを踏みながら下がるリデェンスを、ヨーランのナイフが追う。
刺突から凪ぎ払う動作の連撃を辛うじて躱し、さらに距離を取ってブレンの追撃に備える。
炎を纏う拳、他のポケモンが受ければ致命傷と成り得るそれを、リデェンスは後ろ足で蹴り止めた。
「それじゃあ俺は倒せないぜ!」
「吠えるな」
間髪入れず踏み込んだヨーランが、リデェンスの腹を思い切り蹴り上げる。
「っが!?」
肺の空気を逆流させる一撃にリデェンスの身体が浮き上がる、その身体を、ブレンが思い切り叩き落とした。
飛び起きるように後退するリデェンスだが、ヨーランはそれを逃がさない。
背後から首を握り、背にナイフを突き付ける。
「やるね、あんた達」
「おまえ、どういうつもりだ?」
嬉しそうに言ったリデェンスは、ヨーランの言葉を受けきょとんと目を丸くする。
「手を抜いてたな、本気じゃなかっただろ」
「気付いてたのか、力をみたいって言ったろ、だからだよ」

「目的はなんだ? 奴らの何を知っている?」
ヨーランはリデェンスを離すと距離を取る。
「あんた達、シトレンチノから来たんだろ、目的は復讐か?」
故郷の事件の事を知っている、その事実に二人は息を呑む。
「あのストライクに復讐したいなら、悪い話じゃないと思う」
「……どうする? ヨーラン」
「聞くだけ聞いてみても悪くは無いだろ」
「わかった、聞かせてくれ」
ヨーランがそう答えると、リデェンスは小さく頷いた。

「赤鋼のハルシファムって知ってるか?」
まずリデェンスはそう言った。
「王国騎士団の団長だろ、奴と同じ赤い鎧のストライク」
トルレンチノに来てからの聞き込みで何とも耳にした名前だ。
赤い鎧のストライクと聞かれれば誰もが答える英雄。
「おいおい、何言ってるんだ、確かに繋がらないのも無理はないけど」
リデェンスが告げる。
「シトレンチノを襲ったのは王国軍……鋼牙師団ハルシファムだ」
言葉を失う。
クァーレンチノ王国の若き英雄、鋼牙師団団長、それが犯人。
「そんなバカな、王国軍がなんで自分達の国を襲うのさ」
ブレンの反論はもっともである。
王国軍がシトレンチノを襲撃するメリットはない。
そしてチルノを攫った理由も説明出来ない。
「事実なんだから仕方ない」
だが、納得出来るのだ。
国家公式の地図から消された故郷。
襲撃が王国軍の仕業だとすれば、綺麗に繋がる。
「事実だとしても、なんでそんな事を知ってる? 王国軍が街を襲ったなんて知れたら大変な事になるはずだ」
機密情報にも程がある、一介の賞金首が持っていて良い情報ではない。
「俺の……と言うか、俺達の手配書、あれ、罪状とかけっこうデタラメだから」
俺達、仲間がいるのか、とヨーランが周囲に気を向けたが、気配はない。
「でも指名手配されてるのは本当だし、賞金額も妥当、罪状は国家反逆罪とかになるのかな」
「は、反逆?」
思いもよらぬ言葉にブレンは思わず問い返していた。
「そう、クァーレンチノ解放軍紅蓮の牙、レジスタンスって奴さ」
テロリストとも言うけど、とリデェンスは笑った。
その様子からは真偽は掴めないが、内部の機密を知り得た事には納得の出来る話だった。
「そして、俺は王国軍に恨みがあるはずのあんた達を、仲間にしたいのさ」
不敵に笑うリデェンスは、静かにそう告げた。


一葉 ( 2011/10/19(水) 23:38 )