力を求める子供
† 力を求める子供 †
クァーレンチノ暦七十五年二の月
彼の襲撃から一月が過ぎた頃、それは二人にとって日課となっていた。
起床して朝食を摂るとすぐに炭坑に出かける。
ヨーランの父親を含め、炭坑夫達はほとんどが殺された。
鉱山で鍛えられた屈強の炭坑夫達だったからこそ、勇敢にも立ち向かい、殺されたのだ。
その為、炭坑では人手が不足している。
こんな状態でも、いやこんな状況だからこそ、炭坑を動かさなければならないのだ。
シトレンチノの街は鉱山を中心に成り立っている。
街の復興の為にも、炭坑が動かなければ復興資金も集まらない。
炭坑の仕事は二人にはもちろん、大人のポケモンにだって重労働である。
だからこそ二人はこの仕事を選んだのだ。
「悪いな、二人とも、こっちの仕事まで手伝ってもらってよ」
運搬用のトロッコに土砂を積み込みながら尻尾に炎を灯した翼を持たない赤い竜、リザードが申し訳なさそうに言った。
その動作はどこかぎこちなく、危なっかしい。
「リズさんは無理しないでよ、まだちゃんと治ってないんだから」
ブレンはそう言ってリズと呼ばれたリザードからショベルを奪い取る。
先日の事件で負傷した腕がまだ完治していないのだ。
「気にしないで、これも鍛練の内なんだから」
ヨーランがこれが自分達の意志であることを告げると、土砂を外へ運びだすためにトロッコを押して歩きだした。
この街の為にも、そして自分達の為にも、炭坑の仕事が必要だったのだ。
基礎体力の強化、筋力や持久力、そのすべてが不足していると二人は考える。
強くなるために、まずは自分達自身を鍛える事から始めたのだ。
炭坑での重労働は自然と身体を鍛える事が出来る、それは炭坑夫であるヨーランの父親達を思い出せば疑い様がない。
街の為になると考えれば一石二鳥である。
そして、自分自身の能力と同時に、戦う為の術が必要だとも思った。
夕方になり炭坑での作業が撤収に向かい始めると、二人は沢を降り森へ向かう。
街から少し離れた森の中に、それはあった。
シトレンチノの街では見られなかった木製の小さな小屋、その隣に積み重ねられた丸太はどれもがヨーラン背丈程もある大樹である。
切り口が非常に滑らかでささくれ一つないのは、鋭利な刀剣で一刀両断にしたからである。
シトレンチノでは石材建築が主流であるが、木材に利用用途がないわけではない。
家具などはやはり木製品が好まれるし、石材に比べて加工が容易く軽いため、扉や床等には木材が多く使われている。
そして、シトレンチノで使用される木材の実に九割を賄っているのが、この小さな山小屋の主だった。
「飽きもせず来たのか」
山小屋から姿を現したのは、二メートルはあろうかと言う茶色の毛並みに真円の模様を刻んだ巨大な二足歩行の獣型ポケモンだった。
リングマのベオグラフがいかつい表情で二人を睨み付ける。
ベオグラフは山賊も裸足で逃げ出すほとの強面であるが、ヨーラン達は特に怯える様子はない。
怯えるどころか、二人は声を揃えてこう言った。
「今日もお願いします!」
ベオグラフは剣術家である。
一般的な木こりが斧を用いるのに対し、ベオグラフが伐採に使用するのは刀と呼ばれる片刃の剣だ。
居合い、という遠方の技術らしく、ベオグラフは鞘に収めた刀を抜くと同時に、一メートルはあろう大木を切り倒してしまう。
今は木こりの技としてしか使っていないが、元々は戦闘術として研かれたものである。
あの事件から一月である、そんな短期間で体力が飛躍的に強化されるはずはないのだが、炭坑の仕事に慣れた事で結果的に疲労が抑えられ、体力に余裕が出来たヨーラン達は、戦う術を得るためについ先日、ベオグラフに弟子入りしたのだ。
もっとも、弟子入りを許されたわけではない。
弟子入りの為に出された一つの条件。
「ラングレット、相手をしてやれ」
ラングレットと呼ばれたのは、ベオグラフと同じ茶色の毛並みに三日月模様を持ったポケモンであった。
リングマの進化前、ヒメグマだ。
ベオグラフの出した条件、一週間以内に彼の息子、ラングレットに一度でも勝利する事だった。
背丈もヨーランとさほど変わり無く、強面のベオグラフとは似ずずいぶんと愛らしい顔のポケモンであるが、二人は彼の正体を知っているため、彼を慢る事はない。
「めんどくせぇな、カスい奴が何回やっても同じだっつーの」
愛らしい顔付きには似合わない悪態を吐きながらラングレットは小屋に戻ると、三本の木剣を手に戻ってきた。
「ほらよ」
手にした木剣のうち二本をヨーランとブレンに投げ渡す。
「得物は真剣だと思え、先に致命傷となる一撃を取った方を勝ちとする」
ベオグラフが告げ、丸太に腰を掛けると、右手を上げた。
そして、その手を振り下ろす。
それを合図に、二人の試験が始まった。
真っ先に踏み込んで行ったのはヨーランだった。
切り上げた木剣をラングレットは刃を添えるように流すと、がら空きになった腹部を思い切り蹴り上げる。「ぐっ!」
その隙に斬り込んだブレンの腕を木剣で打ち据え、怯んだ所に袈裟懸けに一撃見舞う。
これが真剣であったら即死だったであろう。
ベオグラフがブレンの失格を告げる中、ブレンの影に隠れるようにしてヨーランが逆側に回り込む。
真っ直ぐに突き出した切っ先を流すようにラングレットが宙で一回転すると、そのままの勢いでヨーランの脳天目がけて木剣を振り下ろした。
「痛たたた」
試験を数セット繰り返したのち、ブレンは座り込んで全身を擦っていた。
ヨーランは戦闘を反芻するように何度か攻撃に入るまでの足運びをゆっくりと繰り返していたが、どうやってもイメージの中のラングレットには追い付けず舌を打つ。
「いい加減諦めな、てめーらのねむてーお遊びに付き合うのも飽き飽きだ」
「あ、遊びなもんか!」
吐き捨てたラングレットに食って掛かるブレン。
ヨーランが木剣を肩に担ぐと空いた左手をラングレットに向けた。
「……ラングレット、もう一回だ」
「何度やっても変わんねーよ」
そう言いながら二人は木剣を構えて向き合う。
「行くぞ!」
結局、この日も二人は一度もラングレットから一本取ることは出来なかった。
数日後、ヨーランとブレンは朝からベオグラフの山小屋に向かっていた。
リズには炭坑の仕事を休む事は伝えてある。
今日がベオグラフと約束した七日目、弟子入りの為に与えられた期間の最終日なのだ。
炭坑での疲労がない分、身体は驚く程に軽い。
「体調は万全だ? そんなあめー考えだからてめーらは雑魚いんだよ」
ラングレットはいつものように三本の木剣を用意すると、それをヨーラン達に投げ渡す。
「今日が最後だ、勝負はこの一回っきり、本当に殺し合いだと思え、自分に出来るすべてを出し切ってみろ」
ヨーランは受け取った木剣を見つめると、柄ではなく刀身部分を握り軽く振った。
「……ラングレット、これより短いのってないの?」
「あ? ねーよ、短いのが欲しけりゃ折れ」
ヨーランに尋ねられ、ラングレットは素っ気なく応える。
「……折れって」
それを聞いたヨーランは飽きれたようにラングレットと木剣を交互に見た。
そしてため息を一つ、木剣を肩に担ぐ。
「ベオグラフさん、本当になんでもありなの?」
ブレンが聞くとベオグラフは深く頷いた。
「お前たちは殺し合いに手段を気にするか? 綺麗だの汚ないだの言っている暇があるのなら、確実に、正確に、相手を殺すことだけを考えろ」
「うん、わかった」
「用意はいいな」
ベオグラフが告げると三人は頷いた。
ベオグラフに弟子入りするための最後の試験。
それはいつものように振り上げた右手が、力強く振り下ろされるのを合図に幕を開けた。