第二部 紅蓮の牙
想い紡ぎし赤刃
クァーレンチノ暦七十五年十二の月

トルレンチノ北部 祈歌の神殿



「準備はいいな」
全身を黒いローブで覆ったポケモンが呟いた。
その口調は冷たく、まるでナイフのように鋭い。
「あぁ」
彼の傍らにいた尾に炎を宿すポケモンが頷き、振り向くと、片手を大きく振り上げた。
それに続き、彼らの後ろに並ぶポケモンたちが無言で武器を掲げる。
「俺たち一番隊は正面から突入する、二番隊がそれを援護、その隙に三番隊は裏口から突入する、四番隊が退路の確保、ウイズリム達が上手くやるには、俺たちが正面で敵を引き付ける必要がある、危険な役目ではあるが、その分重要な仕事だ、覚悟はいいな」
黒いローブ姿のポケモンが淡々と作戦の再確認をすると、引き連れた部下達に低く抑えた小さな声で激励を飛ばす。
隊員達も掛け声で応えたいところなのだろうが、敵地のすぐ傍だ、大きく掛け声など上げては敵に発見されてしまう。
「各員抜かりなく」
そして、黒いローブのポケモンは言い放つ。
「行動開始」

神殿の入り口には予想通り何人かの見張りがいた。
「どうする?」
「俺たちは陽動、なら、派手にやるだけだ、俺とリデェンスで先陣を切る、ロザリアとシェムエルは後に続け、残りは遠距離から援護しろ」
黒のローブのポケモンは、そう告げると地面を蹴った。
見張りの一人が黒のローブに気付き、声を上げる。
「何者だ、止まれ」
だがそんなものを聞き入れるはずもなく、黒いローブのポケモンはさらに加速をかける。
「くそっ」
止まる様子のない黒いローブのポケモンに、見張りたちは戦闘体勢をとる。
見えるだけでグラエナに、ヘルガー、ライボルト、入り口を入った先にもポケモンの影らしきものが見受けられた。
飛び出した黒のローブと、リデェンスと呼ばれた紺と薄い燈色の体毛に覆われたポケモン、その背後から水弾と炎、電撃が降り注ぐ。
足元に着弾した電撃にグラエナがよろめいた、その瞬間を狙って黒いローブのポケモンが駆けると、脇腹の柔らかい部分目がけて一撃を振るう。
鮮血が大輪を咲かせグラエナが絶命したと同時に、勢い良く飛び掛かってきたをヘルガー迎え撃ちリデェンスが地面を蹴った。
空中で二人がぶつかり合い、弾かれたその着地を狙い黒のローブが襲い掛かる。。
続けて咲く紅の花。
「ま、まさか、あ、あざ……」
ライボルトの驚愕の叫びは、戦場に咲いた三つ目の花をもって沈黙へと変わる。
入り口から姿を現したベロリンガが、長い舌を黒のローブ目がけて叩きつけたが、それよりも先に黒のローブが振るう紅い一閃がベロリンガの舌を切り落としていた。
口を抑えてのた打ち回るベロリンガに、黒のローブの背後から飛び出してきた、両手に花束を抱いたポケモンが、力一杯拳を叩き込む。
「敵襲だ、敵襲だー」
大声を張り上げ入り口から姿を現したカメールに、ローブのポケモンは笑みを浮かべる。
そして、ローブの裾から覗いた、血濡れの赤い刃が妖しい輝きを放っていた。





‡ 第二部 紡がれる未来へ ‡

† 想い紡ぎし赤刃 †



クァーレンチノ暦七十五年一の月

石鋼の街シトレンチノ



チルノがさらわれてから既に数日が経っていた。
街に残った傷痕は大きく、かつての活気は微塵もない。
あの襲撃で多くのものが失われた。
多くの命が失われた。
「……ヨーラン」
ブレンは躊躇いながら声をかける。
「なに?」
そう答えたヨーランの笑顔は、見るものが目を覆いたくなるほど痛々しいものだった。
街のポケモンの、大人を中心に実に半数が命を奪われた。
ヨーランにも、その傷は深く残っている。
炭坑で、ハルシファムの手によって父バランは殺された。
だが、それだけではない。
商店街では、チルノを守ろうとした母も、ハルシファム達によって殺されていたのだ。
親友、両親、一度に失うには大きすぎるものだった。
その後、孤独の身になったヨーランはブレンの家で保護された。
右腕を失いながらも一命を取り留めたグランが、そう決めたのだ。
新たな年の初めだというのに、この街は既に死に絶えていた。

「グランさん、大変だよ」
突然工房に飛び込んできた鳥ポケモンに三人は顔を上げた。
水色と白の身体。
そして、ヨーランがまるごと納まってしまいそうな大きな嘴を持っている、ペリッパーのフレディオだ。
「どうした、いきなり」
グランが先を促すとフレディオは、仕事先の街で聞いたことを話し始めた。

まず三人が驚いたのは、一枚の地図だった。
首都、クァーレンチノで購入したものである。
そこには、シトレンチノの名前が載っていなかった。
シトレンチノは辺境ではあるが、決して無名の町ではない。
レアメタルや炎岩の採掘される工業地として有名な町であり、この街で創られる工芸品は国内だけではなく、遠方の国にまでその名を届かせている。
突然地図から消える理由などないはずだった。
フレディオはそんな事があるはずがないと不思議に思い、少し調べてみることにした。
情報はあっけないくらいにすぐに出た。

「鉱山から毒ガスが噴出だって!?」
ヨーランが驚いて叫ぶ。
「鉱山は閉鎖され町は半壊滅……なんでそんなでたらめが……」
ブレンも耳を疑うようだった。
今、この街、シトレンチノが壊滅しかけているのは、ハルシファムと名乗るストライクが率いる謎の一団の所為である。
「……ただの人攫いじゃあ無いと思っていたが、いったいどういうことなんだ」
グランには誰かがあの一団を擁護しているとしか思えなかった。
そうでなければ、そんな噂を流す必要もない。
そして、それはなんらかの権力を持った者に違いないのだ。
フレディオが持ってきた地図は、王国で造られている国家公式地図である。
「それを書き替えられる者など、そうは居まい」
「……なんなんだ、奴らは? それじゃあ、王様がチルノをさらって行ったって言うのか?」
ヨーランが激情を露にする。
「それは言い過ぎだよ、だけど、国のお偉いさんが関わってる、それは間違いない」
フレディオはそうを認めた。
国家公式地図からシトレンチノが消えた。
そんな指示が出せるのは、王国のポケモン、それもそこそこの権力があるポケモンであるはずだ。
「ヨーラン、行こう」
ブレンが立ち上がり、ヨーランに手を差し伸べる。
「行くって、どこに?」
「決まってでしょ、チルノを取り戻しにだよ」
ブレンがそう言い、グランが制止をかける。
「なにをバカな……」
「無理だよ」
グランの制止をヨーランが遮る。
「……ヨーラン?」
「僕達は弱い、返り討ちにあうだけだよ」
ヨーランは冷たく言う。
だがそれは事実なのだ。
リオルに完膚無き程に叩きのめされ、あっさりとチルノも奪われてしまった。
ヨーラン達は弱い。
ヨーランの正論に一行は黙り込むしかなかった。
「……今は……まだ無理だ」
しばらくの沈黙の後、ヨーランは顔を上げた。
「おじさん、頼みがあるんだ」
「なんだ?」
ヨーランは強い意志を秘めた眼差しでこう言った。
「剣を打ちたい、あの、ハルシファムってやつを斬れるような」

「は?」
グランは驚いてヨーランを見つめた。
言葉の意味を理解するのに数秒の時を要する程に突拍子もない言葉だった。
「バカを言うな、バランの旦那だってかなわなかったんだぞ?」
「強くなるよ、僕が強くなる」
ヨーランの様子にグランは怯み、身を退いた。
憎悪、狂気に満ちた瞳。
フレディオも息を飲む。
ブレンだけは、それに共感を覚えた。


「強くなる、あいつは、僕が……俺がこの手で殺す」

一葉 ( 2011/04/20(水) 01:44 )