鳥籠の歌姫と二人の騎士 - 第一部 かつて起きたこと
降り掛かるは絶望か
† 降り掛かるは絶望か †




ハルシファムは小さく舌打ちをした。
目的の祈りの巫女は確保した。
別動隊のリオンたちとも合流した。
順調であった。
このまま帰還すれば任務は完了だったはずだ。
だが、あろうことかあまりにあり得ないミスを犯してしまった。
初めて訪れた街だったせいだろうか。
南へ向かうつもりが、反対の北へ、炭坑へと出てしまったのだ。
挙げ句の果てに、抗夫に隙を突かれ巫女を奪還される。
大失態であった。

「よくも暴れてくれたな」
ハルシファムたちの前に立ちふさがったのはザイード、サイドンより一回り大きく、鎧のような身体を持ったポケモンだった。
バンギラス、炭坑を束ねるリーダーであるバラン。
そしてヨーランの父親。
それだけではない。
炭坑で働く屈強のポケモンたちが並んでいる。
ガルーラにドンファン、バクオングにヤルキモノ。
数はさらに増えていく。
「おとしまえ、付けてもらうぜ」
街から駆け付けたグランが威圧的な眼でにらみつけた。
街から駆け付けたのはグランだけではない。
炭坑のポケモンと合わせれば、20近くはいるのではないだろうか。
数はざっと三倍以上である。
周囲を取り囲まれた状況であっても、ハルシファムたちはそれに怯む様子はない。
それどころか、うっすらと冷笑を浮かべていた。



ヨーランはその様子に唖然としていた。
これほど殺気立った姿を見たことがない。
仲間を殺されて、それでもまだ十のヨーランには、殺意、憎しみよりも恐怖、チルノまで居なくなると言う畏れの方が大きかったのかも知れない。
ヨーランが様子を伺うと、そこには父、バランの姿もあった。
その腕に抱かれているのはチルノである。
「チルノ」
ヨーランはバランに駆け寄る。
チルノは無事だった。
意識はないものの、ケガ一つしていない。
その様子にヨーランは安堵した。
「ヨーラン、なんで……いや、聞くまでもないな」
バランは息子がここにいる理由を悟ると、そのそばにしゃがみ込んだ。
「ヨーラン、おまえはチルノを連れて逃げろ」
そう言って、半ば押し付けるようにチルノを抱かせる。
幸い、軽い彼女の身体は、小さなヨーランが抱き上げるのにも苦はなかった。
「心配するな、父さんに任せろ」
そう言い聞かせ、バランの大きく力強い手が息子の頭を撫でると、ヨーランは頷いて来た道を駆け出した。
そして、残されたポケモンたちは静かに対峙する。

「……リオン、おまえは巫女を追え」
ハルシファムがそう告げる。
リオンの波紋があれば、巫女を追うこともできるであろう。
「了解した、ザイード」
そう言ってリオンは、差し伸べたザイードの腕に足を乗せる。
「おう、超特急だ、行ってこい!」
ザイードが吼え、リオンを思い切り投げ飛ばす。
このポケモンたちの囲いを飛び越そうというのだ。
「行かせるか」
それを見たグランが右腕の火砲をリオンに向けた。
「遅い」
呟きとともに、その腕が落ちた。
ハルシファムの一刀で切り落とされたのだ。
苦悶の叫びはすぐに治まる。
腹部を貫いた二撃目によって。
「貴様っ」
地響きのような重い音を立て地に落ちたグランの姿にバランが逆上した。
しかし、彼の腕がハルシファムを捉えることはない。
真横からぶつかってきたザイードに、たまらず仰け反る。
「食らいな」
ザイードが腕を振り下ろすが、それはバランに受けとめられた。
両手を組み合ったままのザイードとバラン。
体格ではバランが上回っているが、体勢は圧倒的にザイードが有利だった。
「く……」
バランが周囲をうかがうが周りは、それぞれの目の前の相手で精一杯だった。
自分でなんとかするしかない。
バランはそう割り切りザイードに集中する。
身体を引き、前のめりになりそうになったザイードの腹を巴投げの要領で思い切り蹴り上げる。
ザイードの巨体が宙に浮き、背中から地面に落ちる。
バランはその隙に立ち上がると、ザイードに飛び乗った。
岩石同士がぶつかり合うような鈍い音が響く。
バランが拳を振り下ろす。
一発、二発……
ザイードは頭を両腕で庇い、それに耐えるが、これ以上は限界だと悟っていた。
「とどめだ!」
バランが渾身の一撃を振り下ろす。
「ああ、とどめさ」

鮮血が舞う。
何があったのかわからず、バランは自分の身体を見下ろした。
そこから、刃が生えていた。
鎌、だろうか?
そう……
「貴……様……」
憎々しそうに、後ろを見る。
赤い甲冑を鮮血で染めたハルシファムがそこに立っていた。
彼の後ろには、斬り伏せられたポケモンたちが転がっている。
「く……そっ……たれ……」
ハルシファムが突き立てた鎌を横に凪ぐ。
「がっ!」
バランの巨体が地に落ちる。
「こいつで最後だな」
ハルシファムはバランを踏み付けるとそう言った。
息のあるポケモンもいたが、放って置いても問題はない。
そう判断するとハルシファムは歩きだした。
「行くぞ、リオンを迎えに行く」
その後を二人は追う。
二人は。
「なぁ、アスペリオは?」
ザイードはアスペリオがいないことに気付き尋ねたが、レイベルは冷酷に言い捨てた。
「情けないやつだ」
そして振り向きもせずに後ろを指差す。
ザイードが振り向くと、そこに倒れているアスペリオの姿が見えた。
「いいのか?」
「なんだ? つまらない感傷とはおまえらしくない」
レイベルがザイードの様子を笑う。
「まさか、情報が漏れることはないのか、って意味だよ」
「それなら問題ない」
答えたのはハルシファムだった。
「楽にはしてやってきた」
「なるほど、リオンが居なくて良かったな」
ザイードがニヤニヤと笑いながら頷く。
もし、リオンがいたなら二人を咎めたところだろう。
「あいつは甘いからな、それだけが欠点だ、不要な物は切り捨てるに限る」
つまり、役に立たなかったから処分した、と言うことだった。



街へと続く山道を駆け降りるヨーランは、ふいに悪寒を感じた気がして振り向いた。

咄嗟に横に飛び退く。
そして、すぐ後ろまで迫っていた奴と対峙した。
「巫女を渡してもらおう」
リオンが冷たく言い放つ。
「否だ、と言えば?」
ヨーランがそう言った瞬間、リオンが地面を蹴った。

そして、ヨーランは気付いたときには地面に倒されていた。
何が起きたのかわからないまま、リオンをにらみつける。
その腕には、チルノの姿があった。
「チ、チルノを返せ」
ヨーランはナイフを手にリオンへと飛び掛かる。
だが……
顔面を狙った一撃は軽く頭を逸らしただけでかわされた。
「攻撃はよく狙え」
そう囁いて、ヨーランの腹へと膝蹴をいれる。
強烈な右膝を受け、ヨーランの身体が宙に浮く。
そして、その身体が地に着くより先に、側頭部への回し蹴りが襲い掛かる。
ヨーランの小さな身体は、宙で一回転しながら地面に叩きつけられた。
「あ……ぁ……」
脳を揺さ振る一撃にヨーランは意識を失いそうになったが、気力だけで、意識を繋ぎ止めた。
チルノを助けたい、その一心で気力を振り絞る。
そんなヨーランに歩み寄り、リオンが囁いた。
「死にたくなかったら眠っていろ」
「ぅ……るさい……チルノを……返せ」
必死に手を伸ばすヨーランをリオンは一蹴する。
「弱い奴は戦場に出るな」
そう宣告した。
それは、今のヨーランにとっては死の宣告にも等しかった。


ヨーランは弱い。
誰かを守れるほど強くはない。
薄れゆく意識の中で、ただ悔しくて泣いた。




第一部  かつて起きたこと  完

一葉 ( 2011/04/20(水) 01:32 )