1 人生最大のチャンス
「・・・。・・・あ、もしもし、お母さんだけど。」
「あ、私だよ。私。」
「お金、振り込んどいたからね。独り暮らしってたいへんだろうけど、がんばんなさいよ。」
他人をだますのは得意です。
そんな私は、今月も母をだましてしまった。
カーテンの締め切られた部屋。すきまからかすかに朝の光が漏れだしている。
パソコンの画面には、ネットゲームの『ゲームオーバー』の文字が躍っていた。
ぶらんと力なく、ソファから手をぶらさげる。握られているのは、母と連絡し合うための携帯。
母以外のアドレスはない。
母には大学にいっていることになっている。
おそらく母の中の私は午前8時から大学に行くことになっているのだろう。
私もそれを願うし、そうしたほうがいいに決まっている。
キラキラしたキャンパスを歩き、かわいい女友達と勉強会。たまには合コンもして、美形な母似の私は結構すぐに彼氏が。
まさに理想像。
しかし現実は。
親のお金で借りているアパートの部屋は、家具がすくなく女の子っぽさはいっさいない(あるとしたらパンのシール集めであたったウサギのバック)。
訪ねる友達はいない。家賃請求の大家さん(お金もらってても渡し忘れることアリ)ぐらい。
肝心の大学は、というと、途中で退学届けを出してしまった。親には言ってない。
理由は・・・私の大学に対する希望と夢が大きすぎたのだ。結果、不安のが勝って即自主退学。
私は深くため息をついた。今さら何が変われるだろう。
将来は小説家希望。それがなんだっていうんだ。小説をちまちま書いてサイトに投稿したりはしているが、読者からの手応えはナシ。
「出かけよう。」
だめだ。やはり一年もひきこもっているとだんだんブルーな考えへ走っていく。
「そうだ、出かけよう。」
私は急いで着替え、パンやのウサギバックを持ち、扉の取っ手へ手をかけた。
☆
しかし。
「なんだここ・・・私が出ない間にどれだけのビル立てたんだよ・・・!」
出発してすぐに、引きこもり属性が祟った。
全然ワカラナイ。
私は人混みの中をかき分け、先へ進んだ。周りの人々が迷惑そうによけていく。
何歩か進んだところで、どうしてこんなに人がいるのかを知った。
「あ・・・信号。」
赤の点滅。もうすぐで青。
実際青に変わったのは、その5秒後だった。
止まっていた人の塊が動き、私はひとり残された。
あ、足早い・・・!
慌てて私も渡ろうとし、横断歩道に足を踏み出す。
―そのときだった。
ププー!
うわ!や、キャー!という人の悲鳴。つんざくタイヤのスベリ音。
なにが起きているのかは、一瞬で理解できた。
トラックの運転手が居眠り運転していたこと。
私が、死ぬこと。
点滅する信号機は、もう私を待ってはくれなかった。
☆
ん・・・ん?
肌に触れるのは、柔らかな毛布。
―私・・・助けられたのか?
目を開けると、外国語のような歓声が聞こえた。誰・・・?
見えるようになった視界に入ったのは、黄色い生き物。
―ウサギ?
いや鼠だ。耳の先は黒く、私の手を握る大きな手は柔らかい。
え、いや待て。え?それだとこの二匹が私を救ってくれたことになるぞ。
混乱する私を優しげな表情で、一匹が顔を近づけた。ささやかれるのはやはり外国語。
その中に、私は一つのパターンを見つけた。
そこから日本語に変換していく。
「やあ、こんにちは、僕たちの、赤ちゃん。」?
え。
え?
えーーー!?
そういう趣味の人は知り合いにいないぞ!
・・・。
・・・でも・・・それだったら全てつじつまが合う。
こんな見るからに地球外生命体二匹に見守られているのも、その母親らしき一匹が私を抱き上げるのも、私が彼らの言語を理解できるのも、全て。
私は生まれ変わったのだ。
それにしても―。
こんなにも母親の腕の中は暖かな物だっただろうか。
優しく揺すられるうちに、私は眠りに落ちていった・・・。