18 ホワイトホワイトフレア
【いいオンナ演じるのは、まだ早すぎるかな】 セブン
18 ホワイトホワイトフレア 長らく封じられていたミリィの記憶が、ここで完全に蘇った。正しい字は「ミリィアルデ」であり、以前はシャワーズとして少年とともに生きていた。通称がミリィだったため、それだけが唯一自分をつなげる言葉として生き残っていたのかもしれない。
親であるトレーナーもトレーナーで、元々はアララギ研究所にて、近所のよしみで手伝いをこなして日々を過ごす、極々平凡な少年だった。
当時、すなわちレッパクとミリィが出会う前の頃のイッシュ地方は、不思議な土地柄と力――ハイリンクやデルパワー――などの、目に見えない霧のようなもので守られ続けてきたところである。伝説とはまた違う、イッシュの歴史を彩る側面のひとつだ。
図ってか図らずか、「イッシュ」と「一種」の自虐的な懸詞はあながち間違いでもない。ハイリンクを使った、「別のイッシュ地方」への干渉。あらぬ災厄や未来を消去的に避けていき、向こう側の平行線上に生じた有事を解消する。地方規模にまで広がった簡易的な「みらいよち」と称せば平たい表現か。平行線同士はやはりデリケートなものであり、ちょっとしたどこかのイッシュ地方で発生した事態ひとつで癇癪を起こし、他の平行線へ音波のように影響する。そこでイッシュ地方の選ばれし者たちは、ハイリンクを駆使し、それらを解決へと導き、「すべて」のイッシュ地方をよい方向へと導いてみよう、というシステムを最近になって導入した。
しかし結局は、ハイリンクという謎の現象を容認してしまったからこそ、平行線だの他のイッシュ地方だのを意識し初めてしまい、より向こうの地方の情勢に過敏となり、気苦労を増やす羽目になってしまったことは否めない。
そういう観点で考えれば、カントーやジョウトなどはいい気なものである。今生きている世界のラインのみを考え、起きたことをすべて受け入れるだけでいいのだから。
もうそろそろお気づきだろうが、ミリィは、この「ハイリンク」の力に巻き込まれた。元々不安定だったその力をより調査し、研究と開発を重ね、他のイッシュ地方への「完全なる干渉」まで進めようとしたのが、そもそもの間違いだったのかもしれない。その代償がミリィの体と記憶であり、ミリィだけがその場から姿を消した。少年の深い悲しみを境目にこの開発は断念された。
レッパクは研究所で進化した。
ミリィは研究所で退化した。
レッパクは時間を超えた。
ミリィは空間を越えた。
そういうところに縁があったのかもしれない、と、レッパクは思う。
― † ―
さて、一方で、縁ならぬ円の関係がここに。
レッパクとセブンのすれちがう想いは堂々巡りとなり、時計のような円を描き、ついに一環の輪となって和解へとつながろうとした。
最後の一手を残して。
ところで、この一連の事情を読み進めていけば、ひとつの疑問でも出てくるのではあるまいか。
かつてミリィのいた少年のもとへ、今度は娘のセブンがずばりお邪魔するなどという、そんな都合のいい偶然が果たして本当にありえるのかどうか。
ありえるのだ。
一匹のポケモンが介すれば。
「え、あれ? じゃあさ、話の腰を折って悪いんだけど、」
キュレムがくさびで頭をこんこんと乾いた音で打ちながら、口を挟む。
「セブンはどうやってこっちに来たの? イッシュに限らず、どこの地方へ行こうとも、誰かが回線のサポートしてくれなけりゃあ、そんな願い叶えられないよね?」
泣きに泣いて、目を真っ赤、喉をからからにしたセブンはか細い声で、
「怒るから言いたくない」
何に対してだ。
今度は再度突沸して、
「とにかく言いたくないの! 言ったら父さん絶対怒る!」
どうやって、という手段になぜ自分だけが怒りを覚えなくてはならないのか。ミリィは怒らないのか。
そこで、ふと。
戦闘意識だけでぐちゃぐちゃになっていたレッパクの頭の中から、ころんと出てくる目星があった。
ミリィが戻したのと一緒に、自分もさっき気になっていて結局忘れていた疑問。
「――まさか、ゼットか」
緩みきった口元から自然と漏れた。
それと同じ程度の緩やかな早さで、セブンの顔が青ざめる。
「違う!」
拙く幼稚な否定一辺倒では、頭から正解だと言っているようなものだった。人間のガキでもわかる。
そこはセブンも承知で観念したのか、レッパクの言葉の先を必死で遮ろうとする。
「お願い、ゼットを責めないで! そこまであたし無責任じゃない、怒られるのはあたし、あたしだけ! あたしが無理を言ってゼットにお願いしたの!」
よくよく考えれば、そうなのだった。灯台もと暗しもここまでくればあっぱれなものである。当たり前すぎて疑問にも思わなかったし、嫌疑にかけるほどそもそもレッパクの器は小さくない。
ゼットは、ミリィがどの地方の、誰のトレーナーのポケモンだったか、すでに特定していたらしい。ボールから解析されるデータを拾い出せば一発であり、それにヒットする部分を全国から見つけ出すだった。ミリィの情報を元に、色々と独自に奔走していたらしい。
「あの日も、それを急いで告げようとして、家に来てくれていた」
「あの日?」
「あたしがうまれた日」
「――!」
もしも『何事もなかったら』、ゼットは主とミリィに提言し、選ばせていたはずだ。
だけど、セブンが産まれてしまったから、レッパクとミリィの関係を知ってしまったから、ゼットはとうとう、レッパクとの友情をとった。
「あたしが父さんと母さんの間にできて、その日に別れを告げさせるだなんてひどすぎる。ゼット、多分とても悩んだと思う」
― † ―
あたし、知りたかった。父さんたちの武勇伝を聞くたびに、どうして自分にはそうさせてくれないのかってずっと思ってた。
あたし、やっぱり父さん似。
自分を知りたいから、証明したいから。それを発揮する場所をさがしていた。どこまでいけるか試したかった。父さん母さんにじゃなく、自分に教えたかった。
どういう生き方をしてきたか知りたかった。同じ道を進んでみたかった。そうすることで父さんの本意を確かめたかった。
だから、ゼットに思い切って相談を持ちかけ、心中を根こそぎぶちまけたの。
― † ―
レッパクが自身の「本性」に苛まれていることを、ゼットが知らないはずがなかった。
このままではそのうち、本当に「そのやり方」を、セブンに伝承してしまうかもしれない。そういう不安もあったし、親友の娘の、ここ一番の頼み事を断れるゼットでもない。無視したとしても、セブンは勝手に家出をしたことだろう。そういう結末を迎えてしまうくらいならば、せめて、ミリィと同じ主人の元へ送って冒険させてあげた方が、多少の手向けとなり得る。
それに、ゼットなりに信じていた。
セブンの強さを。
バレて絶交されてもいい。罵倒されてもいい。自分たちの時代は終わったのだ。父親が娘のことを大切に想うのとまったく同質の気持ちで、娘のプライドを親友なりに守らせてあげたかった。
そしてゼットはその後もカメラをハックし続け、セブンの動向をずっと見守った。鋼の意志を貫き、レッパクには何も告げず、ただ自分のメモリーにすべての感情を押し込んで。
しかし、ある日状況は一変した。
イッシュで動乱が起きた。
頼みを破られたセブンは複雑な気持ちになるだろう。しかし、命にはかえられない。そこでゼットは救援のための準備を緊急で整え、データを揃え、レッパクを呼び、ミリィとともに改めてこの地方へと送り込んだのだった。
道理でトントン拍子で話が進むわけだ、と、レッパクはようやっと思いつく。ゼットの腕を信頼していたからと言ってしまえばそれまでであるが。
そのゼットへ、報告せねばなるまい。また、手を借りねばなるまい。
少年のポケモンたちの治療も兼ねて、レッパクは大広間の脇に設立されたポケモンセンターへと足を運ぶ。当然のように誰もおらず、予備電源もほぼ死にかけている。
「主、たぶんここなら安全だから、しばらくここで身を隠しておいて」
――そうだね。
レッパクが椅子に飛び乗り、真っ暗な画面を見つめる。夜目の利いて、自分の顔が亡霊のようにそこへと浮かび上がっており、中央の四角いものだけが不自然に白い。
足を痛めている少年をここまで歩かせて申し訳ないと思いつつ、パソコンのプラグを引き抜いてもらう。それをセブンがくわえ、電源代わりとなった。
「よし、セブン、やるんだ」
コールするための手順は、主人のパソコンにて学習済みである。少年にマウスとキーボードの操作を頼む。あるかなきかのタイムラグ、ゼットが応答した。
額の傷に驚いたような、しばしの躊躇いがあった。
「先に言っておく。謝らなくていい。セブンとも仲直りできた。
『――そうですか』
「お前なりに思うことがあって、セブンにつきあってくれたんだ。むしろこっちが迷惑をかけた」
ひょっほろーふぁん、ほれろーゆーいみよ。
ゼットはうつむき、しばらくしてから顔を上げる。
『では、せめてもの罪滅ぼしをコマンドしてください。乗りかかった船、ボクで協力できることがありましたら何なりと』
「そういうと思ってな。とっておきの仕事がある。ポケセンを一部だけでも稼働させてくれ。急患だ」
晴れやかな返答、
『お安いご用です』
安堵を含めた、嬉しそうな声だった。
「それと、悪いが主にはまだ連絡しないでくれ。セブンの闘いがまだ続くなら、おれたちの闘いもまだだ」
間、
「別に声から精神鑑定しなくていい。おれなら大丈夫だ」続きをためらうことなくさらりと白状する。「一度暴れてすっきりした」
『――あの。まさかとは思いますが、そこの怪我をした理由って、』
「ああ、その考えでだいたいあっている。お互い、かろうじて斬首刑の皮一枚で踏みとどまった。久々に楽しかったぞ」
呼吸をしないゼットに、ため息なんて細かな芸当はできない。
『――バツを与えるつもりではないンですが、今度、ボクが鋭意開発中の「スパトレ:ヘルモード悲鳴仕立て」のモニターとして現実時間で八時間つきあっていただきます』
余裕である。
逆に言えば、六十四時間耐える覚悟なら、あと七回はやってもいいということだ。
ゼットが少し画面からアウトし、横で何かをまさぐっている。
『やはりあなたは、闘うことしかできないのですね』
「それだけが、取り柄だからな」
『傷つきますよ。周りのみなさンも、あなた自身も』
「そうだな――。でも、それしかおれは道を見つけられなかった」
『レッパク』
「ん?」
すぐそばの転送装置から、一枚のディスクケースが送られてきた。
『それを』
少年が手にとって裏表をひっくり返す。
――わざマシン?
『みがわりでのだましうちごっこはもう堪能したでしょう。らしくない闘い方をしていれば、そこの娘に真似されちゃいますよ』
ひょっほれっろ、ほれろーゆーいみよ。
「そうか、結構気に入ってたんだがな。あれ、お前には言ったことなかったか。おれ、使えるカードは使う主義だぞ」
『そこらへンに、簡易式のヘッドギアは接続されていないです? かぶってください。そこから先はボクがサポートしますンで』
「じゃあなんでさっきはあんなおおげさなものをかぶせたんだ」
決まってるじゃないですか、とゼットは笑い、
『かっこいいからです』
よくわかってるじゃないか。