前編 Black tar
 02 森の風


 【グラスにワインを注いで、わたしたちのあの頃を振り返ってみない?】 ミリィ


   02 森の風


 兎にも角にも、まずはミリィのことから始めねばなるまい。

 始めねばなるまいが、前提としてレッパクの主人について記しておく。
 主人はアサギシティ出身の、血に海水を少々混ぜる程度には快活なアサギ男児だ。十を迎えたすぐ後、ワカバタウンに住まいを移し、母と共に二人で平々凡々たる日々を過ごしていた。
 オトコの器というものは得てしてバッジの数で決まるものだという風潮が以前から根強くあり、そんな環境下にさらされ続けてきた少年が、天下のひとつやふたつくらいかっさらってやろうという無謀な野心を持つのも、微笑ましいといえば微笑ましい話である。つつけば好きなだけ膨らむ無限大の夢に、大の大人がいちいち横槍を入れるのも野暮天というもの。放たれたボールから溢れる光が世界のすべてであり、敵を倒すも平和を作るもお手の物。少年少女の誰しもが光の中で勇者となることに憧れる。テレビの向こうと同じヒーローになりたいと願うのは、夢見る少年たちならではの特権だ。当時、同じく少年であるレッパクもだった。

 三年前、主人はところが本当に化けた。苦行と茨で歓迎される道を突き進み、トレーナーなら誰しもが一度は憧れたあのポケモンリーグまであと一歩という、年若にしては上出来な肩書きを獲得し、レッパク自身もこれに関しては誇りに思っている。努力と才能をお膳立てとして語るには少々行き過ぎた経緯もあったが、それを差し引きしても正当な事実であることに変わりない。
 しかし、これから始まる物語とはあまり接点が多くないため、道程は省こう。話はここからなのだ。

 それは、引き続き三年前から始まる。ジョウトの命運揺るがすひとつの大きな闘いを終え、主人とレッパクを含める全員はついに凱旋。家で束の間の休息を満喫していた。次なる道を決めるためのインターバルでもあるだろう。英気を整えて再度リーグに挑戦することも決して悪い判断ではないだろうし、歩みをやめて、ポケモン絡みの簡単な職に就くことも最近ではよく耳にする話だった。現に主人と同い歳くらいの者がジムリーダーなんて立派なもんに勤しんでいる。誰に見せても決して恥ずかしくない戦果だから、ちょっと電網の海に潜り込み、案内サイトに泳ぎ、電子化したポケモンレポートをプロフィールに添付し、登録でもすれば、引く手あまたの結果となるはずだ。
 だが、レポートに訳ありの空白があったこと、字に起こすにも口にするのにも複雑怪奇な出来事が多々あったことが足を引っ張り、棒きれが倒れるがごとく奇妙なほうへ転がってしまわないか。その点は全員が意識せずとも抱いてしまう密かな心配事だった。

 この時、レッパクの齢は五。主人は十五。この家にうまれ、主人と共に育ち、生涯を誓った身である。どんな道にせよ、当然自分もその道を進むだろう。
 進むか。
 進めるか。
 進められるか。
 今のところは、そっち方面へと主人の中では話が続いているようだ。日々、パソコンと対話して具体的な部分を形にすべく、誰にも相談せず黙々と案を巡らせている。人間一人とポケモン六匹。自立して食っていくには、経済的な観点もそろそろ考慮し始める必要があったのだろうとレッパクは思う。
 そんな主人のそばに、闘うだけしか能がない自分がいるのはどこかふさわしくない気がして、考えの邪魔をしたくなかった。なんとなく孤独を求めたい気分がうまれ、誰にも見つからないようそっと家を抜け出す。

 ワカバでそうなりたいと思うと、やはり家から北側。その方面を覆い尽くすよう群生している森を選ぶこととなる。夕刻までには戻ろうと決め、レッパクは誰にも告げずに一匹で進んでいた。何も考えずに思い切り走るのもたまにはいいかと思った。
「お! おお、おお、おお、おお、兄貴じゃねえですか。ども、ご無沙汰してます」
 が、オオタチに早速つかまってしまった。野生のため、幼名はあっても字はない。ご近所さんレベルの付き合いだ。
 昼ごろだというのに森は日差しを遮っており、薄蒼く感じられる。一秒でも長く太陽を浴びるところへと草木が節操ない伸び方をしてくれているあまり、人間がまっすぐ歩くにも右へ左へ回るにも複雑すぎて足を取られる。こういう自然の塊の内部を歩くことに特化しているのはやはりポケモンだ。生息して独自の繁栄を続ける野生のポケモンたちにとっては、ただの景色と変わりがなかった。
 生粋の野生だからこそ、外部からの存在には敏感でもある。
「ちょうどよかった、お暇でしたら顔を貸してくれませんかい。ついさっき、よそ者が突然紛れ込んできたんですよ」
「よそ者?」
 ええ、とオオタチはうなずく。
「イーブイでさあ。いくら広いとはいえ、このシマにそんな種族元々いませんよ。しかも人間の匂いがするんですぜ。誰もどこから入ってきたのか知る由もなくて、親であるトレーナーの姿も見えないだけに余計に不気味で」


   ― † ―


 まるで天からの捨て子のようだった。
 遠くから肉眼で確かめる限りは、限りなくイーブイそのものだった。こちらに後頭部と背中と尻尾を向けて倒れ、起き上がる気配を見せない。そばにはボールまであった。
 ワカバにうまれて五年と少し。この辺に生息するという話はひとつも耳にしていない。そもそも希少な種族で、意識して見つけること自体、あまり簡単な業ではないはずだ。ましてや人間の匂いということは、誰かに飼われ、野生でないことを意味している。
 トレーナーに捨てられたか。
 前述の通りであるイーブイを捨てるのもまた奇妙な話だが。

 レッパクとオオタチは茂みに潜み、間合いを十分にとった距離から見つめる。さすが野生ポケモンなだけはある、体の模様を樹木と溶けこませるオオタチの潜伏具合は見事な出来だった。擬態のぎの字も表現できないレッパクも、実はそれに負けていない。
 声を誰にも聞かれないようにする必要があった。人間からすればただ目をきょろきょろ、前足をぶらぶらばたばたさせているだけだろう、ポケモンだけが知りうる独特の無音サインで、
『あいつか』
『はい。ずっと動かないようですが、近くの奴らも想定外の出来事にびびっちまって、いまだに踏み出せずにいるんでさ。まあ、あっしもなんですが』
 あのな、と鼻で静かにため息。
『あいつが気を失っていることも含めて事前に話しておけ。てっきりかち込んできて、あたり一面荒らしまわっているのかと勘ぐってしまった』
『はあ、すんません』
 レッパクならうまい方向へ運んでくれるかもしれない、というオオタチの期待の目もはばからず、ずっと目視を続けている。
『慎重ですね』
『罠かもしれないからな』
 罠かもしれない。真っ先にそう考えてしまう自分が少し情けなく感じられるが、シロガネやまがごとく野戦に特化した思考は、レッパクという一匹のポケモンの半生そのものである。
 別にゴロツキとして喧嘩屋の看板を持っていたわけではないが、レッパクをはじめとする主人一家の強さをワカバの森の中で知らない者はいない。「ぽけもんりーぐ」というものがいかほどの難所なのかを、世間知らずがために言葉でも意味でも知らなくても、百戦錬磨の(つわもの)たちだということは骨身に染みて理解している。ましてやその筆頭であるレッパクは時々こうして自分の力が鈍らないよう、森の中を駆ける。裏庭であり、遊び場であり、時には修練の場となる。臨戦心理が偏るから、という名目で仲間たち以外の誰かと手合わせしたいと進んでみても、向こう側としても二度返事できるほどタフなやつは最近ではめっきりいなくなってしまった。なので、自分たちだけで鍛錬に励み、定石の精度をより高め、新たな絶招(ぜっしょう)を個々に閃くよう腕を磨くだけだった。
『やっぱ死んでるんですかね』
『いや、生きている。呼吸している』
 オオタチがまぶたをより開ける。
『――聞こえるんですか』
 聞こえてはいない。しかし、言葉にはしがたい直感があり、微細な生命の波を思う。自分たちポケモンがそうヤワであっては、今頃は化石の骨から想像される図鑑の中だけの存在だ。
 念の為に、臨戦心理を立ち上げる。自分が相手の立場となって思考する。定石をしかけるとすればいずれが有効で、どの角度からが最適か。あのイーブイ以外に、自分たちのように潜伏する敵がいるとするなら、そいつらもおそらくは人間の手にかかった者たちだろう。匂いも気配も断って、こうして同じようにこちら側の出方を今かと伺っているのかもしれない。
 レッパクは電磁力を体内で小さく回転させる。そして放つ。
 索敵の電磁波。
 敵性反応ゼロ。
 罠でなければ、鉄砲玉か。
 考えすぎて考えすぎることはない。すべてに用心しなければ不意を突かれ、最初の一手を奪われる。力差も不明な以上、そのまま流れを向こう側へ掴まれてしまえば、自分でもうまく立ち回れるか怪しいものである。

 なのに、どうして近づいてみようなどと思ったのか。

 誘い手に乗ろうと思ったわけではない。戦闘意識とはまるで関係のない、日常生活にて主人に養われたこころが、一歩勝った瞬間だった。早い話が、助けてやろうと思ったのだ。レッパクはオオタチを置いて、草木の擦れる音すらも殺した音無しの歩行術で進む。
「あ、ああっ。いいんすか、そんな不用心にっ」
 静かにしろ、と流し目をくれてやり、その一瞥だけでオオタチをすくみあがらせる。
「おい」
 あえて敵意を込めて言葉を投げ落とした。
 なおも反応を見せない。
 確かに人間の匂いがする。買われたてのぬいぐるみのように、傷はどこにもついていない。追手を逃れてここまで辿り着いた、などという経緯はなさそうである。
 イーブイを中心に再び微細な電磁波を放ってみるが、やはり結果はシロ。森の質量に潰されている。
 安心はしきれないが、このままというわけにもいかない。
 五秒ほどだけ考え、わざとイーブイに背後を見せ、オオタチの元へと戻る。一歩一歩に、なおも細心の注意を払う。
『主とみんなを呼んでくる。一応見ておいてくれないか。近づくなよ』
『へ、へい』
 返事をしきる前にもうレッパクの姿が消えた。音どころか、風のうねりも一片の草木の散らしも許さなかった。オオタチはついさっきまでレッパクがいたところを見つめ、ほっぺをぽりぽり。
「――別にそんなに急ぐことないんじゃないですかね」


   ― † ―


 恋でなければ、故意でもない。
 あの時はそこまで確認していなかったが、このイーブイはメスだった。同い歳か、ちょっと年下の。
 さあ大変だ。こう言っちゃあなんだが震天駭地の大事件である。レポート用紙三枚はくだらない。鉄面皮で朴念仁なあの(、、)レッパクが同年代同種族の女を家へ連れ込むとなれば、それだけで騒ぎのひとつやふたつは主人の家で起きて早くとも夜が明けるまでは収まらないだろう。が、状況が特殊だったのが幸いだった。「なんだつまらん」と「そりゃそうか」の間のような、微妙に残念な空気が漂うだけにとどまったが、そこもまあ悪運の強いやつである。

 イーブイは、ミリィという(あざな)を持っていること以外の、ほとんどの記憶を失っていた。事情を聞こうにも聞けないし、深追いするとまたショックを起こしかねない。 
 逆のことを述べれば、障害はそれだけだった。ポケモンセンターへ連れ込むほどではない。決して顔色は悪くないし、意識もはっきりと持ち直した。睡眠をとるなど生理機能も正常。人間を人間と言える。ポロックをポロックと言える。テレビをテレビと言える。定石も少しだけ知っている。生活はできる。
 主人に意見を仰ぐしか手段がなかったが、保護したその手で早々に野生へ手放すのも酷であろう。トレーナーに飼われていた痕跡も、目に見ない形で様々なところに残っているのが事実だ。
 なんらかの事情があって離れ離れになってしまった、という仮説を立て、もしも付近のトレーナーならば届け出を出すことを想定した。外側の反応があるまではこちらで一時的に預かっておくということで、方針は固まりつつあった。

 主人がわかる範囲での状況を整理して、最後に訊ねる。
 ――ってことになりそうだけど、それでもいいか?
 あとは、ミリィ自身の判断に委ねられる。
「はい。ご厄介になります。よろしくお願いします」
 間も置かないあっさりすぎる返事に、レッパクが再度訊ねる。
「本当にいいのか」
 ミリィはその場でうつむく。
「――うん。このままだと、行く宛、ないから」
 こいつも、異邦者か。
 そういえば何か物足りないと思っていた。仁義を切っていない。ワカバ以外からのよそ者である以上に、ジョウト地方以外からのよそ者だ。しゃべり方にも謎のイントネーションがある。付近のトレーナー、という可能性がレッパクの中から消えかかる。

 そうして、主人一家の中での第一発見者、それに同種族のよしみということで、身の回りの世話はレッパクに一任されることとなる。
 特に異論はないし、道理だと思う。しかし、自分で連れて来ておきながら、レッパクはどこか気持ちが晴れなかった。
 異性だから、というのももちろんあった。それ以上に、自分も元々イーブイだっただけに、同種族のポケモンがそばにいるというのが、なんだか鏡をそばにおいているみたいで落ち着かない。イーブイ時代の自分も、こんなにチビでのろまだったのだろうか。そんなはずはない。もうちょっと体長は大きくて、尻尾も長かったと思う。足も速かった。

 数日となった。
 複雑な疑念をいだいているこちらのこともお構いなしに、ミリィは素直に生活していた。濃いを通り越してもはや見せ物レベルでもあった性格のメンバーだったが、接し方の良さは主人の教育の賜。功を奏し、ミリィが打ち解けるのも時間の問題だった。こちら側の誰かが何をさせるにつけてもひどく従順だが、難儀な性格をしていないことには助かった。突飛な行動もとらないあたり、それは育ちの良さか、ミリィ自身の性格からくるものなのか。
 人間との暮らしに慣れているあたり、やはりトレーナーと繋がりがあったのだろう。
 しかしそんな陰りを見せないほど、純粋に今を教授しているようにしか思えない。
 その考察をそのまま掘り下げれば、元の生活に戻りたいという必死さがあまり感じられない。過去とは今の自分を支えるものではあるが、縛るものではない。なぞらえたい過去を参照できない以上、動きようもなかった。

 数週間となった。
 前回からしばらくは落ち着けなかったので再び森へ潜る。そして、またしてもオオタチ。相手する気はなかったのだが、走って逃げる気も起きない。そのまま揃って歩く。
 登る話題は決まってもちろん、
「で、あれからどうなったんですかい、そのミリィって子は?」
「どうもこうもしない。進展なしだ」
「へえ、そりゃどっちの意味でですかい」
 意味を掴みかねる顔をしていると、オオタチは耳につく下品な声でにはっと笑った。レッパクは意識して無視し、
「仮初の生活には苦労していなさそうだ。かえってそれが不思議に感じられる。何をさせるにつけても無抵抗だし、『裏』がまったく読み取れん」
 体力を戻しつつあるのは結構だったが、最近ではそこからやや行動的にもなってきた。多くを語るつもりはあまりないが、ミリィは刷り込みかというくらい、とにかくよくついてくる。レッパクと一緒にいる時だけ、なぜか真似してこようとする。その短足ではろくに追いつけないくせしてだった。
「さすが兄貴、ちゃんと見てるじゃないですか」
「嫌でも視界に入ってくるからな」
 下品な声でにははっ。
「さっきから何がおかしい」
 いやだって――そう言おうとしたらしいが、そこでオオタチの顔が、心臓を直に舐められたように固まった。
「あ、す、すんません、あっし用事思い出しましたわ。兄貴、これにて御免ですっ!」
 敵の気配はなかったが、オオタチの慌てぶりといったらまるで噴火寸前のオコリザルに出くわしたようで、転げまろびつ、足早に逃げていく。

 そこまで急いで退散する理由がわかった。
 オオタチの逃げた方向の反対を振り返れば、そこにミリィがいたからだった。オオタチの長い体を見た直後のせいで、ますます小さく見える。
「ごめんなさい」
 なぜいきなり謝る。
「邪魔、だった?」
 レッパクは目で否定する。
「あいつが勝手につきまとって逃げていっただけだ」
 ミリィは何を安心したのか、てくてくとまっすぐこちらへ近づいてくる。同じ屋根の下の間柄とはいえ、ここまでの接近は異常すぎる。
「な、なんだ?」
 歩き方はいたって平凡だが、詰められる距離を間合いとして計測し、レッパクは嫌でも考え始める。出足、先手、特技、動線、戦略、意図、
 定石、
 ミリィが停止した。腰を下ろし、足並みを揃える。尻尾を接地させているのは身動きを自ら封じるため。尻を後方へ滑らせ、背を柔らかく曲げ、深く叩頭。

「ありがとうございます」

 ジョウト地方出身のポケモンなら一匹と許さずに知っている、謝の礼法だった。
 さすがに驚いた。礼をされたことではなく、作法を知っていたことに。
「その動き、もしかして記憶が戻ったのか? 話し方が少し違うと思っていたが――ジョウト地方うまれだったのか」
 ミリィは顔を上げ、左右に小さく振る。
「ううん、グレンゲに教えてもらったの。この地方での正しい作法を教えてって頼んで。略式だけどこれが誠意あるやつだって」
 グレンゲ。
 あいつか。
 動作が若干古いわけだ。
「そういえば、ずっとお世話になっていたのに、助けてもらったのに、まだきちんとお礼を言ってなかったなって思って」
 ミリィは数歩引いて、もう一度挙措を正す。先程よりも深く、恭しく頭を下げた。
「ありがとうございます」
 ここで自然と笑顔でも返せたらいっちょ前のオトコにでもなれたのだが、そこは残念ながらレッパクである。同じく腰を下ろし耳を伏せ、前足で地面をとんとんと優しく叩く簡素なものをもって、返礼を済ませた。
「別にいいよ。それより、ここはあまりうろつかないほうがいい」
 すれ違うような形でそばに寄る。周囲を見渡す。あちこちからの視線なら、以前からとうに感じている。
「お前、まだ日が浅いからよそ者として見られている。歓迎はされないだろう」
 それを聞いたミリィは、わかりやすいくらい表情を落とす。
「わたし、やっぱり迷惑じゃないかな」
 対するレッパクは、またしても意味を掴みかねる顔。
「どういうことだ」
「ここのことじゃなくて、レッパクのご主人のところに」
「ここと主たちの家を一緒にしないでくれ。好意でやってくれていることだ」
 決して冷たく言い放ったわけではないが、どうしてもとっさには優しい言葉にできない。
「レッパクも?」
「え?」
「レッパクも、単に助けたいから、力になりたいから、って気持ちだった?」

 そこに偽りはなかった。
 ポケモンと人間を切り離されるつらさはよく知っているから。
 しかし、それを今ここでありありと語るつもりにはなれなかった。

 遠回しな言葉を探し、
「おれと境遇が似ているから、かな。同情って言葉だけで片付けたくないけど、悪いがうまく言えない」

 イーブイという境遇。
 かつて、主人と離れてしまった境遇。
 突如この世界へやってきたという境遇。

 それらすべてをひっくるめた上でのセリフだった。
 両親の存在も持たぬままこの世界に現れたレッパクは、前触れもなくやってきたミリィを、かつての自分と重ねて見ていたのだった。しかしミリィにはきっと親がいる。記憶こそ失われたが、トレーナーとの思い出もある。具体的な出自こそ決定的に違うが、状況が色々と似すぎていた。気持ちの整理がついていないし、一口ではとても説明しきれなかった。
 それでもいくらかを汲みとってくれたのか、ミリィの表情もやっと柔らかくなった。作り笑いではなく、本心からのだとはとりあえず察した。
「よかった。わたし、てっきり嫌われてるのかと思った」
 助けた相手をわざわざ嫌うというのも変な話だ。
 しかしそれは自分もだった。連れて帰ったくせに、ミリィの本心ばかり探って自分で勝手にもやもやしている。

 調子が狂う。
 その正体を、この時のレッパク自身でもまだ気づかなかった。



水雲 ( 2016/04/07(木) 14:54 )