コギトエルゴスムにて。
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   コギトエルゴスムにて。


『こんにちは。この度は恒星間航行船、「コギトエルゴスム」をご利用いただき、誠にありがとうございます。ただいまの時刻は、出航前である第二恒星(ベータツヴァイ)基準で14:52(ヒトヨンゴニ)。本日、個別であなた様のお相手を務めさせていただきます、オメガ・システムです。あなた様に安全で快適な宇宙の旅をご提供させていただきたく、わたしたちナビゲーターはこの船に存在しております。船内を取り仕切るシステムとは別に独立したAIだととらえてくだされば結構です。御用の際はグラヴィティシートの右手にございます、コールコマンドとリンクしてくだされば、スタッフであるわたしたちと即座に繋がります。
 まもなく、当航行船はワープホールへと突入します。衝撃等の心配はご無用ですが、安全を期するためにも、グラヴィティシートの電源をもう一度お確かめください。
 ……。
 はい、ご協力ありがとうございます。
 ワープホール突入時間は、秒にして1218(ヒトフタヒトハチ)。約20分間は、ご不便ではございますが、そのままの体勢でお待ちくださいませ。
 そうそう、ご迷惑でなければ、ワープホール突入の間、あなた様の知覚へとアクセスし、擬似立体映像体験、ALF(エアレーザーフィールド)のサービスをご提供することも可能です。いかがなさいますか?
 ……。
 はい、かしこまりました。
 数年前から実装されたシステムではありますが、最近では数多の競合企業が肩を並べ始め、取り揃えているソフトウェアもバリエーションが豊かとなってまいりました。それでも残念ながらポルノものは未実装ですが、それ以外でしたら、痛快アクション、血沸き肉踊る冒険譚、真っ黒泥沼ミステリー、ドタバタラブコメディといったフィクションから、カチコチの歴史やお涙頂戴ドキュメンタリーといったノンフィクションまで、ひと通りのものならご用意いたしておりますので、わたしがデータベースから調達いたします。どれになさいますか? 余計なおせっかいでなければ、わたしが決めてもよろしいでしょうか?
 ……。
 はい、かしこまりました。恐れ入ります。
 それでは、どれにいたしましょうか。いざ選ぶとなると、確かに悩みますね。全部上映していては軽く1年はたつほどによりどりミドリですから。
 ふむ、ちょっと失礼いたします。
 ……。
 はい、これにいたしましょう。
 勝手ながら、あなた様の知覚、知能、知性が選り好みしなものをサーチし、こちらで選出させていただきました。
 その名も「原初の星」。
 今日日、我々はこうして無数の恒星間をいとも簡単に往復できるテクノロジーを得たものの、遥か昔、ひとつの星にとどまり、永遠とも思える時を大地で繰り返し、解明しきれぬほどに広大な宇宙(そら)をただ見上げていた時代、人間とポケモンは、どのような接点があったのか? それを見つめ直す作品です。
 歴史に精通しているあなた様ならば、そのようなこと、すでにご存知かもしれません。
 しかし改めて、このような形で閲覧するのも一興かもしれませんよ?
 すみません、余計なおせっかいでしたね。
 さておきまして、まもなく上映を開始いたします。ローディングが完了するまで、まぶたを閉じ、安静になさってください。グラヴィティシートのリクライニングを更に傾けておくと、より深い催眠へと入ることが可能です。


 ……。
 はい、もう目を開けても結構です。
 引き続き、わたしがこの作品の内容をご案内させていただきます。
 地に足がつかないのは不安ですか? 大丈夫です、じきに慣れます。あなた様が目にしている光景も、宙を浮いているという感覚もすべて、あなた様の意識が「そう錯覚している」だけに過ぎません。明晰夢に近いものです。万が一ご気分を悪くされた際はすぐに申しつけください。直ちに上映を終了しますので。
 本題に戻りますね。あなた様とわたしがただいま見下ろしているここが、こここそが、すべての始まりの星です。人間とポケモンが共存していた、最初で最後の星です。
 人間とポケモン、両者ともこの星で誕生し、種として育ち、より良い未来を想って文明を築きあげてきました。歴史の大半は、人間とポケモンによる交流などで占められています。中でも「ポケモンバトル」という文化は、この星での何よりの遺産であることに間違いありません。人間はポケモンを連れ添わせ、ポケモンは人間に力を貸す。異なる種族間での絆がもっとも強かった時代も、確かにありました。

 しかしそれは、今この宇宙に(・・・・・・)我々が存在すること(・・・・・・・・・)と、はっきりと矛盾します。
 一体どういうことなのか、追々説明いたしましょう。

 一部の人間はポケモントレーナーを生業とし、ポケモン同士を戦わせ、交流を深め合うという時代をずっと生きてきました。ポケモントレーナーとはまさに、歴史の代名詞とも言える言葉です。種族、技、育成、構成、采配。組み合わせはまさに無窮に等しく、その奥深さゆえに、永きに渡って継続されたのでしょう。
 それでは、唐突ですがここで質問。
 ポケモン同士ではなく、人間とポケモンが闘うことは過去にあったのか?
 ……。
 はい、あったのです。実は。
 自然豊かなこの時代は、「石器時代」と呼ばれています。その名の通り、人間は石を物理的な道具とし、狩猟で食料を得ることで生き繋いできました。生物としての段階はまだまだで、文明も何も無かった頃です。文字すらも不自由で、ただ野性的に生きてきました。のちのちのことを思えば、素晴らしい進歩と進化ですね。当初はこんなにも単純でした。
 その時代、水を吹き、炎を携え、草木を操り、爪と牙を持ち、二足歩行を始めたばかりの人間よりも遥かにたくましくて大きい生物が、まさに自分の隣にいるとしたら?
 想像に難くないでしょう。
 人間はポケモンを恐れました。未知なる力を秘めた獣と敵対することを、本能が迷うことなく選びました。
 ほら、目を凝らして各地をご覧ください。まさに存亡をかけた、争いの光景です。この時代、丸腰の人間は無力に等しく、得物を持たねば太刀打ちできないのに対し、ポケモンは己が力だけで局勢を切り抜けることが可能です。繁殖力はそれぞれに強力に備わっていたものの、次第に勢力が偏っていくのも時間の問題だったでしょう。
 少しだけ、早送りいたします。


 ……。
 はい、ここです。時代は石器時代の中頃です。
 主人公であるこの青年に注目してください。
 もとはといえば、この青年がそもそもの始まりでした。この青年と、一匹のポケモンの接触。それが、お互いの種としての寿命を延ばすことに、奇跡的にも成功したのです。このソフトウェアの元ネタも、この青年とポケモンのことを描いていると思われる壁画から、なのです。数世代にも及ぶ研究と解析を重ねに重ね、こうした一連の物語とするまでに至りました。もちろん、想像で補正された部分も多くありますが、わたし自身はこれが本当の答えであり、真実だと確信しております。
 話がそれましたね。引き続き、青年の後を追ってみましょう。
 尺度の都合上、細かなところは口頭で省きます。毎日毎日、自分よりも屈強で巨大なポケモンと戦うことで体をいじめ、この日まで生き抜いてきた雄健な男性です。目下の敵は凶暴なサイドン。今よりも遥かに原始的な知性しか持っていなかったポケモンです。それだけに獰猛さも今以上です。小さな集落を荒らし、貴重な食料をむさぼり、大切な仲間を何人も殺してきた仇敵です。遠い土地への移住も案としてはありましたが、移った先に別の凶悪なポケモンがいないとも限りません。あの暴君さえ追い払ってしまえば、ここら一帯を安全な住処として生計を立てることができます。
 そんな悩みの種を抱えつつ生きる青年が、ある日、別のポケモンと出会いました。
 集落の付近にある、そこの河川をご覧ください。高みの見物も何なので、ご一緒に降りて接近してみましょう。
 この河川は、青年たちが水源としている場所です。そして、足下をどうぞ。ほら、まさにあなたの右足です。一匹のポケモンがいらっしゃいますね。
 そうです、オムナイトです。後にかせきのポケモンと言われるこの子も、当時は現役でございました。みずタイプでもあるため、水辺の近くに住む習慣がこの頃からあったのでしょう。
 そこに、例の青年が今日の水当番として汲みにやってきましたよ。
 演出が所々陳腐なものであることには取り繕う言葉もありません。想像で描かれた部分も随所にございますので。これは盛り上がりを目的としたドラマではなく、過去の事例を淡々と伝えるために用意されたのものです。なので、そこらへんはどうか目を瞑ってください。
 とりあえず、わたしから勝手に補足させていただきますと――どうやら青年はこのとき、オムナイトを取るに足らない相手だと思ったようなのです。向こうとしては、人間という別種族の生き物と出会うのは初めてなものでございましたから、強い警戒心をもって青年と対峙します。青年としては、巻き貝の姿をした小さい生き物だ、程度にしか思わなかったでしょう。下手すれば、危険を意味するはずの「ポケモン」とすら認識しなかったのかもしれません。オムナイトは少し離れた距離から青年をじっと睨みつけ、青年は視線を感じつつも水を汲むこと、集落に戻ること、再度訪れること、それぞれに専念します。
 そんな形で集落と河川を往復し、生活と狩猟を繰り返し、まもなく青年とオムナイトは次第に顔なじみとなっていきます。青年としても、サイドンみたいな乱暴なポケモン以外にも、こういう気性が穏やかなポケモンがいるのだとわかってきたようですし、オムナイトとしても、青年が無害な存在だとそろそろ認めてきたようです。ある時にはきまぐれに食べ物の余りを与え、またある時には川底に生える海草類をもらい、一緒に川を泳ぎ、魚を捕り、遅々としながらも青年はオムナイトと交流を続けてきました。
 ポケモンにもいいやつがいる。
 青年のこころにも、そういう理屈がやがて生まれました。
 その考えを浸透させたく、気の許せる仲間から順に、青年はオムナイトのことを教え始めます。当初は目と耳を疑う者たちばかりでしたが、そこはオムナイトの愛嬌が功を奏しました。ゴツくて乱暴なサイドンに比べれば、オムナイトなどちっぽけなものです。しかし水に潜れるその力の恩恵はなかなかにありがたく、青年を媒介としてその存在感を広めていき、可愛がられて育っていきました。

 そして、運命の日がやってきました。
 これで何度目の敵襲となるでしょう。例のサイドンが現れ、青年の集落をまたもや荒らし始めました。
 集落を守るべく、青年は先陣を切って闘います。骨を削り、石を磨いて造り上げた武器は本物も本物、数多くのポケモンを討ち果たしてきた天下無双の短槍です。友の仇とばかりに果敢に振るって挑みいますが、今度ばかりは相手が違います。サイドンの頑丈な肌には、傷一つとしてつきません。それどころか、仲間が手にする色とりどりの得物のどれもが通用せず、今日もむなしい潰走が始まります。いつにもまして残忍なサイドンは、戦意のある者ない者、そのどちらも分け隔てなく倒していきます。
 わたしとしても、このパートは決して目に優しくないものであり、逸らしたくなります。しかし、人間とポケモンの歴史の始まりだと思うと、胸にこみあげてくるものがあり、最後まで見届けてしまうのです。
 ああ、ほら、青年にもとうとう痛恨の一撃が入りました。槍は折れ、血は流れ、地を転び、累々となった仲間の屍の中に紛れて倒れ伏します。
 ここまでかもしれない。
 もう、おしまいだろう。
 青年の思考の中にも、諦めの気持ちが濃くなります。この世は弱肉強食。強者が生き残り、弱者を食らう世界。自分たちも、弱き者をとらえて食い物にしてきた。その道理に従うのであれば、強きサイドンに倒されてしかるべきだ。青年はそう観念し、近づく足音から逃れようとはしなくなりました。

 そこで、オムナイトが登場します。
 青年の意思でのこのこと現れたわけはない、ということは、念のために強調しておきましょう。

 青年の眼前、サイドンの足下、その両方ともとらえられる位置に、オムナイトが立ちはだかっています。多くの戦士たちの戦意を根こそぎにした「こわいかお」にも屈しません。
 青年はオムナイトを助けるべく、振り払おうとします。
 サイドンは両者もろとも潰すべく、足を振り上げます。
 サイドンの「ふみつけ」。
 オムナイトの「みずでっぽう」。
 小さな体もなんのその、踏ん張った足で放たれる水柱の圧力は怒涛の勢いで襲いかかり、片足となったサイドンのバランスを的確に狙いました。体重差を無視した威力もさることながら、みずを弱点とするサイドンにはたまらない一撃です。「相性」という概念そのものをまったく知らなかった青年からすれば、何が起きたのか、わけがわからなかったはずです。
 後方へ派手にすっころんだサイドン。起き上がりざまの、もう一発。二度目のみずでっぽうは腕で防御され、反撃のアームハンマーが繰り出されます。
 危ない――避けろ――言葉を持たぬ青年でしたが、のどの奥からはその判断が声なき雄叫びとなってほとばしりました。
 オムナイトとしても、その想いを受け取ったのかもしれません。
 オムナイトの「まもる」。「からをやぶる」。
 オムナイトは象徴とも言うべき殻にこもってやりすごすと、なんと殻の一部がぼろぼろと崩れ落ちたではありませんか。多数の足をくねらせて青年の後を追ってきた、昨日までの鈍足なオムナイトは、もうそこにはいません。装甲の大体を捨てたかわりに得たのはバタフリーのような身軽さ。技の繰り出しすら数段早くなり、右に回り込んでからの「マッドショット」は、サイドンが使おうとした「じならし」をも味方にまわし、足場を破壊します。
 敵の身動きを一時的に封じた後、隙につけこんで出されたのは、「ハイドロポンプ」でした。
 それが、とどめとなりました。
 人間に蹴飛ばされそうなほどに小さな生き物が、人間が束となってもかなわなかった大きな生き物を、わずか数十秒で打ち負かしました。
 このような強力な用心棒がいるとなれば、サイドンとしても引き下がるしかありません。プライドをずたずたにされながらも、しっぽを巻いて退散しました。
 青年の命と、青年の集落は、一匹のオムナイトによって、救われました。
 これ以後、青年と生き残った者たちはオムナイトを英雄とたたえ、同じようにポケモンに対抗しうるポケモンを飼育することを総意で決定しました。自分たちで闘うのと同時に、ポケモンを持ってポケモンを制す。脅威に対するこの考えはややもすると全国各地にまで広まり、やがてこの方式の闘いが後世へと末永く受け継がれていくこととなります。

 ここまでが、原初の星にて起きた、「ポケモンバトル」の原点です。
 これによって、人間とポケモンが共存するための第一歩が始まりました。今日まで我々が生き延びることのできた、歴史的な大快挙とも言えるでしょう。
 ですが、もちろんのことではございますが、これですべてが終わったわけではありません。


 ……。
 はい、幾万の昼と夜を重ねて、時は流れます。みるみるうちに大地が色を変えてきますね。
 まあ「経緯」までをわざわざ映像として作成しているわけではありませんので、これらの部分を真面目に再生することはそもそも不可能です。
 場所も移動しますね。


 ……。
 はい、ここは原初の星で言うホウエン地方、トクサネ宇宙センター。人間とポケモンの関係が成熟しきった、ある意味「完成された時代」です。目の前に、視界に収まりきらないほどの大きな宇宙船がございますね。人間とポケモンが協力しあい、集結させた英知の結晶。その名も「アーク」と言います。今を思えば玩具同然のテクノロジーですが、現時点ではこれが最高峰でした。
 おや?
 これはご存知ではありませんでしたか?
 なるほど。あ、いえ、あなた様の知る歴史にいちゃもんをつけるつもりは毛頭ございません。ここから新たに学んでいけばいいだけの話であります。
 これが我々の「第二の生命線」でした。
 結果的には。
 先ほどご覧になった、青年とオムナイトの話がなければ、我々はこうして生き延びることは出来ませんでした。そう早くない時間で人間が先に絶滅し、ポケモンの力のみが支配する、混沌たる世界が始まっていたことでしょう。ゆえに、あれが第一の生命線となりました。
 そして、このアークが製造されなければ、我々の祖先はあの星から脱出することもかなわず、永遠に彼らと命運を共にしていたでしょう。ゆえに、これが第二の生命線となりました。

 改めて申し上げるのも馬鹿馬鹿しいかもしれませんが――これを上映した以上は、解説させていただきます。
 わたしも、あなた様も。数百年前に、あの星から逃げ出した者たちの末裔なのです。

 当初は単にロマンを燃料とし、未知なる世界を目指すための宇宙船として設計されていました。しかし、完成間近まで着工させると、祖先たちの計画はもう止まりませんでした。歴史も、関係も、遺伝子に刻まれた記憶すらも欺くこととしました。これまで協力しあうことで提供されてきた技術や知恵を拝借し、できる限りの同士を集め、すべてを押し倒し、銀河の海へと強引に飛び立ちました。
 アークには、逃避行がバレないよう、様々な改造が密かに施されていたのです。
 アークは祖先や子孫である我々の体質に適合する星を求め、第一恒星「アルファアインツ」を見つけ出しました。数少ない脱出者となった祖先たちは、そこを安寧の地と定め、原初の星から持ち込んできた技術や能力や知識を駆使し、自分たちの力でのみ生きることとしました。
 怖かったのです。
 人間とポケモンが共に手を取り合い、発展した先に待ち受けるものが。
 いつか崩壊する、微妙すぎるほどの共存バランスが。
 異なる力を得すぎた我々が、彼らに歯向かわないか。
 異なる力を得すぎた彼らが、我々に歯向かわないか。
 明日を生きるための餌を求めてぶつかりあっていた、あの時代に帰ってしまうという結末が、遠かれ近かれ、我々の祖先にはいずれは避けられないのだと目に見えていたのでしょう。
 人間には「技術」があり、ポケモンには「能力」があります。アークが完成するその日まで、それぞれのいずれかが欠けていれば、お互いはそれほどまでには成長しなかったはずです。
 ゆえに、力がまだ乏しいと考えていたらしい、我々の祖先のそのまた祖先は、古代からそもそも「これ」を血の奥に深く刻みこんで、ひっそりと企んでいたのかもしれません。実行に移せるほどに力が備わる、そのギリギリの瞬間まで、息を潜めていたのかもしれません。その一瞬を逃してしまえば、あとは絶望的な崩壊へまっしぐらだと思ったのでしょう。断絶によって形成される逆説的な平和を、深層心理では望んでいたのです。
 もちろん、これが正しい選択だったかどうかは、わたしには判断がつきません。
 もしかしたら、原初の星にいたままでも、争いなんてまったく起きず、今日まで生きられたかもしれません。最後の時代の人間とポケモンは、一応表面上では非常に仲良しでしたから。恐怖感をいだいていたのは、あの星から脱出した我々の祖先たちだけだったかもしれません。
 祖先たちは、一縷の希望すら、とうとう拒んでしまったのです。
 殺し合いの世界が再来する可能性を憂うくらいなら、これまでの綺麗な過去を維持したまま、みずから命を絶とう――。そんな風にとらえられる、手の込んだ集団自殺とも言えたでしょう。本意と真相は、宇宙の闇の中です。
 いずれにせよ、祖先たちはみずからあえて未来を放棄し、むしろ無限小の可能性を賭けて、宇宙へ逃げることを決意していたのです。彼らと、乗りそこねた者たちを、遠い銀河系に位置するこの星に残して。
 祖先たちは、脱出の際に記録された座標ログや航路を、すべて抹消しました。
 現在の我々の技術をもってしても、あの星へ帰還することは、もう不可能でしょう。
 彼らがあの星でなおも存続しているか否かを確かめることも、もう不可能でしょう。
 我々が、彼らを実際に目の当たりにすることは、もう無理でしょう。
 このような擬似映像をもって知覚することしか、もう無理でしょう。


 ……。
 はい、もう目を開けても結構です。
 なかなかに尻切れトンボな結末ですが、これにて上映は終了となります。繰り返すようですが、これが正しい選択だったかは、誰にも決められることではありません。もう過ぎたことです。もはやこうなった以上、祖先が相手から奪ってきたものによって支えられる今を享受して、後世へ受け継いでいくしかないのです。青年とオムナイトの話があったからこそ、人間とポケモンは長く生きられ、祖先たちの抜け駆けがあったからこそ、我々は引き続き別の世界で今もなお生きられるのです。
 今日も、明日も、おそらく明後日も。あの日の「続き」に過ぎないのです。
 真意や、結末の良し悪しは、これをご覧になった視聴者の判断にゆだねることとしております。無責任であることは、重々承知しております。わたしがこの映像を作ったわけでもないのですが、わたしで独自に選んだ以上は、そう弁明させていただきます。
 技術と能力、その両方を得た我々は、人間ともポケモンとも違う、第三の生命体へとなりつつあるのかもしれませんね。
 ……。
 はい、ワープホールの出口が間近です。第三恒星(ガンマドライ)宙域へ、まもなく到着いたします。グラビティシートの角度をニュートラルに戻していただき、対着陸用のプログラムを立ち上げておいてください。
 それでは、この度は恒星間航行船、コギトエルゴスムをご利用いただき、誠にありがとうございました。またのご利用を、こころよりお待ちしております。
 この星でのあなた様の旅が、記録ではなく、記憶に残る良きものでありますよう、銀河の向こうからお祈りいたします。
 その思い出の中に、わたしどものこともとどめてくだされば至極幸いです。
 以上、オメガ・システム、幼名「ポリゴンZ」がお送りいたしました。

 ごきげんよう。バァン・フラウ、幼名「カメックス」様』



■筆者メッセージ


 平成ポケノベ文合せ 2013 秋の陣 没ネタです。ようやっと完成しました。

 元々は、青年とオムナイトのストーリーを、大学にて教授が口頭でお話するだけという面白みも何もないネタでした。なので没ったのですが……あとになって、「これ宇宙を題材としたSFにすれば、まだ多少は面白くなったのでは?」となり、再利用することに。
 オチが白々しいですね。逃げ出したのが人間ではなくポケモンだったという。水雲流だと思っていただければ幸いです。

水雲 ( 2014/02/14(金) 20:00 )